竜人の人生は世知辛いようだ
半日も経てずに竜人が近づいてきた。様子見か?
壁と思っていた扉が開くと兄弟が鳴き始める。
来訪は仮性父親と仮性姉だった。仮性〇〇、我ながら良い表現だ。こいつらにふさわしい。
大人しくしている俺と警戒鳴きをしている兄弟を見、部屋の中を見渡して、しかめ面をしてから、扉を閉めて離れていった。
何が気に入らないんだか。
満腹感こそ得ていないが、それなりに体力は充実しているので羽ばたきの練習をしてみる。
兄弟も真似し始めた。良い傾向だ。狭い部屋だが、俺達の体格なら互いに翼を広げても干渉することはない。
俺は両手を床につけて羽ばたいてみる。その態勢になると、それなりに体に浮力が掛かるのがわかる。副翼を動かすと前方向に推力も掛かっている。
俺は羽ばたき練習を止めて兄弟の羽ばたきを観察してみる。まだ兄弟は揚力を得るためという自覚が無いのか、リズム感と左右の一体感が今いちだ。俺が宙に浮くようになり、それを見て意識してくれるようになればいいが。
兄弟も疲れたのか、羽ばたきを止めて寝そべった。俺は寝たふりをし、兄弟が寝るのを見てから、本当に意識を手放した。
もう二回こんなことを繰り返して、外からの光が無くなり、朝が来たら、また、竜人が来たようだ。今度は仮性父親だけだ。
手に生きたウサギを持っていた。俺の体重と同じくらいありそうだ。頭に裂傷があるが、生きている。
そのウサギを床に放って、仮性父親は今度は部屋を出ず、扉を背にして俺達を見ている。
兄弟がウサギに向かって鳴き始めた。臨戦態勢をとるのはいいことだ。
〈ツノウサギです。HP30/90〉
ナビーネが教えてくれる。
そして、ナビーネの声は俺以外には聞こえていないことを確認した。
〈跳躍しながら、角を突き刺してくる魔物ですが、角はすでに折られているので爪と牙には要注意です〉
そのウサギの爪と牙というか歯並びはどう見ても肉食動物のそれだ。
ウサギは捕まっていた仮性父親から距離を取り、うるさい兄弟を避け、長耳を立ち上げて、俺を目標に定め、こちらに突進してきた。大人しく様子見、という選択はウサギにはないようだ。
俺にはしっぽを振り上げるだけの余裕は十分にあった。突っ込んでくるウサギを横に避け、すれ違いざまにしっぽ攻撃を、初実戦使用する。
しっぽはウサギの首から肩にかけてヒットし、その打撃力とともに床に叩きつけられた。
『ピギャッ』
地に這わされたウサギは悶絶している。
俺はウサギの首を両手で押さえつけ、一指し指の爪を頭部の傷口に潜り込ませた。ウサギは痙攣して大人しくなる。
〈HP0です〉
俺はウサギを床に転がしたまま周囲を窺う。
「さっさと喰え」
仮性父親が言うが、俺は無視して兄弟とウサギを交互に視線を向ける。
「何故、喰わん? 早く食べるのだ!」
兄弟がウサギと俺に近寄ってきた。俺は仕方がないという表情を作って、ウサギの頭の傷に両手の爪を引っ掻けて皮を剥いた。ピリピリと肉から皮を剥き取って、剥き身の体から頭を引きちぎる。
兄弟にちぎった頭を渡す。兄弟は骨ごと嚙み砕いて飲み込む。牙があったはずだが平気なようだ。たくましいな、兄弟。
「何をしている! 何故自分で喰わない?」
仮性父親が何か言っているが、俺は自分の仕事をする。ウサギの柔らかい腹の筋肉に爪を立て引き裂く。蛇と違って、うまく縦割りにはできないが、臓物がはみ出る程度には開いた。そこに手を突っ込み肝臓を千切って、俺が食ってみる。血まみれだが、今は血液中の水分と塩分は貴重だ。血抜きするような贅沢は不要なのだ。
と、言うわけで兄弟にもお裾分け。
消化器系を引き抜いて、剝がした毛皮の上に置いておく。こら、兄弟、それは草食ウサギの腸じゃないから不味いぞ。床の毛皮の上に置いた腸などに近づこうとする兄弟を遮るように体を入れ、代わりに脾臓と思われる物を与える。
俺は循環器系を引きずり出して、引きちぎる。その時に魔真珠が転げ落ちる。兄弟が手を伸ばしたが、俺は放っておく。
〈魔真珠Lv一です〉
ナビーネは兄弟に取られていいのかと、言いたげだが、まあ、良いのだ。
良くはなさそうなのが仮性父親で、
「馬鹿者が!」
と、なぜか罵られた。
「お前たちは、殺し合いをせねばならぬ。何れかの竜核を吸収し、竜人として変異せねばならぬ」
今、明かされる衝撃の真実ってかー
兄弟は…… 俺が千切った四肢を無心に食べていた。全然聞いてねーな! 俺も肩から背中のウサギ肉に嚙り付いた。
「まあ、聞いて分らぬなら、仕方がない。優劣がはっきりしてから喰い合うのが理想であったが、だらだらと殺し合いを引き延ばしてから、奪うが良いわ」
そう言い捨てて、仮性の父親は出て行った。