叔母の変化
私達はエレガーデンの入口に着くと、そこにはボロボロの姿をした父が唸り声をあげていた。
「お父様?」
グルルルッ。
自我を失っているのかこちらを見ようともしない。これは迂闊に近づくとこちらが攻撃されかねない。
私はカインに下がるように指示を出し、亜空間から鎖を取り出し、父に巻きつけた。
「お父様、しっかりしてちょうだい」
鎖は父を縛り上げるが、今にも千切られそうだ。
仕方がない。
私は父に向かって全力で雷撃を浴びせると、父はその場に倒れこみようやく抑えられた。
「お父様?」
「……エ、エイシャか」
父は正気に戻ったようだ。すぐに鎖を外し、回復薬を渡すと、父は胡坐をかいてすぐに薬を飲んだ。
「助かったぞ! いやー今回は危なかった」
「お父様、何があったの?」
「母上からの連絡でパイアを追ってここまで来たんだが、パイアのやつ、見境なく俺を見るなり攻撃してきやがったんだ。その時にこれを付けられたようだな」
父が手を開いて見せたのは潰された一匹の虫だった。黄金虫のような姿をしているが、
見たことのない触覚や尻尾が生えていてとても奇妙な形をしている。
「見たこともない虫ね」
「きっと地底に沸いている虫だろう。このせいで俺の自我が保てず、エレガーデンにも入れなかった」
「なら、お父様一人でパイア叔母様を連れ帰ることが出来るわね」
私は家に戻ろうかと思っていたが、そう簡単な話ではないようだ。
「いや、待てエイシャ。パイアの姿がお前の肩に乗っているやつと同じ匂いを漂わせていた。それにおかしいだろう? パイアが聖域に入ったというのにここに住む雑魚がこちらに出てこない」
確かに父の言う通りだ。聖域には神獣や妖精の類が多く住んでいるのに魔獣の叔母様が無断で入ってこんなに静かなわけがない。
そう思っていると、聖域が外界との接触を拒むように閉じられようとしている。
「まずいな」
「まずいわね」
嫌な予感がするわ。
聖域が閉じてしまえば魔獣である私や父は入れない。入ったとしても魔の力は聖域によってかき消されてしまう。
私達に出来るのは肉弾戦のみ。
カインは元人間なので威力は相当落ちるが問題なく聖域で活動できる。ジェットは輝石を取り込んでいるから問題なく入れるし、多少の魔力のロスがある程度だろう。
ただ、ジェットは祖母から託されて以降毛玉のままなので戦闘に関しては期待しない方がいいわね。
「エイシャ、中に入るしかないな」
「カイン、お前はいつでも戦えるように準備をしておけ」
「わかりました」
こうして私達は聖域が閉じきる前にエレガーデンの中に入っていった。
エレガーデンとは神々の住む神界に一番近い場所とされていて、ここには聖獣や妖精達が多く住んでいる。
聖域ということもあり、聖属性を好む木々が生い茂り、年中花が咲き乱れ、ごくたまに訪れる人間達は天国だと言っているようだ。
もちろん弱い魔獣は入ることが出来ない。私でさえも居心地は悪いわ。
エレガーデンの中に入ると、獣達の無残な姿があちこちに散らばっていた。
「いやね。叔母様は生きているもの全てを殺す気かしら」
「案外そうかもしれんな。それに見てみろ。殺したもの全ての核が抜き取られている」
「ムーマみたいな生き物に改造しようとしているのかしら? でも、パイア叔母様はその術をしらないはずよね?」
「ああ。だから操られているんだろう。愚かなやつだ」
魔獣や地底の魔物をベースにして聖属性の耐性をあげている。
……まさか神殺しでもする気なのかしら?
