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幕間〈マロン〉

長いですけど、分割しませんでした。いいよね?

 あたしはマロン、この山羊牧場主の女房だ。

 久しぶりにママクマが来た。二年ぶりになるか、一〇年くらい前から、牧場の道を親子連れで通る大人しい牝熊だ。

 山羊やあたしらには興味を示さず、ただ、牧場の横を年に二度ほど行き来する。一昨年と去年は通らなかったのでもう死んでしまったのかと思っていたら、今年は変な時期にやってきたと娘のモニータが駆けこんできた。

「おっかさん! ママクマが来たよ! 赤ちゃん連れてるよう!」

「ママクマ? 赤ちゃんって、もう親離れの時期過ぎてるじゃないか? え?」

 熊の背中に赤ん坊が乗ってる。異様に小さいのに何故がしっかりした赤子だ。

「なんてこった、ホントに赤ん坊だ!」

「赤ちゃん可愛いねえ」

 モニータの言う通り、赤ん坊は生まれたてくらいの大きさだ。でも目はパッチリしていて赤髪で本当に可愛いらしい。

「しかし、こっちのは何なんだい?」

 トカゲなのか鳥なのか? 角と耳とが一緒になったような変な頭をしている。鳥の羽をむしって鱗を張り付けたような体つきをしている。何より不気味なのは目が三つある。魔物なのだろうか、大人しい素振りをしているが。

 呆気に取られていると熊が家の中に入り込んでしまった。

「ちょっ、何入ってきてんの?」

 牝熊はリビングの奥で寝こみ、赤ん坊に乳やりを始めちまった。

「おっかさん! 赤ちゃん熊の乳飲んでるよう。可愛いよう」

 娘が呑気なことを言っているが、どう対処していいかあたしは思案に暮れちまった。

 山羊の鳴き声がする。あたしは外に出て放牧から帰ってきた亭主を呼んだ。

「あんたぁ! 熊に家取られちまったよう! あのママクマなんだよう!」

 訳が分かっていない亭主に家の扉を指さして引っ張っていく。

「おとッつぁん! 見て! 熊が赤ちゃん育ててる」

 「こりゃあ、たまげた。本当にママクマになってやがる」

 ママクマだけど、今回はホントに人の子のママなんだよねえ。

 亭主と息子のガトーは仕方なく椅子に座って、テーブルを囲んで眺めた。眺めるしかないよねえ。

その後は熊が本当は「ゼナ」と言う名で赤子が「ジニー」鳥トカゲが「ザンザ」だと自分を指して名乗った。

 ザンザはここで暮らす代わりにオオヤマカモシカ~ここらじゃオオヤマ様って呼ぶけど、その肉を家賃として差し出した。突き返したかったけど亭主は肉とレバーにつられてこいつらを受け入れちまった。

 ママクマことゼナは肉の提供には異議ありって態度だった。目を覚ましたジニーって赤ん坊は宙を飛んでぶったまげたけど、よく確かめたら背中に翼が在ったりして、やっぱり人の子なんかじゃなかった。

