朝食後は家族会議のようだ
間が空いてすみません。
切れが悪かったのでいつもより長いです。
俺は一人で薪の始末をしている。
火災防止のための火の番だな。
あとは狼たちの監視だ。
山羊を襲うことは無いだろうが、知らずと怯えさせることはあるかも知れないからな。
今はそんな心配はする必要がなく全員が巣の中で固まっている。
遠くから見る限り山羊たちも静かに眠っているようだ。
のんびりしているといつの間にかジュンが寄って来て、灰と炭とアナウサギの血で汚れた俺の手を舐めはじめる。
この狼は随分と懐いちまったなあ。
身体をなでてやると、随分と土埃で汚れているのがわかる。
軽く全身を風グルーミングして、亜空間に汚れを吸引していく。
〈少し体が冷えちまっただろ? みんなの所で暖まってこい〉
戻るジュンを見送ってから、家の中に入る。
横たわるゼナの腹に毛皮にくるまったジニーとモニータが突っ伏して寝ていた。
ついにモニータも野生時代に突入か!
よく見るとゼナも土埃で汚れている。
俺は風グルーミングを特に汚れている御尻と後ろ足に施してやる。
起きてこないのでゼナは嫌がってはいないのだろう。
連続して魔力消費し、程よく眠気がきたので、そのまま鳥姿勢で座り就寝する俺だった。
久しぶりのエレトン一家揃っての朝ということになる。
誰がという訳でもなく起き始めて、マロンは竈、ガトーは山羊舎に行き、エレトンも外に出る。
モニータとオリパは? まだ寝てるか。
俺は一家の分け前から残っていたアナウサギの肉(骨付き)を、新しい鍋を水洗いして戻ってきたマロンに渡して外に出る。
「おや、ありがとうね。スープにしようか」
とか言いながら竈にむかう。
タエとジュンが直ぐに寄ってくる。
〈朝飯はいるか?〉
〈こっちに残るニオたちはいる! ジュンが残るっぽいけど、他はタエだけ残ろうか?〉
〈ニオとラクが落ち着けるなら、それでいい〉
と、いう訳で今朝は焚火台1台崖に着火する。
オオカミたちが一頭一頭挨拶らしき頭を下げる仕草をしながら俺に近づき、そして牧場の道を門前川に向かって走り出す。
今日はダンが先頭のようだ。
狩り組が見えなくなってから、アナウサギの半切り丸焼きを石の板に載せておくと、ニオが先に食べにくる。
ラク、ジュン、タエと食べ終わると、ゼナがジニーを背に乗せて外に出てきた。
モニータが器を持っている。
〈ザンザ、おはよー、これ、おっかさんが〉
〈おはよー、モニータ、ふむ、スープか〉
それはアナウサギの肉入りスープだった。
薄塩に胡椒のアクセントが効いた、久しぶりの煮物は新鮮だった。
横ではゼナがアナウサギを3羽分平らげている。
その後ゼナは仔オオカミのいる「掘っ建て」の横に座った。
ジニーが巣に向かってフワフワと飛んでいくと仰向けに寝転がる。
ラクも分かったもので、自分の仔オオカミを咥えて巣から顔を出している。
ジニーとラクがゼナの胸に子を乗せ終わると、恐る恐るオリパが近づいてきた。
ジュンとラクが一斉に顔を向けたので、オリパが固まっている。
〈モニータの後ろにいれば大丈夫だ〉
「オリパねーちゃん、モニータの後ろにいて」
慌てたようにモニータの後ろに回って肩に手を添えるオリパ。
おねーちゃんの威厳は皆無だ。
モニータとオリパはゼナの脇に立って仔オオカミとジニーを見下ろしてる。
「か、かわいい・・・」
思わず漏らすオリパ。
「ねー」
〈オオカミには触るなよ〉
「オオカミには触っちゃダメなんだって」
〈ゼナに触ってもいいが――〉
「ゼナに触ってもいいけど、匂いが移ると山羊が逃げるかも、だって」
「で、では止めておきます」
「ザンザ、オリパ、モニータ、来とくれ!」
マロンが呼んでいる。
〈ジュン、タエ、後は頼んだ。ジニーから目を離さないでくれ〉
「ウォン」「クォン」
オリパとモニータに続いて家の中に入ると、マロン以外が座っていた。
モニータとオリパがテーブルに着くようだ。
これは家族会議という奴か?
