この国は軍事国家のようだ
家の中に入ると、眠っているゼナにジニーが乗っかった。
「おっと、寝るのは少し後で」
俺はジニーをモニータに抱かせて、ゼナの夕べできなかった前脚とか腹部に風グルーミングをかけて土汚れを除いていく。
ゼナも目を閉じながらも起きているのか気持ちよさそうに体の向きを変えたりして暗にグルーミングを催促する。
昨夜に引き続いて全身プラスα毛を剝いてやれただろう。
「これで大体全身だ」
俺はジニーをゼナの体に預ける。
モニータもジニーのすぐ横に寄りかかる。
それを横目に見ながら、丁度ひとりで中に入ってきたマロンに気になっていることを訊くことにする。
「あの女はどういった経緯でここに来たんだ?」
「オリパかい? エレトンが戻ってから話すよ。ガトーにもまだ言ってないことがあるからねえ」
「こっちも昼寝のようだ。その話は後になるかな」
ジニーと並んで寝息を立て始めたモニータも聞いていた方が良いのだろう。
外に出てみると、オリパが物珍しそうに周囲を眺めていた。
その前をジュンとタエが歩いている。
もう、狼には慣れたようだ。
出てきた俺に気づいて駆け寄ってくる2頭。
左の腰ににじり寄ってくるジュン、そして、足と尻尾の周りでくるくるまとわりつくタエ。
その行為を許しながら「掘っ建て」に向かう。
中を覘くと、ラクとニオにそれぞれの仔がより沿っている。
仔の大きさはどれもさほど変わりがない。
順調に育っていると言う事なのだろう。
生まれた直後の大きさより倍近く大きくなったように見える。
柔毛が伸びてきたせいで余計に大きく見えているのだ。
よく見ると目が開いてきているようだ。
しかし、眼球は動いていないので、まだ見える状態にはなっていないのだろう。
オリパが近寄っていることには気づいていた。
「こいつらが気になるか?」
「気になるのはあなたのことですわ」
「俺が?」
「・・・あなたは忙しいのですねえ」
暇を見つけては潰しているだけなのだが、
「やることが無いのか?」
「やること・・・一応ガトーとモニータの家庭教師として住み込みすることなのですが、ガトーは一日山羊の世話ですし、モニータはまだ小さいので、教本も何もないここでは教えることはすぐに無くなってしまいそうですわ。そうなったら、私はここでなにをやればいいのかと」
ほお、感心だな。
何もやりたくないと駄々をこねるよりはよっぽど良い。
「あの母親のやっていることを、あんたがやれ」
「出来ることと出来ないことがあります!」
「そうだ。出来ることからやると良い。あんた、下界育ちだな。山地の生活はキツイ。生きていくだけで、やることは沢山あるだろう」
「心配するだけ無駄と言う事ですか?」
「余裕が出来たら、次には楽しく生きることを考えることだ。楽しく生きることは得てして忙しい」
その間、ジュンは俺の後ろで尻尾に頭を擦り付けていて、タエは話の内容をわかっているのかどうか、俺とオリパの間を行ったり来たりしている。
「なるほど、楽しいと忙しいのですね」
それを見ながら、納得したようなことを言うオリパ。
ガトーとエレトンが帰って来たので、水浴びを手伝ってやった。
年頃のガトーは母親のマロンに全裸を見せなくてよくなったので、喜んでいた。
狼たちも戻ってきた。
今日は大した獲物は無く、小物を分け合って食べたらしい。
まだアナウサギが残っているのでこれを焼いて夕飯にしてやろう。
ちゃんと山羊の後から戻ってきたことを褒めることも忘れない。
「オリペアーネのことだが、家庭教師としてここに住んでもらうのだが、実は借金奴隷になることを回避するために避難することにもなる。オリペアーネの父親の商会だが・・・」
「言ってもらっても構いませんわ」
「まあ、かなりのアコギな商売をしていたらしい」
「貴族、男爵ですけど、それと結託してね」