 けどまあ、あのレバーだから受け入れは仕方がない。あたしたちにゃ一生回ってこない代物だったろうからねえ。

 しっかし、ザンザは収納持ちかい? しかも、A級以上のハンターときた。

 寝こみを襲われないかと心配したけど、先に寝ちまったから,まあ一安心か。ここにきて一二年だけど、こんな日も来るんだねえ。



 翌朝起きて、リビングに寝てる熊たちを見て昨日のことが現実だったと認識させられる。

 朝のガトーの報告で日常の問題に引き戻される。山羊の塩やあたしたちの塩がなくなりつつある。

 これから南で越冬するけど、去年越冬地では塩を手に入れることが出来なかった。今はかなり前に上流で手に入れた岩に質の悪い塩を含んだ代物を砕いては山羊に与えている。

「おはよジニー! おはよゼナ! おはよザンザ! おはよおっかさん!」

 これ、無理やり起こすんじゃないと言おうとしたら、お客さんたちは起きたり乳飲んだりしていた。

「オー!」

 鳥トカゲは挨拶を返してくれる。

「オー!」

 真似するモニータ。

 暫くすると様子のおかしいことに気づいた。

「そっかあ・・・ほんと?・・・うん、仲良くする!」

「モニータ。お前、こいつらと話しぃしてたのかい?」

「うん、ザンザはね、ザンザは頭でお話しできるんだよ。仲良しになれるんだよ」

 まさか、そんな意思疎通をしてたなんて・・・、しかもモニータがそれを出来るなんて・・・

「ほんとかよお、声に出さない話って、神託じゃないか? いいのかい?これ」

 教会で神の声を聴いてる司祭を見て胡散臭いと思ったことがあるけど、今のは本当っぽいし信じられる気がする。

「おっかさん、これは念話だから神託じゃないってザンザが言ってる」

 あたしは皿をくばりながら、手が震えていた。

「ほ、本当に声無しで話をしてるんだねえ」

 しかし、ザンザがただの鳥トカゲじゃないのがすぐに判明する。

 塩の工面を心配する亭主とガトーの話に娘が割り込んだんだ。

「おとッつぁん、ザンザが山羊を川に連れて行けって・・・ミズアオイを食わせろって・・・青い花が咲くの。浮袋を持ってる草なの・・・水に溶けた塩を少しだけどふくんでいるんだって」

「お、おい、今のは?」

 亭主も驚いてるねえ。

「やっぱ、神託かねえ? モニータがザンザと声を出さないで話が出来るんだってさ。念話って言うそうよ」

「ねえ、あたしたちも食べたら塩を食べれる?」

さらにモニータが聞き出してるけど、相当に手間のいる方法だった。

「それじゃ、その仕事に一人掛かりっきりになっちまうじゃないか? うちの暮らしじゃあ、ちと無理だねえ」

「しかし、山羊の塩分補給がタダで出来るようになったのは大きい。神託に近いお告げだ」

「おっと-、こんな話信じるのかよ?」

「普通なら疑ってかからなきゃならねえが、さっきの話の通り、ちゃんと確かめる方法まで出てきてる。教会の奴らの迷信よりは、ずっと信用できるってもんだ。今日の放牧は多門川を下りながらだ」

