エレトン一家はナビーネ教信者になったようだ
川を渡ってから牧場までの道で、モニータが訊いてきたのはタエのことだった。
「もう一人話しているのは誰?」
念話は全方向なので当然タエの念話もモニータの頭に届いていた。
〈タエだよ〉
〈この犬だ〉
俺は横についてくる大型犬よりやや小ぶりなタエの頭をなでながら紹介する。
「犬? 犬だったの?」
〈ああ、タエは狼たちの話や、事情を人間の言葉で俺に説明してくれて、助かってるんだ〉
「モニータだよ。よろしくね、タエ!」
「ワオ!」
〈よろしくね、モニータ〉
「ねえ、ザンザ、モニータ、今の会話って、その犬も念話してるってことかい?」
マロンは引きつった口元をして訊いてきたマロンにモニータが答える。
「牧場では役に立ってくれるって、クマのシューゲキを最初に見つけてくれたのもタエだって、えらいね、タエ」
〈ザンザ! ハンナが・・・〉
「分かった。俺は先に行く」
ハンナはこちらに飛び出して位置取っているようだ。
警戒心が強いから仕方がないが、山羊は怯えてしまうだろう。
俺は山羊の列の先頭に飛ぶ。
前にいるハンナをダンが体で押し戻しているのが見える。
迫ってくる数の多さに警戒しているのか、初めて見る良質の獲物に興奮してるのか、後者だと困るが。
「掘っ建て」の前ではラクが外で二頭に授乳している。
昼にはよく見られる光景だ。
夜は一緒に乳をやるようだが、昼はラクの親子が外に出て、ゼナと一緒に授乳をしている。
「ハンナ」
〈ラクの仔を守ってやれ。光が顔に当たらないように、お前が影を作ると仔が落ち着く〉
目の開いていない赤仔には紫外線がきつい筈だ。
それに、仔を気にしてくれたら、ハンナも落ち着くかもしれないからなあ。
ガトーが到着して山羊を屋根付きの柵の中に入れ始める。
エレトンが到着して山羊のロープを外しながら、山羊を分けている。
マロンとオリパが到着し、家の中に入った。
本来なら最後尾は二人なのだろうが、今日はゼナに乗ったモニータとジニーが最後尾、いや、最後尾はタエか。
「ザンザ、荷物を出してくれないかい?」
「家の中?」
「ああ、床の上でいい」
亜空間の中の梱包された荷を一つずつ出して並べていく。
「あら、結構食器は揃っているではありませんか?」
台所でオリパが物色している。
「何だい? この見たことのない鍋や器は?」
スプーンとナイフとフォークもだ。
中は任せて、俺はゼナの様子を見に行く。
モニータが一緒だから、放置はできないからな。
ゼナはラクの横に一旦伏せてモニータとジニーに下りてもらい、今度は仰向けに寝がえりをする。
授乳態勢のつもりだろう。
ジニーが、ラクの仔の一頭を空輸して、ラクも、もう一頭を咥えてゼナの胸元に運ぶ。
仔を見た感動に声を出そうとするモニータに念話を送る。
〈声を出すなよ。静かにしてればオオカミは怒らない〉
〈念話ならいい?〉
〈良いぞ〉
〈かわいい! かわいい! かわいい!〉
わかるけどね。
わかってたけどね、そんな反応になるの。
ゼナの胸の上に乗っているジニーも乳首を探し、乳を飲み始めるに至ってモニータの興奮はピークに達し始めるのだった。
「ふわ~、うわ~・・・」
思わず声が出てるけど、ラクもハンナも気にしてないから、いいか。
まあ、モニータはジニーと一緒にゼナの背中に乗ってきたから、ヒエラルキー的に自分たちより上って判断したのかもね。
「ザンザ! モニータ! 来ておくれ!」
マロンが呼んでいる。
台所用品について要説明かな?
「おっかさん! オオカミがね、赤ちゃんがね、ゼナの乳を飲んでるの! ジニーも一緒なんだよ。かわいいの!」
「そ、そりゃまた、すごい事になってるね~。ところでザンザ、あの立てかけて並べてある板は何だい?」
「オオカミの巣だって、こっちから見て右が母オオカミ二頭と赤ちゃんので、左が他の大きいオオカミの巣だって」
「ほお~、目と鼻の先に狼の巣が・・・」
と言って頭を抱えるポーズをしている。
心配かけて、ごめんねマロン。
〈ザンザ! ゲンたちがアナウサギを狩ったって〉
〈小物だな、いつものようにオヤツにしていいぞ〉
〈それが、たくさん獲れたんだって〉
どのくらいの量か分からないが、アナウサギのまとまった毛皮は魅力だな。
肉も美味いし。
〈モニータ、南に行った狼たちが獲物を狩った。俺は引き取りに行く、すぐ戻るとマロンに伝えてくれ〉
モニータがマロンに伝える
「仕方ないねえ、今日はみんな疲れてるから、明日詳しく聞くよ」
明日は家族会議かな? とか思いながら俺は南東に飛んだ。
勿論空間移動は使っている。
適当な位置に出現して旋回すると、遠吠えが聞こえる。
声のする方向に高度を下げると、辺り一面掘り散らかした地面に毛玉がうず高く積まれているのが見えた。
あれ、全部アナウサギ? いったい何羽狩ったんだよ?