珍しく父はため息を吐いて渋い顔をしている。きっと父もそれに思い当たったのだろう。
「エイシャ様、あれは?」
カインが私を呼び止め、指を差した。ちょうどエレガーデンの中心部といったところだろうか。太い光の筋が上がっていてその周辺には聖獣たちが集まり、何かをしている様子。
「行ってみるしかないな」
私達は近くへ行ってみると、そこには無数の死体と叔母様と戦っている聖獣や聖域を閉じようとしている妖精の姿があった。
「パイア!!!」
父は声を上げ駆け寄ろうとするけれど、叔母は父の声に反応せず、こちらに向けて攻撃しようとしている。
「カイン、もしも私に何かあったらお祖母様を頼ってちょうだい。あと、この回復薬を持っておいて」
私はそう言ってカインにいくつかの回復薬を渡し、ジェットをカインの肩に乗せた。
……私は無力ね。
父ほど力はない。
母ほど薬を生み出せる技量もない。
魔法も中途半端だもの。
「お父様、このままではまた乗っ取られてしまうわ。気を付けて」
「あいつの手は見切った。ヘマはしない」
「ジェット、カインを補佐しなさい」
例え私は自我を失っても力では父にもカインにも勝てない。消去法ではそれしかないわよね。
「これを使いなさい」
そうして傷ついた聖獣達に回復薬を魔法で振りかける。
「エイシャ殿、感謝する」
「お代は高くつくわよ?」
そう言いながら私は叔母を足止めすべく、向かっていく。
「パイア叔母様」
「……グルルル」
やはり叔母は自我を失っているわ。
輝石を取り込んでいるようで聖魔法の耐性がかなり高いようだ。これでは聖獣達が苦戦するのも無理はない。
どこかに彼女を操る物があるはずだ。
私は先ほど父の動きを止めた鎖を叔母にも使うが、やはり威力はほぼないようだ。あっさりと鎖を引きちぎってしまった。
「魔女、無理はするな」
フェンリルが声を掛けてきた。
「ええ、そうね。無理をするのは趣味ではないもの。ねえ、フェンリル。しばらくでいいから足止めをしてくれないかしら?」
「何かあるのか? まあいい。先ほどの薬で体力も回復した。少しなら止められるだろう」
「ありがとう」
私はそう言うと一歩下がり、その瞬間を待った。父も叔母の攻撃を警戒しながら咆哮し、叔母と取っ組み合っている。
「ネメアー、避けろ」
聖獣の一匹が声をあげると、父が後ろに飛びのいた。
そして叔母の周りを囲むようにして聖獣達が一気に攻撃を行う。
流石の叔母も総攻撃に手足がもげ、動けないでいるが、驚異的なスピードで回復しているようだ。急がないと。
「チッ。やはり聖魔法の耐性が高い」
「フェンリルありがとう。十分よ」
すぐに駆け寄り、持っていた薬を口に突っ込み、また別の薬を振りかけた。
「エイシャ! 離れろ!」
父の言葉で後ろへ飛びのく。
叔母は唸り声を上げた後、震えながら俯き、動けないでいる。
先ほどの薬は麻痺薬と聖耐性を下げる薬を飲ませたのだ。
操られていたなら先ほどの聖獣たちの攻撃で操っていた虫も取れたはずだろう。
「パイア!」
「に、兄さん……」
父が叔母に声を掛けた。これでもう大丈夫だろうと思っていたのだが……。
その瞬間、叔母の髪の毛から大量の虫が放たれ叔母は倒れた。
「気をつけろ!!!」
聖獣が叫ぶ。
私達は飛び散った虫を急いで退治を始めた。
父は握り潰し、カインも剣で斬っている。ジェットもカインの死角をカバーするようにナイフのような尻尾を出し、虫を斬っている。
聖獣達も魔法で殺している。
私も気が抜けない。
……マズいわ。
一匹の虫が尾に付いた。
急いで叩き落とそうとするけれど、体が硬直し始めた。
間に合わない。
「カイン、後はたのん、だ、わ」
私の意識はそこで途絶えた。