「まあ、その男爵も悪でな。自分の悪さを商会のせいにして、資産を取り上げた。そしてその後、なんとその男爵、寄り親の領主に取り潰された」
「まあ、その男爵、ほぼ同じ手法で領主の伯爵に取り潰されたのですけど、私は支店の役員のつてでアカマツ村に避難したのです」
「アカマツ村というのは、わし等の越冬地のことなのだが。その領主も取り潰されたらしい」
「え?」
「そこは知らなかったか、資産を帝国に移してあの地を引き払おうとして、軍に拘束されたのだ」
「あのロドリゲス伯がですか? 大騒ぎになるはずですが、領兵の抵抗もあったのでは?」
「領内ではなく、国境のマドラン大門跡で大捕り物だったらしい。そんなドサクサだったから奴隷商はお前の所在を掴むことが出来なかったのだ」
「取り潰されたロドリゲス伯領はどうなるのですか?」
「ガイラバルト軍の管理下になる。元々この国の領は全て軍の管理下に入ることになっていたのだが、それを嫌がってトガー帝国に資産を移そうとしたらしいな。あの伯爵は」
「このガイラバルトと言う国は軍事国家なのか?」
と、俺は訊いてみる。
「そうなるしかないのだろう。今、この国で国家規模で機能する組織は軍しかないのさ。貴族の半数以上、主要な工業や豪商は旧都市とともに消滅して農地の人材は戦争内乱で召し上げられ、残っているのは軍の組織だけ、領の騎士と兵はとても統制されているとは言えない。ロドリゲス伯も馬鹿なことをしたもんだ。今の軍には民事裁判のできる機能は無いから多少の悪事なんぞ大雑把に金で解決しておけば身分を害されることは無かったらしい。大人しくしてれば資産を切り崩されるだけで済んだものを」
「ロドリゲス伯の悪事は民事レベルでは無かったのでしょう。証拠隠滅より資産移動で逃避の方が割安だったということですわ」
「この国に残った貴族はそういう輩が多い。軍は国家による法治を広めようとしているらしい。その一環で領の統合や町や村の統合をしているらしいのだが、その影響でアカマツ村の学校が中央寄りに統合されてしまってなあ。ここに住むなら遠く離れた学校の寮にガトーを入れなくてはならん、それか、この地を引き払って別の土地を探すか。まあ、来年か再来年には決断せにゃならなかったが、あんたの言ってたガトーの「山羊の王」の話を聞くと、この地で暮らし続けるのが良いのかなあと考え直しとる。まあ、オリパの意思次第だがなあ」
「それは、私とガトーの結婚と言う事ですの?」
「そんなことは無い、いや、そうでも無いが、嫁入りしてくれれば・・・、それはともかく当初の話では1年もすれば、商会の借金の話は違法であると判定されて奴隷身分も解消され、来年アカマツに戻ったころには自由の身だということだよ」
「何なんだいそのヘタレた言い方は! オリパ! ここに嫁ぐんならあたしは大歓迎だ。ここまで曲がりなりにも自力で来たんだ。ここの嫁として十分合格だ。ガトー!
オリパが気に入ったんなら冬までにきっちり意思決定するんだよ。こんないい子を口説けるなんて男冥利に尽きるって思いな」
いや、マロン、勇猛果敢に言ってるように聞こえるが、冬までにってとこでヘタレ攻めになっちまってるから。
ここは男らしくこの場で「俺の嫁になれ」と宣言すべきだが、まあ、思春期の男の子ですからガトー君は。
「あんたの家の商会を立て直すつもりはないのか?」
話からはそれが出来そうなニュアンスは無かったように俺は思ったが訊いてみた。
「もし、復興しても、商会は兄の物になるでしょう。生きていれいればですが。そうなると父の運営の再来になるので私は関わりたくありません。私はもともとあの商会から出ていくために教師を目指したのです。シャラフトの家名を継ぐつもりもありません」
家業の悪徳商法に関わりたくはないと言うオリパの逆説的な意見だった。