てか、ネズミみたいな動物だから匹で数えるべきなのだろうかアナウサギ?
地面に下りると埋蔵文化財の発掘現場のような有様の中にゲンたち狼がアナウサギの山を取り囲んでいた。
ジュンの土魔法で巣を潰しながら追い込んだ訳か。
アナウサギも災難だったな。
30羽以上はあるな、これ。
その量に呆れながらも俺は亜空間に収納して、ゲンたちの頭を順に撫でて帰還を命じた。
〈今日はこれの焼肉だな。待ってるぞ〉
飛び上がって、今日、何度目かの空間移動をする俺。
家から少し離れた場所に降り、アナウサギの皮を剥ぎながら牧場の柵に仕分けしていく。
やはり、毛触りの感触からして鼠よりは兎に近いな。
だから10羽は狼、5羽はエレトン一家、ゼナと俺で全部で17。
一夜で半分無くなるな。
ふむ、小腸の中は・・・食糞が多いな、野兎と違って。
これを食わせるのはやめておこう。
アナウサギの素材を収納し直し、エレトン家に近づくとゲンたちが追い付いてきた。
焚火のタイミングが少し遅れてしまうな。
ゲンたちが戻ったので、家の前に並ばせる。
〈モニータ、頼む〉
「オオカミさんのショーカイをします」
モニータが仕切ってくれる。
それを戸口の前でエレトン家の面々とオリパが立ち見している。
「おとーさんオオカミのゲン」
「クンウォー」
ゲンが鼻声と遠吠えの混ざったような返事をする。
「ちょ-なんのガント」
返事はないがモニータが指さしてくれる。
「じなんのーグンタ、さんなんのゴンテ、ちょ-じょのジャン、じじょのジュン」
名前を呼ばれると、ちゃんと反応するニホンオオカミたち。
「以上がニホンオオカミです。え?、もうモ一1頭? ああ、おかーさんのニオは乳やりなので、後で焼肉する時にショーカイします」
「ハイギンオオカミのおとーさんはダンです」
ダンはモニータの方を向いてくれる。
「ひとり娘のハンナです」
ハンナは逆にそっぽを向く。
その反応で、性格が披露されたことだろう。
「おかーさんのラクはニオと一緒? 一緒のショーカイできないかも知れないけど、後になります。そいでぇ、赤ちゃんはニオの仔が4頭、ラクの仔が2頭います」
ガトーは口元を引きつらせている。
エレトンとマロンは苦笑している。
「そして、ギンイヌとタテジマコヨーテの混血イヌのタエです。タエは念話でモニータとザンザと神様と、お話が出来ます」
オリパは最初から興味深そうにタエを見ている。
タエの毛皮の価値が判るのかも知れない。
「今夜はアナウサギのガンエン焼きです。シバラクオマチクダサイ」
俺は焚火台に火をともし、石とその上の塩の板が熱せられるのを見計らってアナウサギを上に載せる。
縦に半分切りしているから火は通りやすい。
ゼナがタイミングよく出てきて焼き上がった2枚を骨ごと平らげる。
エレトンたちはもう1台の焚火台で焼いている。
人間らしく、切れ分けながら取り分けている。
オリパとモニータは最初引いていたが、肉の焼ける匂いが漂うと食欲が勝ってきたようだ。
「今日は黒胡椒だけ使うようにだって」
「黒だけ使うのは何でだい?」
「よりおいしいからだよって、おっかさん」
「白いのは?」
「煮物に、汁の多い炒め物、食べる前に掛けるのがコツ?」
「何で、ザンザみたいなのがそんなこと知ってるんだい?」
「知ってて使い分けるんじゃないって、使い分けて試すから料理は楽しいんだって」
「心構えに差があるわけだなあ」
「あたしの心構えが、なってないって言いたいのかい?」
「違うって、調理器具を揃えてやれなかった俺のせいもある。食器の貧弱さも料理の品数が増やせない原因だったしなあ」
「あーあー、この石の焚火台のおかげで朝飯と晩飯に差が出来るようになったからねえ」
そんなことを話している横で狼たちは夕食を終えてしまったようだ。
生焼けを骨ごとなので、食い終わるのが早い。
〈まだ食い足りない奴〉
実はエレトンたちは一人1羽も食べきれていない。
2羽余っている。
更に人間一家のアナウサギから抜いてあった内臓部分もあるのだ。
ゲンとジュンが内臓を摘まむように食べていく。
「タエ」
〈ちゃんと食べてるか?〉
〈タエ、お腹いっぱい〉
〈なら良い〉
「ザンザ、感謝の祈り!」
モニータがなぜか嬉しそうに祈りを催促して来る。
〈そうだな、モニータが音頭を取ってくれるか?〉
エレトンたちも一応佇まいを正してくれる。
「うん、今日までの安全と、豊かなバンサンに感謝します」
〈ザンザに女神ポイント1000を付与します〉
〈モニータに女神ポイント1000を付与します〉
〈エレトンに女神ポイント1000と、初回サービスとして1000付与します〉
〈マロンに女神ポイント1000と、初回サービスとして1000付与します〉
〈ガトーに女神ポイント1000と、初回サービスとして1000付与します〉
〈オリペアーネに女神ポイント1000と、初回サービスとして1000付与します〉
あーあ、やっちゃったねナビーネ。
これで一家全員ナビーネ教信者だね。
食糞(兎は自分の糞を食べる癖があります)