オークの教会建設は即普請のようだ
雪解けが始まった。
雨が降っている訳でもないのに川の水位の増減が激しい。
上流の山でも不規則に雪解けしているのだろう。
〈エレトンたちがこちらに向かっています〉
ナビーネからアラート、いや、これは注意報か、があった。
〈どの辺にいるんだ?〉
〈南の山に到達したところですね〉
あの後、魔狼はもう一度4頭駆除している。
群れの大小の差はあるかも知れないが、一度は襲われると考えるべきだろう。
哨戒に出るべきか? その前に一度イノキバオークの営業所?を訪問すべきだろうか。
魔狼は確認できないからイノキバ訪問にするか。
もうここに来ないように申し入れないといけないしな。
〈ナビーネ、オーク営業所の位置は分かるか?〉
〈はい、西南西の渓谷です。馬車道に看板が出てるのですぐに分かるでしょう〉
隠れ里のような所ではないらしい。
「ゼナ」
〈ちょっと出て来る。ジニーをよろしく〉
ゼナは仰向けで寝ながらジニーに授乳中でチラッとこちらを見ただけだったのを確認して外に出る。
「タエ」
「ワウ」
〈ちょっと出てくる。今日中に戻るつもりだけど飯は作れないかも知れない〉
〈うん、明日、たくさん出してくれたらいいよ〉
俺の亜空間を当てにし過ぎてないかと思わないでもないが、肉の半分近くは狼たちが狩った物なんだから、今はこれでいいか。
俺は羽ばたき、高度を上げる。
南の尾根を乗り超える高さだ。
尾根を飛び越えた先は絶壁だった。
両脇が切り立った断崖で、底に川が流れている。
これで、道なんかあるのか? と、思いながら川を遡って行くと南から広い道が現れた。
南の斜面が緩やかになり、上流に向かうにつれ、谷底も浅くなっている。
実はかなり寒いのだが、我慢して道の上を辿っていくと看板と支道があった。
モニータの学習板を思い出しながら字を読むと、オーク何々とか書いてある。その周辺はまだ積雪が残った状態だった。
雪のない辻道に入って行くと、イノシシが1頭でいた。
オークの立哨かな?
次にイノシシ2頭を見つける。
俺はすぐ頭の上をかすめて飛んだので、何やら軽い騒ぎになっている。
〈ナビーネ! ムニム軍曹に念話で訪問を伝えてくれ〉
〈はい、でも、この距離なら直接念話出来ますよ〉
出来るのか? 相手の位置が分からないのに?
〈ムニム軍曹! こちらザンザだ。念話が取れるか?〉
〈こちらムニム! 取れます。ザンザ殿、ナビーネ様、感度バッチリであります〉
そんな念話をしていたら、軍曹が奥屋から出てきた。
アレが営業所?
エレトンの家とあまり変わらないなあ。
違いは壁が石造りな所か。
軍曹は全裸ではなく、皮のスカート? いや、腰巻を巻いていた。
流石に妊娠中は腹を冷やさないようにしているのだろう。
〈ここでは、初めまして、だな。軍曹〉
「ようこそ! ザンザ殿」
〈あまり長居は出来ない。教会建設について准尉と話がしたいが〉
〈では、中にどうぞ〉
中で准尉はデスクの横に立っており、簡単に頭を下げた。
例の赤いネグリジュの下に軍曹と似たような腰巻をしていた。
「お久しぶりです。こんなに早く来ていただけるとは」
「早速、教会の建設について話をしたいのだが」
「ナビーネ様からは託児所というものと兼用にしたいとか?」
「なんだ? 託児所、知らねえの? 親が兵役に出るから子は誰が面倒みてるんだよ?」
「今はテティとポポが飯だけ与えてる。そんなもんですかな」
「軍曹」
〈・・・おむつとか衛生管理はどうなってるの?〉
「おむつ? 排泄処理でありますか? 穴に埋めたり、河原でしたりであります」
「・・・ちょっと、子らに会わせてくれないか?」
「はあ、こちらであります。准尉殿、林間広場にザンザ殿を案内するであります」
身重の軍曹に案内させるのはどうかと思ったが、ヒューマンではないのだから歩かせるくらいは大丈夫だろう。
山道をしばらく歩くと、藪のない疎らな木の下に丸太と木の皮と笹で作った縄文時代の竪穴住居、いや、穴を掘らずに、そのまま更地に組み上げたテントのような構造物が点々と置いてあった。
雪をかぶっていて、見る角度によっては釜倉に見えなくもない。
きちんとした板で作った分、狼の「掘っ建て」の方がマシと言える代物だった。
その中でやや大き目の住居から小さいイノシシがわららわと7頭出てきて軍曹にプキーとかピキーとか鳴きながらまとわりつく。
「中には乳離れしたばかりの子がいるであります。冬場は獣化できる子がそのハダカンボを温めながら、ここで寒さを凌ぐのであります」
別の住居から老けたオーク姿の女が顔を出した。
毛皮のベストを着て、エプロンのような前掛けをしている。
「ムニム、乳やりしてくれるんかい?」
「まだ、乳は出ねえよ。客人の案内だよ。テティ」
「ああ、その子が魔人様かい。こんなに小さかったんかえ」
「ザンザだ。よろしく」
「あたしゃ、テティだ。テー婆と呼んどくれ」
「軍曹、建設の話はしていいのか?」
「仲間内では良いであります」
「教会兼託児所を建てると言うので、相談に乗ってる。ここでもいいのだが、他に候補地はあるか?」
「タクジショかい?」
「子を寄せて部屋で育てる。人では普通の子育てだ。広くて、近くに川があって、外敵を防げる安全な所だ」
「川沿いは氾濫があって危ないよ?」
「小川か湧き水で良い」
「ふーむ、湯治場の下なんか、どうかえ?」
湯治場? マジか?
