こっちもあっちもトラブルのようだ
今日は教会建設現場に行こう、と思っていたらタエに呼ばれた。
トラブルらしい。
ニオが怒って唸っている。
ラクがすまなさそうにうなだれている。
〈状況は?〉
タエ曰く(念話)
ニオが「掘っ建て」を離れた時に仔狼全員がラクの乳に集中したらしい。
あっという間に無くなるラクの乳。
ニオが戻って、今度はラクの仔もニオの乳を吸うようになった。
そこまでは良かったが、ラクの仔の方が乳を飲む量が多く、またニオの子よりも元気なので、ニオの仔が弾き出されるようになった。
更に、どうもラクの乳の出はニオよりも劣るらしく、頻繁にラクの仔がニオの乳をねだる様になり、更にニオの仔が鳴き喚くようになり、ニオが怒った。
そして今に至る、ということらしい。
〈勿論、ラクは自分の乳に自分の仔2頭を引き寄せるんだけど、吸った時の乳の量もニオの方が多いらしくて、ニオ乳の方が人気なの〉
タエの説明でどう対処するか考えていると、ゼナが近づいてきた。
「掘っ建て」の入り口に仰向けに寝転がる。
ジニーに鼻先で何か合図すると、ジニーが巣に入り、泣いている狼を抱きかかえて宙を飛んで出てきた。
ラクの仔らしく、ラクはジニーを追いかけ、ダンが慌てて走り回っている。
ジニーはゼナの胸の上に仔狼をそっと下す。
仔狼は熊の匂いと違う毛の感触に怯えて粗相をしたようだが、ゼナが綺麗に舐めとっている。
落ち着いてきた仔狼はゼナの乳首に気づくと乳を吸い始めた。
ジニーがもう1頭のラクの仔を連れだして、ゼナの胸に仔を並べる。
2頭目の仔は近くに同じ匂いの仔がいるせいか、落ち着いていてゼナの乳首を探し出して乳を吸い始めた。
「タエ」
〈ラクにゼナの乳を舐めさせろ。乳の質が狼と違い過ぎると与えさせ続けるわけにはいかない〉
母狼なら乳の違いが判るはずだ。
ラクがゼナに近寄って乳首を口にする。
〈ゼナの乳はラクの乳と同じだから大丈夫だって〉
「ゼナ」
〈暫く外で乳やりすることになるけど、大丈夫なんだな?〉
「クッフー」
俺はお礼の代わりにゼナの前足の爪周辺の土汚れを魔法グルーミングで綺麗にしてやる。
気付いたらジニーまでが乳を飲んでいる。
ああ、これはモニータが張り付いて離れなくなってしまう図だな。
俺は暫くその光景に癒されてから、朝食の準備に取り掛かった。
最近は狼たちは俺が朝食を出す前に狩りに出てしまうため、家の中でゼナの分しか作らないことが多い。
しかし、今日は全員揃って事の成り行きを見守っていたせいか、散っていきそうにないので外で肉を焼いてやろう。
狼たちはこれから動き始めるつもりなのか、食う量は控えめだった。
ラクの仔やジニーに乳やりが終わり、ゼナが最後に食べ始める。
こちらも少なめだ。
〈それでちゃんと乳は出るのか?〉
〈クフン〉(肯定)
まあ、最悪ゼナの乳が出なくなっても、ジニーはいつでも離乳できるから、ハイギンオオカミの授乳状態に気を配っていればいいか。
さて、イノキバオークの教会は?