「おとッつぁん、ザンザがカリューでゴーリューする川の名前を知りたがってる」

「川か? 合流してるこっちは多門川、上流は門前川、下流は大門川だ」

「門前川の上流にある湖の名前はなーに?」

「あそこは静湖って呼ばれているが、そうか、お前さんたちはあっちの上流から来たんだなあ」

まあ、腹ごしらえはしなくちゃねえ。こんな野菜の煮物でも良い肉が入ると美味いもんだ。

ザンザはゼナと外に出ちまった。焚火の薪はありがたいことに自前のようだ。

ジニーがテーブルに跳び乗ってきた。行儀を注意しても無駄だろうから、放置かねえ。

「ジニーも食べる?」

「いま、飛んできたよな」

「昨日から飛んでるだろ」

「カブ? お肉? カブね」

 すっかりモニータはお姉ちゃんしてるねえ。

「ふーふーふー、アーン」

 ずっと末っ子で、世話される側だったから、するのが楽しいみたいだねえ。


 朝食の後始末をして、モニータのお古を出して物色してみる。モニータに毛皮の靴下のをジニーに履かせるように言う。ジニーは嫌がってはいないので一安心だ。

「おっかさん、ザンザたちが塩を取りに行くって」

「はあ? 塩はこの山向こうの奥の谷だよ。今は工夫が全滅しちまって来春まで討伐隊が組むどころか、探査の面子も組めないって言うじゃないか。止めときな」

 しかし、ザンザたちは行くと言う。それもジニーを連れてだ。

 まあ、説得は難しいだろ。この子たちはずっと原野を旅してたんだからねえ。

 モニータはこのままジニーが戻らないかも知れないと心配しているようだねえ。

 こちらの心配をよそに、ゼナを先導に上流に向かって歩いて、いや、走り出した。ザンザはジニーを抱きかかえて飛んでいる。思いのほか軽やかに飛ぶんだね。

 山影に入るまで見送って、あたしたちは日課に戻ることにする。モニータはどれもこれも身が入らないようだけどね。

 亭主とガトーが戻ってきた。かなり疲れているようだね。山羊がミズアオイを食べなかったと。

「おっかさん! ザンザたちが戻ってきたー」

 日が傾き始めた頃、家を出たり入ったりして落ち着かなかったモニータが元気のいい声を出した。

 ザンザたちは家に入らずに焚火の準備をする。こちらもダメだったのかねえ。

「早かったねえ、塩は採れたのかい?」

 しかし、どこからともなく取り出したのは白い塊だった。

「こ、こりゃ、驚いた。真っ白じゃないかい!」

 受け取ると思わず亭主に見せに行きかけ、慌てて引き返しザンザに間抜けな確認を取る。

「も、貰っていいんだね?」

 ザンザは首を縦に振ってくれた。

 あたしは、ただ、白い塊を見せ、亭主は指でなぞって白い粉を舐めて外に飛び出した。。

「あ、あれをどこで手に入れた?」

「谷の崖の上の方だって。飛べないと採れないんだって」

 モニータが代返してくれる。亭主はどうするか思案に暮れているようだった。

 ザンザが家の中に入って、テーブルの上に塩の三角の柱を一本ずつ五本出して並べた。背より長い柱だ。

「わあー、綺麗な塩―!」

 モニータが嬉しそうに声に出すが、あたしたちは暫く声にできなかった。何なんだいこの整った規格の岩塩は? とても人の手による技とは思えない。

「お、お前ら、分かってるな?」

「ああ、ああ、絶対秘密だね?」

「モニータ、誰にも言っちゃダメだからね」

 モニータを抱き寄せて耳元で囁いた。

「うん、ヒミツ!」

「できるだけ、塩の話もしない、口にも出さない、約束だよ」

「うん、約束」

 あたしは塩の柱を隠すために山羊の皮を出して、巻いて包んで・・・どこに置こう?

 天井の梁に乗っけとくかね。

 亭主がまた、肉のおすそ分けを貰ってきた。しかし、塩をたっぷり使うと焼いただけでこうも美味くなるものかねえ。


 翌朝、シチューを作ってザンザに盛ってあげると、変な木の実をモニータが貰って来た。甘酸っぱい梨の味がする。ケンポナシ? こんなの見たことないよ。この辺にたくさんあるの?

 亭主たちを送り出して、日課の洗濯をしに川に下りる。今日はジニーもいるから行水の手拭いもいるか。

 あたしは水魔法が使えるので洗濯は得意だ。衣類の布地に水を通して汚れを落とす。誰よりもきれいに出来、布地も傷めない。染物の色がついでに落ちちまうのが玉に瑕だけど。

 みんなの服を脱がして水魔法で出したぬるま湯で身体を洗ってやる。川の冷水だと震え上がっちまうからねえ。しかし、ジニーは物おじしない子だねえ。声出さないのは念話が常習化してるからかねえ。

 ザンザは川に入ったり上がったり何やってんだか? とか思ってたら、何か器用な風魔法の使い方をしてる。ジニーの髪が乾いてる? モニータの髪のしずくが落ちない。

「ちょいと、良い事してるじゃないか? あたしもお願いしていいかねえ?」

 ほお、髪の半分があっと言う間に乾いたよ。全部乾かすと良くないのかい? へえー。

 あたしは洗濯物を干しかけたけど、モニータたちは家に入ったので、教本って程のもんでもないんだけど文字を書いた板をテーブルに置いておく。洗濯物を干して戻ると、ザンザもジニーも熱心にモニータの勉強を見てるし。

 あたしは古着をジニー用に設えながら様子を伺ってみようかねえ。

 あらら、やっぱり遊びに走っちまってるねえ。ザンザはフラッと外に出ちまうし。

 外に出たザンザが戻ると、小石を取り上げ、袋に戻し、三角の石のおはじきを机に並べる。二人は物珍し気に手に取って見ている。

 ザンザは三角石を積み上げる。そういう使い方が出来るんだねえ。縦に一〇個積み上げ、すぐ横に一個置たりしてる。

「じゅういち?」

 ザンザが数を教えるのかい?

「指は一〇本しかないんだよ? ・・・九頭と一〇頭」

 ザンザはおはじきを九と一〇並べて、柵の中の山羊の数え方を言ってるらしい

 モニータがとうとう二桁の数字を覚え始めちまった。

 その後はルール形式で石弾きかい? ジニーがマメに浮いて移動しながら石を動かしてるよ・・・

 あたしは三角形のおはじきを手に取って見た。重ねるとピッタリ全部同じ形をしている。これ、どうやって切って磨いたんだい?