俺はマロンの横に立って、亜空間から太めの丸太を出し、直角横切りにして即席の椅子を作ってマロンの後ろに置き、座る様に促す。
「あ、ありがとね」
「俺はこれ(尻尾)があるから椅子には座れない」
申し訳なさそうに俺を見るマロンに説明する。
「まずは、ザンザ、冬の間ここを守ってくれてありがとう」
と、エレトンが切り出す。
「ホントに綺麗に使ってくれたんだねえ」
〈問題ない、こともないが、まあ、説明していこう〉
「問題ないこともないけど、説明してくれるって」
「そうか、で、まずは冬前にくらべて随分食器小物が色々充実してるんだが?」
「物々交換で手に入れた。塩と石の焚火台を対価に渡した、んだって」
「相手はどこの誰なんだ?」
とはガトーの質問だ。
「国境警備隊のオーク傭兵団中隊本部営業所?」
「オークだと?」
「イノキバオークだ。ブタバナオークとは違うって」
「イノキバは雌型のオークさね。かなり貪欲だと聞いてるけど」
「貪欲というより、淫乱だって。下ネタが全裸でうろついてる感じ?」
「モニータになんてこと言わせるんだい!」
「獣化兵と言うらしい。イノシシに化けないとトドロキ連峰を超えてこられない。獣化に服装は無用だから、あのいで立ちということだが、総じて気立ては悪くない、の?」
「しかし、オークなんだろ?」
「オークから亜人への昇華過程なのだろう。ナビーネの信徒となった直後に猪人という人種に変化したりもした」
「お、おい、それって、奇跡中の奇跡じゃないのか?」
「そうなのか? しかし、今後はこういうことは頻発するのだろう」
「ちょ、また、モニータが」
「ザンザの出現によって、創造神としての私の任は解かれたのです。今後はあなた達既存の種が命を紡いでいくことになるのです。今の私はあなた達があなた達の世界を築くために、鑑み導いてくために存在しているのです」
「お、おい、今のは・・・」
「ただの自己紹介だ。深く気にする必要はない」
俺は自分の声で説明する
「モニータは依り代として未熟です。何より自覚がない。今回はザンザとの同調に便乗させてもらいました。では、また」
宙の一点を見ていたモニータが俺の方を向く。
俺には、モニータの中のナビーネが遊離していったのがわかる。
「続けよう。傭兵オークは国境沿いに教会を建てようとしている」
「その程度には心神深くナビーネ様に傾倒しているということなの」
説明をモニータに続けてもらう。
「一応、ここには来ないように釘を刺しているけど、来て、はっちゃけるようならザンザの名を出して脅しとけって」
「はっちゃけるって何?」
とは、ガトーの疑問だ。
「おにーやおとっつぁんが口説かれること?」
「何ですって? 許しませんわよガトー!」
「え? 何で?」
「ああ、ガトー、まだ気にしなくていい。オリパ、まだそんな奴らが来るとは限らん」
「で、ザンザ、そのオーク兵は何人なのさ?」
「オークは子を入れて40人、兵員総数で28人、ここに来るのは最大で12人か。ここ最近は小隊規模で来ることが多かった」
俺の声で答える。
「そんなに頻繁に来たのかい?」
「5回は来たか。行軍の訓練も兼ねているようだ」
「今後は来ないことを祈るしかないねえ」
「確かに祈りは効果的だろう」
「それなんだけどさあ、モニータの負担にならないかねえ? 依り代とか」
「女神の福音を使うようになったら、注意してやって欲しい? モニータのこと?」
「あの治療魔法かい?」
「治癒の奇跡だ」
「MPを使わない分はナビーネの直接的な力と思われるが、連続使用しない限り問題はない、のかな?」
「連続使用に問題がある原因は何なのですか?」
そこにオリパが噛んでくるか。
「モニータとナビーネの時空間の違いだと思われる。今モニータのいる世界、我々の世界とナビーネのいる世界は時空間が違う。ナビーネの力が顕現する時、モニータの中でナビーネの世界がつながる。その時二者の間に時空間の齟齬が生じるだろうが、短時間ならば、モニータやこの世界への影響はナビーネが直ぐに補正しているのだろう。福音で光が生じるのはその結果なのだろう」
モニータがまた天井を注視し始めた。
