取り引き成立のようだ
川沿いの山羊の群れの中にいるエレトンに向かって山羊2頭を連れてツルギが斜面を降りていく。
「牧場主のエレトンだ」
「ツルギという。そして旅の一家だ」
「フム、噂の御一家がこんな所に何の用ですかい?」
「山羊の交換をお願いしたい。牝山羊と仔を1頭ずつ。もう、うちの山羊は乳の出が悪くなってね」
「乳の出る山羊と出ない山羊とでは価値が違う。山羊と他に何か出せるんですかい?」
「金銀、食料、物資、何を望む?」
「食料以外は全部、少しずつで良いので見せて頂きたい」
「エレトン殿、実は取引の品は食料の類が一番豊富なのだ。食料も検討していただけないだろうか?」
「ほう、自信があるのならどうぞ、家の方で見分させてもらっても?」
「そこまで歩きながら山羊を見せてもらっても良いだろうか?」
「結構だが、山羊の群れはもう一つある。夕刻には家に戻るから、それらも見てみますかな?」
「今夜はそちらの敷地を間借りしてもよろしいか? なに、更地があって、焚火の許可を頂ければそれでよいのだが」
「正直、家の中にお招きしたいが、あの人数ではなあ」
「気にしなくて良い。妻は外で寝る方が好きなのだ」
そんな会話に聞き耳を立てながら、俺はコナタ君を頭の上に浮かせながら農道を登っていく。
前にはジニーとダイゴを背に乗せたゼナに寄りかかってダイゴを落とさないように支えて一緒に歩いているツバキ。
俺のすぐ後ろには大荷物を背負っているハガネが付いてきている。
確かに大荷物なのだが、梱包が完璧すぎる。
つまり、食料が含まれている気配が無いのだ。
やはり、ハギって女の子の「食糧庫」ってスキルで移送しているのだろう。
「へー、狼の赤ちゃん?」
「うん、すっごく可愛いの」
「わあ、見たいー!」
そのハギはモニータとニオたちの仔のことで盛り上がっている。
「そんなに狼がいて、山羊は大丈夫なんですか? あ、俺、ヤイバって言います」
マロンに問いかけているヤイバ。
「狼たちはザンザが仕切ってるんだけど、今のところ山羊に被害があったりはないねえ。狼たちの狩場は、さっきの川の合流地点みたいなんだ。むしろうちが色々分けてもらってるくらいさ」
「何を狩ってくるんですか?」
「この間はタビトナカイを狩って来たねえ」
「大物じゃないですか?」
「ははは、あたしたちゃ冬は南下するんだけど、今年は北のこちらに戻った方が良い物が食えてるねえ」
エレトンの家が見えてきた。
オリパとタエが並んでこちらを見ている。
ジニーとダイゴを乗せたゼナがそこを通り過ぎて狼たちの「掘っ建て」の近くに腰を下ろす。
必然的にゼナについてきたツバキは、ニオたちに近づくことになる。
「姉者、その板の中を覘いちゃダメだって、母狼が警戒するってさ」
と、ハギがモニータの忠告を伝えている。
俺は交渉の場として新築現場を提案する。
更地を予備に整地したりして広いスペースがあったからだ。
余った石材を並べてその上に屋根材用の板を並べて即席の長机(座卓)を作る。
「取り引きできる品をここに」
荷物持ちのハガネに促す。
「ハギ! こっちだ!」
背負った荷物を降ろしながらハガネが妹を呼ぶ。
ハギとツルギが並んでこちらに来た。
「まずは、小麦粉、ライ麦粉、米を出せ。俵ごとだぞ」
ツルギがハギに軽く命じているけど、いいの? それって―――
俺の心配を他所にハギはお腹の辺りから手を添えて体より大きそうな革袋と藁で作られた俵を出していく。
前にかがんで腹を突き出すように手を添えて出す様は青い耳無しロボットを思い出させる。
米か、あったんだなこの世界にも。
しかし、「収納」を隠す素振りもないのだな、この人たちは。
まあ、これだけの高レベルが揃っていれば、こんな田舎の牧童一家を恐れることもないか。
「後は、乾物かな」
ハギは大きな包みを広げて板の上に並べていく。
おお、昆布に海藻、貝の干物か。
むむ、この細首にコルクで栓した壺は醤油か?
俺が匂いを確かめているとツルギが教えてくれた。
「それは魚醬だ」
その横ではハギが豚肉の塊を出そうとしていた。
「それは出さないでくれ! ゼナに知られると、取引対象がそれ一択になる」
「暴れるのか?」
「そんなことはないが、かなり執着されることになる」
ごねるゼナ、あまり想像したくない。
ハギが肉の塊をお腹に引っ込める。
酷い絵面だな。
しかし、流石旅の大先輩、どれもこれも魅力的な物資だ。
選ぶのはエレトン夫妻だが。
その夫妻は薬草と薬瓶を興味深く見ている。
この瓶はアレかポーションか?
「この小瓶はポーションかい?」
マロンがタイミング良く訊いてくれた。
「ああ、ダンジョン産で星1だ」
「星2以上もあるのかい?」
「あるけど、分かってるだろうが星2からは金貨の桁が違ってくる」
「ああ、山羊じゃ釣り合わないってのは理解してるよ」
結局、星1ポーション1本と薬草3種類、小麦・ライ麦を1月分、俺のリクエストで米1㎏程度と魚醬の小瓶で交換交渉は成立したのだった。
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