 ジニーが船を漕ぎ始めたのでザンザが外に連れて行き、ジニーもついて行っちまった。

「ザンザは薪を取りに行くんだって」

 と、戻ってきたモニータが言うので外に出るとザンザは東に飛び立った後だった。

 戻ってきたザンザは突然黒い塊? を差し出してきた。

「何狩って来てるんだい? カラス?」

 ザンザがくちばしの短い頭を取り出す。

「こ、こりゃあ、バンかい? 警戒心の強い鳥なのに・・・」

 他に三羽を抱えてる。

「ちょいと待っとくれ、もう、空いてる鍋がないんだよ。そのまま、しまっといてくれないかい? 羽を取る暇もないしねえ。ホントは腸を抜いて吊るして血抜きをしないといけないんだろうけど、その中ならずっとそのままなんだろ?」

 改めてじっくり見たけど三角形の黒い窓にザンザは鳥を入れて仕舞ってた。

「あんた、すごいねえ。水鳥なんて一日一人一羽狩れりゃあ、一流なんだ。四羽なんてどうやったんだい? いや、聞かないでおくよ、うん」

 あたしは三つのなべをかき回しながら鍋を興味深くみているザンザに話しかける。

「モニータがはしゃいじゃってねえ。あんなに楽しそうにしてるのは久しぶりさ。あんなに丈夫な赤ん坊は人の子には、いやしないからねえ。ところで、あのおはじき貰っていいのかい?」

ザンザは首を縦に振ってくれる。

「すまないねえ、売れば高くなりそうだけど」

 あんな単純なもので、あれだけ算術が進むんだからねえ。


 翌日、雨にもかかわらず、こんなに賑やかな一日は初めてだった。鳥を捌いて、舞い上がる羽に大慌てをして午後の子供たちの勉強時間をしばらく眺めて、あたしたち夫婦は今後のことを話し始めた。

 今日みぞれが降ったので、次に天気が悪化する前にここを出て南の越冬地に向かうこと、ザンザたちにここで冬を越すのか確認すること、ここで暮らすのは良いが、一緒に南には行けないこと、来年はいつまでここにいるのか?

 そして、一気に子供たちの算術が進んじまったこと。特にガトーは算術が苦手で、とても学校にはやれないとあたし達は思い込んでたけど、今日見る限りじゃ教え方さえ良けりゃ十分理解力はあるようだった。再来年には南の町で学校に通わせてもいいんじゃないか。結果、良い職に就くことが出来るんなら牧畜を止めるか。前から決めてたんだ、子供たちがこの生活を嫌がるなら、町の暮らしに変えてもいいと。

 人付き合い、いや、付き合いが広がると人生の選択肢も広がるもんだとつくづく思いながら、ザンザに明日、相談してみることになる。厄介なのは間にモニータを挟まなきゃならないことだねえ。


 日が変わっても雨だけどじきに上がるだろう。あたしたちはモニータの近くでテーブルの椅子に腰かけてザンザとに話を持っていく。

「昨日、みぞれが降った。次に降るときは雪になるだろう。そうなる前に俺たちは山羊を連れて南に行かなくちゃならねえ。お前さんたちは連れて行けない。これからどうするつもりだ?」

「冬の間、この家を貸して欲しいって」

「そうか、しかし、冬の間だけなのか?」

「ゼナの乳が出ている間はここにいさせてくれるとうれしいんだって。夏まで?」

「熊は夏が来る前に発情するんじゃなかったか?」

「その時が出ていく時になるー え、出ていくの? やだ、一緒にいる! ジニーもザンザもうちの子になったらいいじゃない!」

「ジニーもザンザも空を飛んでどこにでも行けるのに、この家に留めることはできないだろ?」

行動力と生活圏が違い過ぎるんだよね。ジニーが大きくなったら尚更だ。

「やだやだ、一緒がいい。お友達なんだよ。お友達は一緒がいいんだよ」

 やれやれ、本当にいいお友達だからねえ。どう宥めたもんか。

「ホント? ホントにまた会いに来てくれる? 約束のしるし?」

 ザンザが宥めすかしてくれたようだねえ、しかし、しるしって?

 ザンザが外で何か始めた。柵の脇の大岩を切り飛ばした。初めて見るけど凄まじいね。鳥肌が立ったよ。そこに魔法陣を・・・転写かい? 一瞬で石に焼き付けちまった。

 ザンザは一旦離れて地面に同じ転写をして、石の上に一舜で移動しちまった。

「こ、これは移転門なのかい?」

「そんなだいそれたもんじゃないって、ザンザとジニーしか移動できないって」

 土の上の魔法陣は消えたけど。

「これがあったら、また来てくれるんだね?」

 無邪気にモニータが言うけど、これはこれで大問題かもね。

「わかってるだろうが、これは秘密だからな」

「なあ、おっとー、こんなのがここにあったら不味くないか?」

「ここは、そうそう他人が来たりしねえ。人が来そうな時はさりげなく干草でもかけときゃいいさ」

 それで、誤魔化せるかどうか分からないけど、腹をくくるしかないようだ。

「つまりは、冬の間、あんたたちにはにここを預けるから、よろしく頼むよ」

 大体は旅の支度は出来てるんで、後は装備の仕上げに取り掛かろうかね。


 翌朝、モニータが話をしてる。

 ザンザが朝の焚火をしてるところだった。

「夏になったらどこ行くの? じゃあ、今日一緒に行こうよ。え、海? 島? 大陸? そんなとこに行って何するの? 見に行くだけ? バッカみたい!」

ちょ、モニータ! 相手を見て言葉を選びなさい!