「概ね今の説明は外れていませんが、多少修正しておきます。普段の私はこの世界、この星に溶け込んでおり、あなた方が私を意識する時、名を呼ぶ時に自らを具現化させることが出来ます」
「神であるナビーネ様は常に私たちの周りにいると言うことでしょうか?」
オリパの声は少し震えていた。
「あなた方の認識する世界と言う意味ではそれで正しい。しかし、私の認識するこの惑星基準で見た場合、その限りではありません」
「どこに」
「でもいて」
「どこに」
「もいない。求めるからこそ現れる。そう、そして、私の存在が知られ、私を強く求める者が多くなれば、他の多くの声が届かなくなるでしょう。それを補うためにザンザ、モニータそして猪人のムニムのような者たちの声が必要なのです・・・二人同時同調は厳しいようですね、ではまた」
俺は、ナビーネが抜けていったモニータを注視する。
モニータ(8歳)
LV 9
人種 ヒューマン
状態 シンクロ
HP 20(20)
MP 14
強 10
速 20
賢 29
魔 15
耐 10
運 50
スキル
女神の福音
火魔法
女神ポイント 140
悪影響があったら「状態」に何か出るはずだが、大丈夫なようだ。
「色々聞きたいだろうが議題を変えるか。狼たちのことなんだが」
エレトンにモニータが代返する。
「オオカミはハンナ以外はザンザに絶対服従する」
「ハンナ、ハイギンオオカミの雌か?」
「要注意だな。今はニホンオオカミの下にハイギンオオカミが配下に入っている」
「普通は逆なんだが、数のせいか」
「ジュンが一番強いからだ。ただし、ジュンとハンナの強さは互角だ。次に戦うことがあれば、序列が変わるかも知れない」
「雄オオカミはどうなってるんだ」
「ここの狼社会の要注意点なのだが、ジュンは雄親のゲンをリーダーとして服従している。ハンナもダンの下で逆らうことは無い。戦闘が絡むとジュンとハンナが主力となって戦闘を、と言うより狩りを仕切ることとなる。あの二頭は魔法も使うし」
「魔法だって?」
「ゼナも土魔法を使う。ジュンは土魔法、ハンナは風魔法だ」
「序列と強さは別と言うことか」
「今のところは」
「よろしいですか? その、個体ごとに注意が必要と言う事ですのね? どうやって見分ければ良いのでしょうか?」
「見てればわかるだろ?」
こともなげにガトーが言う。
「まあ、山羊をぱっと見で分かるお前とは違うんだ。実のところ俺も新しく生まれた仔山羊の区別はついちゃいねえ。落ち着いて見ていないと判るもんじゃねえんだよ」
「好きになれとは言わないが、嫌わないでやってくれ。それぞれ個性があるからすぐに分かるようになる。個体ごとに注文がある時はモニータからタエに伝えてくれ。ただしこれはタエが狼たちにお願いする形になることをよく理解してくれ」
「あの犬は,最底辺の立場ってことか」
「オオカミの中の犬なんだから仕方がないさね」
「今のところ狼からは大事にされている。弱いから、犬だからと言っていじめると狼が怒る」
「そりゃ、犬に限らなくて、狼のチビにしても同じだ」
「山羊をいじめたり危害を加えると怒るオオカミになるようにしようと思う」
「待て、それはそれで困る」
「困るのか?」
「うむ、俺たちは仔を産まなくなり乳の出なくなった牝山羊、余分な牡山羊を〆て肉にする」
「その時狼が怒ると困ると」
「こうして考えると人間様ってのは随分勝手だとは思うが」
「そうでもない、ここはお前たちの土地でお前たちが王なのだ。そのことは、タエを通じて教えて行こう。理解に時間がかかるかも知れないが」
「理解してくれると良いがなあ」
「奴らは賢い。お前たちの強いところではなく賢いところを見せてやればいい」
「モニータの顔と声でそれを言われると複雑ですわ」
オリパ、余裕が出てきたようだな。
いじってやろうかと思ったが、ゼナがジニーを乗せて家の中に入ってきた。
定位置に寝転がるとジニーもずるずるとずり落ちながら前脚に引っかかってそのまま眠るようだ。
「今日はこれで、山羊の放牧に出かけるか」
「おっとーは多門川を上っていく方向でいいよね?」
「んだ」
「俺は下っていくわ」
何故一緒に行かないかと言うと、この時期雄のボス2頭は一緒にすると激しく戦うのだそう。
なので放牧時は別行動にするのだと。
俺は久しぶりの見送りをするのだった。