ゼナは越冬先を馴染みの人に頼るようだ
朝起きて、軽く肉を喰い、授乳が終わったら出発だ。
しかし、ゼナは来た道を引き返し始めた。あの二頭がいる上流は嫌だったのかな?
熊の里見てみたかったな。俺は残念に思ったが、ゼナの方針に逆らおうとは思わなかった。
元の川に戻って、またゼナは下流に向けて歩き始める。周囲の景色が変わり始め、草地が散在し始める。
昨日と同じような行程になるのかな、と思った俺は空を飛び、翼の動き具合を確認しながら、高高度から地形を俯瞰してみた。
川はこの南東に曲がって流れるようだ。地形は山岳地帯というより、丘陵地帯になりつつあり、更に高度を上げると大きな緩い山を二つ超えた先に平地が見える。人間では見えない先の風景も見てみると、平地の先は山が連なっていた。盆地なのかも知れない。
俺はゼナとジニーの許に戻った。ゼナは山沿いを選んで進んだため、進路は南西に変わっていた。
昼は日課の魔法グルーミングをして、初めての野獣、オオヤマカモシカを狩ってビバークすることになった。
オオヤマカモシカ(七歳)
状態 追放の牡
LV 六
HP 七七
MP 〇
強 六六
速 四六
賢 一一
魔 〇
耐 七九
運 一
スキル
岩跳び
・・・寂しい牡だったんだなあ。肉は硬い、しかし、旨い。噛めば噛むほど味が出る。ゼナも骨についた肉を全く残さないで食べている。ジニーは・・・最近乳と果物しか食ってねえなあ。
翌日川岸から離れて山沿いを進んでいると、道らしき場所に出た。けもの道ではなく人と家畜の通る農道のようだ。轍は無いので、まだ、ここは田舎なのか? それとも馬車・自動車が走行できる発展した文明・時代ではないのか。とにかくゼナは気にしないで原っぱの中の道を進んでいる。
しばらく進んで俺は気が付いた。この草原は放牧地だ。この地域の産業は牧畜のようだ。
しかし、いいのか? 熊がこんな道を歩いていて、害獣として狩られたりしないのか? 俺は浮遊して上空に飛び、俯瞰してみる。草原は緩やかに上りの傾斜となっており、その先に民家が一件見える。
ゼナはその家に向かっているようだ。
柵が道の横に並ぶようになり、その先に民家が近くなってくる。
家の前まで来ると、洗濯物を取り込んでいた娘が俺たちを見つけて家に駆けこんだ。さて、どうなることやら。
「おっかさん! ママクマが来たよ! 赤ちゃん連れてるよう!」
元気な声だ、良く響く。言語は竜人たちと変わらないようだ。
しかし、ママクマ? この家はお馴染みさんだったのか。
「ママクマ? 赤ちゃんって、もう親離れの時期過ぎてるじゃないか? え?」
がっちり、ポッチャリした母親らしき人が家の扉から現れ、ゼナの背中にまたがっているジニーを見つけたようだ。
「なんてこった、ホントに赤ん坊だ!」
「赤ちゃん可愛いねえ」
娘は六歳程度か、肉付きは良い。健康そうで何よりだ。
「しかし、こっちのは何なんだい?」
はい、そうですね。不思議生物ですけど、竜人なんです。ラウドズライグ、知ってる奴はいないのだろうなあ。
母親と娘はヒューマンのようだ。生息数は一番多い人種なんだっけ。
ゼナは挨拶もせずに家の中に入っていった。自由だなゼナ!
「ちょっ、何入ってきてんの?」
そりゃ、熊が入ってきたら、母親慌てるわな。
家の中は2DKだが日本の規格の倍ぐらい広さがあった。リビングは二〇畳くらいか? 扉のない隣室が見えるが寝室か? 覗かないでおこう。ゼナはリビングの奥の広い床に横たわり乳首を舐め始めた。授乳の準備だ。ってオイ、ここでやるのか?
あーあ、ジニーが乳飲み始めた。
「おっかさん! 赤ちゃん熊の乳飲んでるよう。可愛いよう」
娘は呑気に見ているが、母親は絶句して、ただただ傍観している。
おっかさん、申し訳ない。
おっかさんは、家の外に出て行ってしまった。熊と娘を同じ部屋に置いておいていいのか? ジニーの様子を見れば、いいのかもな。
「あんたぁ! 熊に家取られちまったよう! あのママクマなんだよう!」
亭主が戻ってきたか。ひと悶着する前に出て行くべきだよなあ。
扉から静かに覗いたのは髭面の四〇代のヒューマンだ。そろそろと家の中に入ってきた。
「おとッつぁん! 見て! 熊が赤ちゃん育ててる」
「こりゃあ、たまげた。本当にママクマになってやがる」
おとッつぁん、びっくりだね。
扉から、おっかさんとヒューマン男子が顔を覘かせる。男子の歳は一四、五か?
