壱 二つ折りの往復はがき
子どもたちが寝入る頃合いの時刻だから、黒沢裕太は、スチール製の玄関扉を静かに解錠した。ドアノブも音を立てないよう慎重に回した。「おかえりなさい」のあいさつはない。扉の開け方は正しかったようだ。
靴を脱いで、廊下とは言えないほど短い板の間を進む。奥にある居間とその隣のキッチンは、照明が付きっぱなしで無人だ。黒沢は照明がともっていない書斎として使っているもう一つの部屋の仕事用机のいすにかばんを置き、コートを脱いでいすの背もたれに掛け、子どもたちの様子を見るため玄関脇の寝室に戻ろうとしたら、寝室のふすまが開いて女房が出てきた。板の間の薄暗い照明の下で、女房は唇の前で人差し指を立てている。
(寝たのか?)
片腕を曲げ自分の頭の横に付け枕を表現する仕草で黒沢は尋ねた。女房は無言で首を縦に二度振った。
「同窓会の案内状が来てるよ。引き出しに入れといた」
二人で居間に戻って、小声で女房が言った。
「そうか。ありがとう」
黒沢も小声で応じた。
幼い子どもたちによるいたずらから守るため机の一番上の鍵が掛かる引き出しに収めることにしてある重要書類の束から、二つ折りの往復はがきが出てきた。出欠を知らせるよう求める返信はがき部分の宛て先面には、同級生で、地元の信用金庫に勤めているはずのクラス幹事の住所と氏名が印刷されている。
◇ ◇ ◇
(「弐の1 くねくね曲がった列」に続く)