イノキバオークの名付け親になるようだ
翌朝カルナは新築の軒下でサツキを抱いて地べた座りしている。
授乳では無いようだ。
授乳をしているのはゼナで、飲んでいるのはジニーと灰銀オオカミの仔2頭だ。
その隣にはニオが横たわってお腹に4頭の子狼が並んでいる。
「昨夜は助かった」
俺は朝食後の片づけをしていたら、ツルギが声をかけてくる。
「湯をかけただけだが」
「いや、それが無かったら今朝は清めで大変だった」
「そうか」
「もう少しして、サツキの首が据わってきたら新都に向かうことになる」
「王族に報告か?」
「帝王側の父母にサツキの顔見せだ」
「当然だろうな」
「お前も一緒に来ないか?」
「俺とジニーが人族の大都市に入り込むには無理があるだろう?」
「俺たち一家だって無理がある。近郊の村か宿場町で王達と落ち合うことになる」
「考えてみる」
今暫くは人が集まる場所は敬遠しようと思っていたが、保護者(最強?)がいるのならジニーに体験させる良い機会かもしれない。
ある程度は運100オーバーが行動に都合良く反映してくれるかもしれないしな。
しかし、それはゼナと別れることになる。
ゼナと別れてジニーが寂しがらないか?
逆にゼナが寂しさやストレスで荒れないか?
狼たちは俺無しでエレトン一家とうまくコミュニケーションできるか?
特にハンナあたりヤバいな。
暫くは、俺無しのこの牧場を、空間魔法で様子見に訪れるべきかもな。
カルナのメタモルフォーゼについては誰も恐怖心を抱いたりはしていないようだ。
間近で見た俺は結構トラウマになりかけたが、夜間だったので遠目からの姿影のみだし、あの姿で歩き回ったわけではないからか。
まあ、サツキを抱いて母親している姿が健気に見えるせいもあるのか。
サツキが生まれたせいでダイゴは早い離乳をしなければならないらしいが、大量のハギの食糧庫と俺の調理技術で、より取り見取りのようだ。
結局ダイゴの好物はバナナ山羊ミルクジュースに落ち着いたようだが。
それ、オヤツ枠だから。
いや、栄養価は高いから、これはこれで良いのか?
順調にデブになってるし。
デブと言えば、イノキバオークのネネとムニムも出産したそうだ。
ナビーネからの情報だが。
行ってみるか。
手土産はアナウサギ数匹で十分だろ。
牧場の皆には「飛行訓練で遠出する」と言っといて、国境に向かう。
飛行時間は体が大きくなったので短くなるようだ。
実際は空間魔法の短縮でズルしたのだが。
〈ムニム、こちらザンザ。今、どこだ?〉
〈こちらムニムであります。教会にいるであります〉
教会正面に向かうとムニムとネネが入り口で待っていた。
やはり両人とも子を抱いている。
「無事生まれたか。おめでとう」
早速、アナウサギを渡すべく翼の脇から出すふりをして亜空間から取り出す。
「これ、どこに置く」
「ザンザ殿でありますか?」
何驚いてるの軍曹、いや、今は曹長か。
「ああ、ああ」
〈脱皮したら背が伸びた〉
そんなに驚くほどの変化かな?
まあ、はっきり判るほどには大きくなってる俺だが。
「こんな顔は他にいないだろう?」
角耳一体型の頭、おまけに三つ目だ。
わらわらと子共たちが出てくる。
イノシシの頭をした女児たちだ。
「こいつら服は着せないの?」
まあ、チビは全員全裸なのだが。
「服を着せると獣化できなくなる者が育つ可能性があるのであります」
ああ、そういう「正当?」な理由があったのね。
「まあ、大概の子が衣服着用を嫌がるのでありますが-、あーこれこれ、ザンザ殿はお客様だから集らないの、集らない」
ムニムが片手で引き剥がしてくれる。
「静かにして集るだけなら構わねえよ。最近うちの狼もこんな感じだし、でも頭や顔はやめてね」
言ってる端から「ピー」とか「プー」とか声出しながら集ってくる子オーク6人。
まあ、物珍しいんだろうけど。
「前の育児場に持って行くであります」
曹長はオークの部下にアナウサギを持たせて山道を移動する。
「塩はうまく誤魔化せてるか?」
「あれから国境破りを2件、生け捕り失敗と言う事にして『塩回収』をでっち上げたであります」
「それで?」
「それが中々。2回も良質の岩塩が見つかったてんで、流通経路を改めるって、トガーの『守り人』が騒いでるもんで、我らには慎重な捕縛をするよう、お達しが来てしまったであります」
「随分塩に拘るんだなあ」
「特にトガー側の塩不足は深刻のようでありますな」
とか言いながら目的地に到着。
すでに、石の焚火台は綺麗な状態で設置されてある。
中央に大きな焚火跡があり、周囲にインディアンテントが複数建てられている。
オープン気味のテントの中には調理器具が置いてある。
「今はここが調理場か?」
「然り、水場もありますし、排泄に使わなくなったので衛生的であります」
と言いながら曹長は自分でアナウサギを捌き始めた。
〈サッサ伍長、手の空いてる者を1名野営地へ!〉
やってきたのは若手のオーク女性兵とあのイエーク・コルトン曹長だった。
「普通に敬礼しろ!」
「捧げ乳」のポーズを取ろうとする前にツッコミを入れておく。
「くっ、リッキ二等兵であります」
頭に挙手敬礼する二等兵。
そんなに悔しいか!?
「お前、こいつらの扱い上手いな・・・」
「なんだ? つまみ食いにはまだ早いぞ曹長」
石の焚火台は既に設置されているので、薪置き場から勝手に薪を取ってくるが、とがめられることは無かった。
「ちっげーよ! 相談だよ」
「何の?」
一カ所ずつ火を付けていく。
「名付け、こいつらの」
「お前の子なんじゃないのか? がい、ぶ、委託するんじゃねえよ」
「ブ」を発音するにはまだ心構えがいる俺。
「考えてやったけどよー、気に入らねえっとか連続却下でよー」
「コルトン曹長のは、そのぅ、クリスチャンセンとかガブリエッティーとか大仰なのでありますぅ」
「んじゃあ、縮めてクリスとかガリエとか」
「おお、センス良いでありますな。もう一声イノキバオークあり、とわかるような――」
「ミネムとかココとか?」
「ミネム良いですな。ぜひうちの子に」
と、ムニム曹長。
「ココは引退組にすでにある名ですので、もう一声」
と、ネネ准尉。
「んっじゃあ、ピネ」
「おお、ネネの子、ピネ。系譜のつながりも良い。よろしいですか? コルトン曹長?」
「お、おお、いいんじゃね。ってかホントお前、オークの扱い上手えな!」
「その評価はあまりうれしくはないなあ」
「いやいや、何ででありますか? ザンザ殿には喜んでもらいたいですなあ」
メスオークに盛り上げられてもなあ。
口には出さないけど。
軽食程度に振舞ったアナウサギは好評であった。