事態を把握した家族はリビングの椅子に座って、二台を合わせたテーブルを囲んで俺たちを見ている。
「どうすんだい、あんたぁ」
「どうするってよ。叩き出すにも、こいつの頑丈さは折り紙付きだぁ。鍬や農具で突いたところでビクともしねえよ」
「赤ん坊を捕まえて外に放りだしゃあ、出てくんじゃねえか?」
坊ちゃん、いい所ついてくる。
「やだ、可哀そうじゃない! 可愛いんだよ?」
抗議する妹。ありがとね。
「モニータ、熊を家に入れたまま寝るわけにゃいかねえ。赤子にゃ可哀そうだが出てってもらうしかねえ」
「ゼナ」
〈いっぺん、外に出るか?〉
ゼナは寝むり始めたジニーを床に置いて起き上がり、扉に向かった。扉は中から閂がかかっており、俺はそれを外して扉を開け、ゼナを外に出す。
「ママクマ! 戻って来て!」
「やめろってか、今誰がしゃべった?」
「ほえ?」
「いや、『ゼナ』って!」
俺は出ていかないで扉の中にいる。
「ゼナ」
皆が一斉に俺を見る。
俺は自分を指さし、
「ザンザ」
名乗ってみる。
俺は床にうつぶせ寝をしているジニーの方に行き、指をさす。
「ジニー」
「名前だよ。あんた、こいつらの名前なんだ」
「変なトカゲがザンザで赤ん坊がジニーか?」
「ゼナってのは?」
「熊か?」
「ねえ、あんたぁ、このトカゲ目が三つあるよ」
「ああ、魔物、いや、魔族なんかなあ。翼もあるし」
「え、魔族? 魔族って一緒に暮らしちゃダメなの?」
モニータちゃん、いい度胸してるねえ。
「モニータ、うちは山羊の世話でセー一杯なんだぞ!」
「赤子一人くらいなら引き取れるが、いくら大人しいママクマでも、熊の食い扶持を稼ぐのは無理だ」
先立つものはこちらで何とかしますので。俺は失礼だとは思ったが、テーブルの上に飛び上がった。そして亜空間からオオヤマカモシカの肉、骨付き腿を取り出して置く。
「これ、どこの山羊を殺したんだ!?」
お、坊ちゃん、そう捉えるか。亜空間から出したことより、山羊肉に怒るか? 山羊大事にしてんだねえ。アウトホーンゴートは出さないでおこう。
「ま。待て、ガトー。こいつは山羊なんかじゃねえ。鹿? いや、子牛か? まさか、カモシカ・・・オオヤマ様なのか?」
俺はコクリと、頷いておく。
「これを、上手くハムにできりゃあ、領主からたんまり大金をもらえるだろう。二、三年は遊んで暮らせる」
「何言ってんだい、この牧場はガトーに継がせて、維持しなきゃいけないだろ! 二年も休んだら山羊が死んじまうよ!」
「ただの換算だ。ま、実際は献上して、何年か免税されりゃ儲けもん。その辺が妥当かな。ただし、今は塩が手に入りにくい。ハム作りも難しい」
「お待ちよ。このトカゲはここに置いただけで、これはママクマの餌なんじゃないのかい? これを食べるから熊の餌はいらないって言ってるんじゃないのかい?」
おっかさん、欲がないね。
「税」
「ゼイ?」
「税」
「ぜー、ぜい・・・税か? 俺たちに納めるってことか?」
「ハ、イ」
お、ぶっつけ本番でハ行が声にできた。
「ここに住まわせて欲しいってことか。だがなあ、もうすぐ冬が来る。そうなる前に俺たちゃ南の山超えて行かなきゃならねえ。ここで赤子を世話するモンはいなくなるんだ」
ほう、悪い条件は先に提示とは、おとッつぁん善人のようだ。
「あ、あんたぁ、このトカゲにそんな難しいこと言って分かってくれるんかい?」
「税を納めることを知ってるんだ。分かるだろ? 南の土地は仮の拠点で俺のモンじゃねえ、熊や魔族を連れてくわけにゃいかねえんだ」
ゼナはこの酪農家の生活を知っていたのだろうか? 冬の間、ここを間借りするつもりなのだろうか? 今だけの一時的な滞在なのだろうか?
俺はテーブルから降りて、ゼナに念話をするため、外に出た。
ゼナは家の壁に身を預けて横になっている。
「ゼナ」
〈ここでずっと暮らすつもりか?〉
ゼナは首を左右に回す。
〈冬まで?〉
ゼナはまた、首を左右に回す。
〈冬をここで超す?〉
「クフー」
〈この家族はここからいなくなるんだぞ? 俺たちだけでここで春まで?〉
「クフー」
ふむ、冬の間、この一家がここを貸してくれるだろうか?




