兄弟が誕生したようだ
カツカツコツコツと耳障りな音で、俺は目覚めた。
座ったまま、寝ていたようだ。熟睡だ。
どうやら、この体はあの座姿勢が安眠できる体勢のようだ。
で、うるさく、音のする卵を見ると微妙に動きながら時に、妙な音がする。これは中で鳴いているのか?
手伝ってやるか。オレは卵の殻を薄く削ぐように、空間魔法の三点を指定し、魔力を込めた。
パキッ一瞬火花が飛び、聞き覚えのある音がし、卵殻が一部消失したが、中身は大丈夫そうだ。俺はやや強めに卵を揺すってやった。
「ぎぃ~~、ぎぃ~~」
鳴き声がはっきり聞こえる。結構やかましい。兄弟は出てこない。卵殻の傷つけ方が悪かったか? 俺は穴の開いた両端に指かけ引き割るように亀裂を作ってみた。そして、もう一度卵を揺すってみる。
卵は二つに割れて……割れたが卵膜が邪魔で兄弟の姿はまだ見れない。
俺は動く卵膜に爪をかけ引き裂いてやった。弾けるように飛び出す兄弟。
「ぎいいいい~ぃ」
直に聞く声は更に喧しい。
俺は兄弟に落ち着くようにと、翼に触ってやった。
兄弟は初めて俺に気づいたようで、俺をまじまじと見て口を開いた。
「ぎあ~! ぎあ~! ぎあ~!」
その鳴き声はイヤーイヤーと叫ばれているようで俺は地味に傷ついた。
俺は鳴き叫んでいる兄弟を観察することにした。
まず、兄弟は俺と違って三つ目ではない。顔はよくあるドラゴンの顔だ。短いがはっきりとした角が二対ある。
ふと、気づいて俺は自分の頭を触ってみた。左右に斜め上に固くとがっているのは耳の先のようだ。これを角と言えるのどうか、他の同族を見てみないと判らない。
ともかく兄弟には耳らしき器官があり、それは角とは別に独立している。つまり顔つきには、かなり違いがあるようだ。
そして、首だが、これも俺とは違って太くて堅そうだ。俺の首は細長く、鳥に近いのではなかろうか。体は、まあ、肩から下は、ほぼ俺と同じなので安心した。しっぽの形大きさも同じだ。
翼は~、翼は違うな。兄弟の主翼は俺と同じだ。下の翼? が違う。蝙蝠被膜型が一対ついてるだけだ。役に立つのか、これ?
羽ばたいて後方に推進力をつくるのか? そう考えれば、俺の副翼も役に立つのか不安になってきた。
兄弟は俺がアクションするたびに「ぎあ~! ぎあ~!」と鳴いている。 ブレスを吐かないだけマシか。
足音のような物音がして、壁の外で人声がした。壁が横にスライドして開いた。壁自体が扉だったのか。
開いた間口の外には人影が立っていた。人の形をしたもの、ドラゴンではないようだ。
「うそ、生まれてる。二匹とも?」
俺はその「人」に角が生えているのを見止めた。
あれが竜人か。逆光でよく見えなかったが、俺とは、かなり体格差があった。あれが標準体型だとすると、俺の体高は五〇㎝程度、体重は一五㎏が前世基準ってところだろうか。
その竜人らしき者は扉を勢い良く閉め、慌ただしい足音を残して去って行ってしまった。俺たちのことを「二匹」と言っていた。
どうやら、まともな扱いは期待できそうにないか。
そして、転生サービスで言語理解はできそうだが、意思疎通はどうなのだろう?
程なくして、扉兼壁が再び開かれた。鳴き止んでいた兄弟がまた、叫びだす。
立ち姿は三人、女二人、男一人だ。
「これじゃ、どちらが先に生まれたのか判らないじゃない?」
新顔の女が言った。
ストレートロングの金髪、貴族風のドレス、薄暗いながらも前世基準で美人の類であることがわかる。角は生えているので竜人なのか?
「関係ない。強き者が竜人となるだけのこと――」
男が言葉を止めて俺を目を見開いて見下ろした。
肩までのウェーブのかかった銀髪、やはり中世貴族の男装、渋いナイスガイ?
「三つ目だと?」
俺の顔を見止めて言った。
「なんですって、邪竜だというの?」
「いや、古の邪竜リストに単眼の竜はあるが、三つ目など存在しない。ましてや神龍にもな」
「二つ目のほうが元気そうじゃない。そんなの潰しちゃおうよ」
「両方ともお前の弟だ。しきたり通り強いほうが竜人となるだけよ」
「まだ兄弟じゃなんかじゃないわ」
竜人三人は扉を閉め、この部屋から離れていった。
どうやら、俺は珍種か奇形のようだ。
『強い方が竜人になる』と言っていた。
この後、俺と兄弟で優劣を決定したら、強い方が段階を経て竜人になるのか? 卵から生まれただけでは子として認めない、ということか。いきなり、地雷だったな竜人。しかも、親兄弟は、いや、親姉妹は、かなり冷酷なようだ。最初の女は俺たちの姉のようだ。まだ確定できないが、他の二人が父と母なのだろう。まあ、彼らはそういう意識は希薄のようだったが。
〈怒らないんですね〉
何か、久しぶりのナビーネさんだった。
失望はしましたがね。
〈申し訳ありません〉
まだ、謝罪は早いです。今後、あの男が言う『しきたり』とやらに逆らってどうなるか、試してみないとね。
〈逆らうのですか?〉
当然、俺、弟は持ったことないんですよ。ぞんざいに扱うつもりはありません。
俺は兄弟を見た。もう、俺を見て大声で鳴いたりはしなくなっていた。
俺は、リラックス体勢をとり、胸に頭を乗せ目を閉じた。
狸寝入りで兄弟の様子を窺う。 兄弟は一歩だけ踏み出して俺の様子を見て、安心したのか、卵と一緒にある毛布の上に戻り、体を伏せて動かなくなった。
俺は目を開けて見た。兄弟は、俺とは就寝体勢が違うようだ。