悪魔の依頼 ベリアル視点
我は人間達が言う所の悪魔。人間の悲嘆、増悪、激怒、恐怖等の負の感情を栄養として生きている。
死神とはまた少し違う存在だ。
死神は人の死を何処からか嗅ぎつけて魂を捕獲していく。悪魔は人が生きている間から関与し、死後にその魂を得る。
捕らえた魂を解放するかどうかは悪魔の気分次第だろう。
我はやせ細ってはいるが、ギョロギョロと目に焼き付けるように周りを見ていた人間に目を付けた。
その人間はどうやら貴族の庶子らしい。母が死に貴族であった父が子供を引き取った。その庶子は案の定、義母や腹違いの兄弟から虐められていた。
小説や歌劇にはよく出てくる内容だな。物語なら庶子は真っすぐに育ち、良い相手と出会い、結婚して幸せな家庭を築くといった感じだが、実際は違う。
壮絶な苛めにより心を歪ませ、その人間は深く家族を恨んでいる。他の人間とは比べ物にならないほどの恨みを抱えているようだ。
ククッ。ここまで闇に落ちている魂は中々いない。
「いつまでそこに突っ立っているのかしら。本当に役立たずね。早く食事を持ってきてちょうだい」
「ああ、お前が持ってくると食事が不味くなった。お前なんかさっさと死んで豚の餌にでもなってしまえばいいんだ」
あいつはいつものように義家族から奴隷のような扱いをされているな。
我はそっとその人間に囁く。
『復讐がしたくないか?』と。その人間は復讐のためならば我に喜んで魂を捧げる事を誓った。馬鹿な人間だ。
そうして我は契約をし、復讐を始めた。『悪魔の囁き』を行い、人々を疑心暗鬼にさせ、家族が馬車に乗りこんだところで馬を脅かし怪我をさせる。
毎晩彷徨う霊を呼び集め、気を狂わせるだけだ。
少しの事で人間はすぐに壊れ、死に至る。
脆い存在だな。
この契約した人間は自分を陥れてきた周囲の人間が死ぬたびに狂喜している。それほど恨みが募っていたのだろうと考えていた。
家族によって既に心が壊されているのだなと。
だが、契約した人間を観察していると、恨みが解消されたことへの喜びではなく人の死ぬ様を見て喜んでいる。アレはこちら側の人間か。
人間の身で悪魔と契約をし、人々の命を散らせばまず神の下へはいけない。
我は契約通り復讐を行った。
後は魂を回収するだけになった。
「人間よ、契約を果たすときがきた。その命、いただこう」
「おい、悪魔。俺は恨むやつ全てに復讐をした。満足だ。死んでも構わない。だが、気になる事があるんだ。お前の側で人間の欲望を見ていたい」
「そうか。面白い奴だ。少しなら俺の側にいることを許してやろう」
そうして魔女に頼み、痛い出費ではあったが薬を得た。そして俺はその人間の元へ行き、薬を差し出す。
「さぁ、用意してやったぞ。飲むか、このまま死ぬか選べ」
すると何の迷いもなくそいつは薬を飲んだ。
本当に変わったやつだ。
薬を飲むと人間の身体は死ぬ。そうして身体から浮かび上がった魂を取り出すと、その魂は小さな悪魔の形をしていた。
話す事は出来ないらしく、キーキーと騒いでいる。
そうして我は相棒と呼び、連れて回った。
どうやら相棒は元人間だったせいか人間の機微に鋭く、意気揚々と俺の仕事を見つけてくる。そうして人間の落ちていく様を見ては腹を抱えて笑っている。悪魔より悪魔な奴だな。
これはこれで面白い。
だが、そう長くは続かないのが世の常だ。当然の事ながら悪魔達が集まる会議でバレてしまった。まぁ、隠すこともしていなかったが。
我は珍しく他の悪魔達からは苦言を呈された。悪魔なんて好き勝手に生きているようなものだから気にしなくてもいいのだが、今回は神が絡んできているようだ。
「おい相棒、お前は罰として神界に行く事になった。本来なら地獄行き決定だったが、神の下で全て浄化されるらしいぞ。じゃぁな」
本来なら神は魂に直接関与することはないらしいが、事態を重く見た神は直接この魂の汚れを浄化すると通達があったのだ。
相棒は『楽しいものが見られた、思い残すことはない』と筆談し、一筋の光と共に消えていった。
あいつの事だいつの間にか天使見習いとして人間の世界に帰ってきそうだな。