「岩場でありますが、行ってみるであります」
〈待て、身重で足場の悪いところを歩くのは宜しくないのでは?〉
「人でも通れるようにしているのであります。ゆっくり進めば大丈夫なのであります」
一度、営業所に戻って岩肌を通る山道を登ると、薄っすら煙が上がっているのが見える。
湯気の上っている小川が流れている。
その上の岩場に大きな水溜まり、これは風呂ではなく広い洗面器だな。
これは確かに「湯治場」だ。
露天風呂ではなく湯を使う場所のようだ。
「あの上の岩場二か所で絶えず火を燃やし、温めた岩の間を通る水を湯に変えて、ここで身体を清めるのであります」
〈建てるとしたら、もう少し下の岩場かな〉
「あそこでありますか? あれだけの岩ですから更地にはできないでありますが」
〈営業所の「石壁造り」はお前らが建てたのか?〉
「壁は我らオークが作り、屋根は材だけ本隊の工兵に都合してもらったであります。」
〈ガイラバルト辺境軍だったか?〉
「然り、本隊と仮称してよろしいかと」
「軍曹」
〈今から俺がやることは、その本隊他には他言無用だぞ〉
「は?」
俺は岩場の全面15m×20mの300㎡ほど地平に平行に空間切断する。
切り取った上にある大量の岩を収納する。
跡には300㎡の更地が出来上がる。
300㎡の外周を切り取り、30㎝ほど盛り上がった基礎を設定、造成する。
次に収納した岩を15㎝×15㎝×30㎝をメインに作り、2mの角柱を24本の石材に切り取りながら脇の平坦地に積み重ねていく。
「は?」
〈これで基礎に沿って壁を作れ。高さ5m以上にすると、確実に石材が足らなくなるぞ〉
「はあ?」
〈長い柱は入り口や窓に使え。漆喰はあるのか?〉
「は? はあ? はあ?」
軍曹は俺と敷地と石材を三交互に見ながら大口を開けてパクパクしている。
〈上に、かさ上げしたいのなら、木材を足し加えるのだな〉
「漆喰は、消石灰? ここにはありませんが、粘土? 土壁の材で代用しちゃだめ?」
〈頭が追い付いてきたようだな? 要は隙間風が吹かないように作れということだ。屋根は「営業所」と同じ工法を流用出来るのだろう?〉
「それは大丈夫であります。しかし、石の切り出しが・・・一番時間のかかる石材集めが・・・一瞬で・・・」
〈念押ししておくが、礼拝と託児保育が目的の建物だ。それ以外の使用は認めんぞ〉
「うひ!?」
〈「うひ」じゃねえよ! 男連れ込んでやらかしやがったら、ナビーネ経由ですぐに分かるんだからな! お前ら全員こういう形に切り分けるぞこら〉
俺は石材を重力魔法で釣り上げながら脅し上げた。
「ひえっ!」
〈まあ、焦らずに建築しろ。凝った造りにしなければ1年で出来るだろ?〉
「い、1年でありますな! 必ずや1年で完成させるであります!」
「ちっげーよ! 焦らずにっつったろ! 国境の仕事優先でいいんだよ」
〈まあ、無理せずに出来るんなら雪が降る前に完成させたいが、間に合わなかったら冬は休んで春から続きをやるくらいの、ゆとりを持ってていい。事故して怪我人や死人を出すなよ〉
こいつらの建築技術がどの程度か知らんが、出来上がったブロック石を積み上げるだけだ。が、
〈積み上げた高さが、かさむ分難易度が上がりそうだな。手間がかかるようなら見に来るよ〉
「そうしていただければ心強いであります!」
最悪、梁や棟木や垂木も俺が建ち上げることになるかなあ。
営業所の構造を見る限り、こいつらで上手く組めると思うけど。
〈じゃあな、俺のことは美味く胡麻化せよ〉
「もう帰られるのでありますか?」
〈まだ寒いからな。ここは牧場より冷えるし〉
「遠征しない兵もザンザ殿に会いたがるであります」
〈俺の訪問は基本お忍びだ。特に本隊とやらの人間には会わない方が良いだろ〉
「むう、無理強いな招請であったことは、謝罪するであります」
〈そう思うなら夜にでも懺悔しておけ。ついでに建設の安全でも祈願しておけ。高ポイントになるだろうよ〉
そう言いながら俺は宙に飛びあがった。
〈それから、もう兵を牧場に寄越すな。家主が帰ってくるからな〉
〈そ、それはご無体であります!〉
〈ナビーネ経由で様子は気に掛けとくよ〉
ホバリングから急上昇して水平に少し移動してから空間移動で一気にイノキバオークがトドロキ連峰と呼んでいる尾根の東北東に移動する。
多門川の牧場に下りると、そこはやはりかなり暖かかった。