俺は外に出て、国境付近に空間移動する。
あえて、移動先を高高度に設定したので久しぶりの寒さを感じる。
しかし、その判断は正しかった。
春になったせいか、国境までの通路には移動する人影があった。
荷を担いだ数人と、ロバ2頭。
馬じゃないよな? 背に荷物を載せた生き物は馬基準なら8頭身なのが6頭身のような奇蹄目の生き物だ。
もっと近づかないと鑑定は出来ないようなので今は見守るだけにしておこう。
俺は彼らから死角になる山影を通過し、オークのいる里に近づく。
「国境警備隊営業所」の前にはイノシシが2頭いたので距離を置いて見える位置に立つ。
駆け寄って俺の前で全裸のオークに変化し、格闘の構えを取る2人に声をかける。
「ザンザだ。軍曹か准尉を呼んで」
顔を見合わせる二人、多分牧場に来たことのないオークビッチだな。
「准尉殿と軍曹殿は教会です」
と片方が答える。
「建築中の教会に行っても良いな?」
「ご案内します!」
「いや、位置知ってるし」
「取り込み中と思われますので」
「・・・何で取り込んでるの?」
「その、石組がうまくいかず傾いてしまい、工法を替えてやり直すとか何とか」
「その辺は確認していたのだが・・・」
営業所の石壁より簡単なはずではなかったのか?
「行って確認したいが?」
オークビッチは手を地面に置くとイノシシに変化して地を駆けて、しばらく進んでこちらを振り向いた。
ついて来いということだろう。
オークたちが湯治場と呼んでいる場に通じる上りの道をしばらくついて行くと、声が聞こえた。
俺は現地までは行かず、四角になる位置で立ち止まり聞き耳を立てる。
「だからさあ、やり直しても同じことの繰り返しだぜ」
珍しい男の声。
「ここは複数の岩の板の上なんだよ。壁を積み上げるたびに地盤の岩の傾きが変わって、壁が歪んじまうんだ。積み上げ方でも変化があるんだろうなあ。専門の建築家に任せた方が無難だぜ」
「こんなところに大工や建築家が来てくれるとは思えないよー」
准尉の声。
「来ても数年先でありましょうな」
これは軍曹の声か。
「まあ、焦ってもダメさ。ところでえ、もう、教えてよ。これやったの誰?」
「我ら、オーク傭兵団であります!」
「そういうの良いからさあ、情報共有しようよ。俺だってこの子等のパパなんだからさあ」
「んな、お腹の触り方してもダメでありますー!」
うーん、下衆いな。
口説き方が下衆い。
俺は案内のオークビッチを伴って元来た道を戻り、声が届かない位置に来てから。
「あいつらをあそこから動かせるか?」
「やってみます」
イノシシ姿になってトテトテと坂を上っていく。
「准尉殿軍曹殿、我ら巡回の時間であります! 営業所にお戻りください」
3人が連れ立って坂道を下りてくるのが、音で分かる。
俺は岩場を乗り越えて建設現場に行くと、そこには誰もいなかった。
建設途中の教会は石のブロックが5段ほど積み上げられており、入り口予定の場から見て左側が明らかに傾き中央が盛り上がってしまっていた。
地盤の岩が左に傾いたものと思われる。
原因は左の脇に置いたブロック群のせいだろう。
40t以上ある重みで左側を押し下げてしまい、教会予定地の中央を歪ませてしまったのだ。
俺は置いてあるブロック石をすべて亜空間収納し、次に左側の岩盤の上に積み上げたブロックも収納する。
石のブロックはすべて教会予定地の中央に固めて積み上げる。
その重みで中央は沈み込み平坦な地盤に戻った。
最初にブロックを置いていた場所に戻って、空間切断でその場の岩盤を切り離しておく。
切り離された左側の岩は再び地面に潜り込んで止まる。
これで重量バランスが変わり難くなるし、岩盤が動く可能性も低くなるだろう。
「ザンザ様! うわあっ! 御一人で移動したのですか? この石材」
オークビッチが戻ってきた。
「妖精さんがやった、とでも言っておけ」
「これは、曹長に追及されるのは自分になるのでしょうか?」
「ザンザの名を出していい。『風で切って、重力で動かした』とでも言っておけ」
「ザンザ様は妖精なのですか?」
「違うが、それでもいいか」
俺は周囲に別の人影がいないのを確かめ、自分を宙に浮かせる。
「今日はこれで帰る。上司によろしくな」
「は、了解です」
羽ばたいて高度を取り空間移動で牧場近くの上空に戻る。
やはり、こちらは暖かく感じた。




