牧場の狼は狩りで忙しいようだ
一応不審者ではないと言う事を理解してもらったので、教会建築を進めることになった。
中央の支柱に太めの大黒柱を入れ、それを左右の壁の上端に乗せた梁で支えて屋根全体のたわみを防ごうという方針になったのだが、ホゾを刻んで組み上げることには限度があって、工程の後半ではどうしても釘を使わなければならないようだ。
押収品の中の廃棄予定の剣を提供してもらって、それを細断して釘にすることにしたが1本1本作るのに時間がかかるので、俺の持ち帰りの宿題となってしまった。
帰り間際に伍長が騒いでいる。
「ああっ、私、昇華した。昇華する! 猪人になっちゃった!」
伍長の顔が白く変化する。頭が銀毛、顔と首が金毛で色の配分が准尉や軍曹とは逆になっている点が違った。
「准尉と軍曹の白髪はこういう訳か」
「「白髪じゃねえよ!」」
ツッコミを入れる軍曹と准尉。
伍長はナビーネと同調するようになっていたから猪人への昇華は必然だったのかな。
本人は喜んでるから良いとしよう。
俺は一旦牧場に戻ることにした。
牧場上空に戻ると、タエが念話してきた。
〈大きい獲物を狩ったから大門川に来て欲しいって〉
大門川まで一気に空間移動すると、さらに南で狼たちが吠えている。
なるほど、ここから見ても大物だ。
ゲンとダンとハンナが頭に組み付いている。
大型の鹿と思われる獲物の鼻と顎の下と首に牙を立てて窒息させようとしているが、相手が大きすぎて手間取っているようだ。
仕留め切れていないのはハンナのMPが枯渇しているせいだろう。
風魔法では相手を弱らせるところまでしか持っていけなかったようだ。
〈離れろ〉
3頭の狼が顎を開いて牙を抜く。
ヘラジカの体にトナカイの頭を乗せたような大型草食獣だった。
角が無ければ鹿というより足の長い痩せた牛だな。
タビトナカイ(28歳)
状態 逸れの手負い
LV 20
HP 53(300)
MP 0
強 100
速 100
賢 10
魔 0
耐 300
運 8
スキル
持久足・角回し
なるほど、しぶとそうなステータスだ。
一先ず、これ以上苦しませないために、首を刈る。
一旦収納して、川岸の斜面に首を下にしながら取り出して血抜きだ。
手負いというのは、この傷のことか。
右脇に抉られたような傷があり、毛皮に血が固着している。
思い当たるのはアウトホーンゴートの投石だ。
至近距離で食らうとこんな穴が開くのかもしれない。
新しい裂傷は主にハンナの風魔法によるものだろう。
急所や大きい血管を外してしまっている。
いや、この鹿が急所以外の所で受け凌ごうとしたのか。
流血が止まったので、後ろの片足だけ切り飛ばす。
その部分は皮だけ剥いて収納だ。
辺りは大分暗くなっているから本体の解体は明日だ。
「凱旋!」
オオカミたちが口々に遠吠えをして走り出す。
俺は空間移動で先に牧場に帰って焚火の準備をしていると、モニータが出てきた。
〈もう晩飯は食ったのか?〉
〈うん、チーズとシチュー〉
〈エレトン、マロン、ガトー、オリパの順に食いに来いと言ってくれ〉
俺は木の板を並べて、その上にタビトナカイの足を置いて、焚火台を2台組んで着火する。
「ほおう、また大物を狩ったようだな」
エレトンが出てきて肉を見て言った。
確かにでかい脚だ。
まっすぐ伸ばせば、エレトンの肩に届く高さだからな。
「タビトナカイだって」
「タビトナカイだって? こんなところに出てきたのか?」
モニータの言葉を復唱したエレトンの顔は引きつっていた。
「何かあるのか?」
「大群で移動するタビトナカイは俺等にとっては害獣だ。奴らは通過しながら餌草を根こそぎ食って行ってしまう。山羊の餌場が全部荒される」
「これはハグレだ」
「心配しないでおとっつぁん」
一息ついた素振りをしてエレトンは脚の肉を見た。
「こうなって、群れに戻らなければここに来ることもないか」
「でだな・・・」
「狼たちは今、ここの主をザンザかゼナだと思っている、はず。おとっつぁんや、家族にはここの主としてふるまって欲しい。だからこの肉を狼より先に食べて欲しい。狼が威嚇するかも知れないが、堂々とした態度で食べて欲しい、のね」
狼たちが戻ってきた。
勢ぞろいしたので、エレトンに肉を食べてもらう。
一切れだが見た目分かる様な大きさだ。
狼たちの様子を見ると、不満そうなのは、やはりハンナだけだな。
エレトンの後に続いてマロン、ガトー、オリパ、モニータの順に家族に食べてもらったところで、ゼナが外に出てきた。
順番のこと分かってくれてるのかな? ナイスなタイミングだ。
ゼナは50㎏程ある肉から10㎏以上を食べて満足したようだ。
ゲンから始まって、いつもの順番で食べていく。
やはり今日は皆よく食べる。
最後になったが、俺が食べてみる。
最初の印象、肉が硬いな。
オオヤマカモシカより硬い、しかし、美味い。
オオヤマカモシカには劣るが、山羊よりも臭みがなく、忘れていた牛肉の味を思い出した。
まあ、牛肉とは明らかに違うのだが、鹿とも違った味わいがある。
最初は鹿で噛めば噛むほど牛肉という感じだ。
ゲンとダンがニオとラクに肉を与えているところに、ゼナが寝転んでジニーがハイギンオオカミの仔を運んでいた。
授乳が始まるのだろう。
モニータとオリパがそれを見に行っている。
おや、今日はガトーとタエも加わって見学か。
二人そろって、ほっこりな雰囲気になってくれ。
今夜はモニータと一緒にナビーネにお祈りをした。
おれは女神ポイント1000、モニータは100ポイントを得て眠りについた。