「ザンザは馬鹿じゃないよ! 賢いよ! 何でバカみたいなこと言うの? まだ零歳だから? 嘘、ザンザ大きいじゃない?」

は? もしかしてザンザとジニーって同い年? 

「脱皮? 脱皮ってなに? トカゲって、蛇と一緒?」

 あたしがあまりのことに呆然としてたら熊のゼナが外に出てこの子等の朝食が始まった。

 じゃあ、これから越冬の旅だ。あたしはザンザに留守の注意を言っておく。

「じゃあ、春にまた会おう」

 亭主たちと山羊の準備も出来たようだ。

「世話になったな、家を頼む」

 大げさなような気がするけど跪いて出発の挨拶をする亭主エレトン。

 ザンザも少し膝を曲げて頭をさげてる。これ、ホントに零歳児かね?

 モニータが手を振って、ザンザが片羽を上げて返えしてる。ああ、見送りがあるってことは良いもんだねえ。

 しばらく歩いて頭の上を大きな羽音が通り過ぎると、ザンザが前から引き返してくるところだった。

「モニータ! モニータ!」

 ジニーの声かい? 初めて聞くけど赤子の声なんだねえ。

「ジーニー!」

 モニータが叫んで手を振る。

「また春に帰ってこようね」


 旅の行程は山羊次第、天気次第だ。もう慣れたけど初日の夜は辛いねえ。疲れてくると逆にビバークでも寝れるもんさ。

 食事はチーズとオオヤマ様の塩漬けだ。今回、こればっかりはありがたい。

いい具合に牧草が生えてると、山羊の歩みが良くなるんだけど、南に行くにつれて草が良くなると進行が遅れちまう。まあ、最近はガトーがうまく追い立てくれるんで助かる。

 モニータは調子が良くなると、ジニーたちのことを話題にする。今年は泣きを入れてこないので良いことだ。

 夕食を終えて、あたしは弓の具合を確かめる。と、いうよりあたしの勘を確かめることが目的かね。後は、矢羽根をバンに変えてみたけど、どうだろう。枯木を射てみるがいい具合だ。鈍っちゃいないねえ。


 翌日、昼前のこと、山羊たちが異常を訴え始めた。何かに怯え山に入ろうとする。

 あたしは高台になる場から四方を見回して、東北から動いているものを発見する。

 山賊・・・いや、オークかい? 

「とにかく山羊を落ち着かせて、南に急かせるんだ」

 山に入っちまったら繋いだロープが邪魔で逃げ遅れちまう。

 モニータを牡山羊に載せて、ガトーに先導させる。エレトンが山羊の追立とあたしが殿だ。弓の射程に入る前にオークどもを分断できれば良いんだけど。

 ちいっ、仔山羊とあたしの足が遅い! ガトーがうまく山羊のペースを整えてくれてるってのに!

 オークどもの嘶きが聞こえてくる。腹を決めないといけないかねえ。

 あたしは振り返り弓矢をつがえる。狙いは先頭中央のでかい奴!

 その時、聞いたことのある羽音が上から迫ってきた。

 そして、土埃がでかい車輪になってオークとあたしたちの間を通り過ぎて行った。 その後には倒れ伏したオークたち。ちらほらと赤みが見えるのが冗談のようだ。

「ザンザよ! 南に逃げろって」

 山羊の上のモニータが叫ぶ。

 死んだオークの上を蛇行しながら飛ぶザンザが見える。

 このタイミング、この状況、しかも一網打尽でケリをつけるのかい。神業だね、まったく。

 あたしは息絶え絶えになりかけてたけど、何とか足を動かすことが出来、エレトンについて行った。

 その日の夜は用心して交代で寝たけど、オークや他の襲撃はなかった。

 翌朝、あたしは日が昇るのを見ながら、ザンザとその仲間に感謝の祈りを捧げた。



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