とある学院の生徒 マーロアとファルス
私達はいつも学院でお世話になっている錬金術師のアルノルド先輩のために素材を探してここまで辿り着いた。
魔女の森には見たこともない魔獣が存在し、一度入ると出ることは叶わないと聞く怖い森なのだとか。
しっかりと下準備して森に入る。勝手に森を荒らすのは良くないから魔女に許可を貰わないといけないわ。そう思い、森に入る。
一時間くらい歩いたかな?
少し小高くなった場所に小さな小屋が建っていた。
きっとここに違いない。
― コンコンコンコン ―
恐る恐る扉をノックすると女の人の声が聞こえてきた。
「はぁい、誰かしら?」
出てきたのはレースのアイマスクをした絶世の美女だった。
この人が噂の魔女?
私達は魔女に促されるまま小屋の中へ入った。小屋は何かの魔法が掛かっているようで見た目と違いかなり広い空間になっていた。
そして香る薬草を煮詰めた時のような匂い。
私は勧められるまま椅子に座り、出されたお茶を飲む。何気なく魔女は魔法でポットやお湯を出し、淹れてくれているけれど、その様子を見るからに一般人とは比較にならない魔力なのだと分かる。
そして隣にいたファルスが震えている。
どうしたの? と疑問に思いながらファルスの視線の先を見ると、魔女の足が蛇の尾になっている。
もしかして魔女自体が魔獣なの!?
私はファルスと同じようにどうしようと来た事を後悔し震えていると、
「何か御用かしら?」
魔女はそう微笑みながら聞いてきた。
「は、はい。じ、実は。学院に通っていて、先輩が錬金をしているのですが、手伝うために珍しい素材を、と思って魔女の森にあるという魅惑の実と少しの魔獣を狩らせて欲しいと思い、ここにやって来ました」
「ふぅん。魅惑の実? カイン、分かるかしら?」
先ほどまで誰も居ないと思っていたのに。気配一つしなかったけれど、黒髪の執事服を着た男の人が立っていた。どうやら彼はカインという名前らしい。
「あぁ、お嬢様。偶に魔獣が争って取り合っている黄色いあの実ではないですか?」
「あれね。いいわよ。それに最近手入れをしていなかったから魔物も増えているし、狩れるのなら狩っていきなさいな」
魔女はカインの言葉で思い出したように話をする。
「本当ですか!? ありがとうございます」
そして魔女はテーブルに頬杖をついて微笑んだ。
「対価はお持ちかしら?」
やっぱり噂は本当だったんだわ。ちゃんと用意をしていて正解だった。
私は震える手でリュックから乙女の花と聖水を出した。すると魔女は興味を持ってくれたみたい。
「あら、そのリュック。人間なのに頑張って作ったのね。……凄いわ。それにこの乙女の花と聖水は本物ね。いいわ、気に入ったわ。カイン、付いて行ってあげて頂戴」
土産物は本物だった。ホッと胸を撫でおろした。
カインさんが私達と一緒に森に来てくれるのね。
どんな魔物が住んでいるか分からないこの森で私達が気配を察知出来ないほどの人物が付いて来てくれるとは心強い。
私達は魔女にお礼をしっかり言って小屋を後にした。そしてカインさんは小屋を出てから私達に注意事項を話す。
「お前達の実力では倒せない魔獣は多い。私から離れないように」
「「分かりました」」
小屋を出て歩き始めると先ほどとは一気に風景が代わり、小屋がなくなりどこを見ても森となっていた。
「ファルス、森になっているわ」
「マーロア、魔物の気配が周りからする」
どうやらさっそく魔獣に囲まれたみたい。
私達は剣に手を掛けている。ガサガサと葉を揺する音がしたと思ったら二メートルはあろうかと思われるほどの大きな魔物が目の前に現れた。
大きな縦長の顔に六つの目が付いていて四本の腕があり、私達は今まで見たことも聞いたこともない姿の魔獣だった。
六つの目がギョロリとこちらを睨んでいる。4本の腕が私達を今にも掴もうとしている。
この魔獣、前方に六つの目玉が付いているせいか視野は広いけれど、背後は死角となっているのではないのだろうか? 手は四本あるけれど腕に比べて細い二本足で立っていてとてもアンバランスだわ。
「お前達、見ているからやってみろ」
カインさんはそう私達に声を掛けた。
「「はい」」
ファルスは高く飛び上がり、腕を狙う。私は横から回り込み左後方の死角であろう場所から足を切り付ける。
私はなんとか切る事が出来たけれど、ファルスの剣は受け止められている。
「チッ、離せ」
ファルスは剣を取られて焦っている。
「ファルス、避けて」
剣を掴んでいる手首に向かってダガーを投げる。ナイフはしっかりと手首に刺さり、魔獣は剣を落とす。ファルスは落ちた剣を素早く広い後ろから切り付ける。ファルスは後ろから魔法を纏わせた剣で切り付けた。
やはり後ろがこの魔獣の弱点なのね。
私は腕の付け根を切り落とす。魔獣も暴れだすがあまり動きは速くないので私達は後ろから刺し、最後に首を切り付けて魔獣は絶命した。
「学生でこれならまぁまぁ良いほうだろう。ファルスといったか、何も考えず上から切り付けるのは最悪な手だ。上から切り付けるなら全力で一気に叩き込め、でないと死ぬぞ。マーロアと言ったな。
君も赤点だ。着眼点は良いが、自分と同様か自分より強いかどうかしっかり感じろ。魔力があるのなら感知する事は可能だろう?」
ファルスは耳の痛い事を言われて自覚もしているせいかしょんぼりしている。確かにファルスの悪い癖が出た。
それにしても私が魔力持ちだと一目で気づいているカインという人はやはり只者ではない。
「カインさん、魔力を使ってどう感知するのですか?」
私は素直に質問するとカインさんは鑑定に近いと話しながらやり方を教えてくれた。まず、私は鑑定魔法を使えないのだけれどそれは問題ないらしい。この方法ならぼんやりと敵の強さや弱点が分かるようになるのだとか。
これは練習が必要だ。
ファルスは剣の扱い方のレクチャーを受けている間に私は先ほど倒した魔獣をリュックの中に入れた。私のリュックはこの一匹でほぼ埋まってしまった。
そこからしばらく歩いていると、一本の木が目に留まった。
他の木は木の実や果実などの実はく、青々と茂っているけれど、その木だけは黄色い実を沢山付けていた。これが魅惑の実という物なのかな。
黄色い実は一口サイズで赤いらせん状の模様が付いていて少し毒々しい感じがする。
私はカインさんから先ほど教えてもらった感知を木に使ってみる。
投網のようなイメージで対象物を包むと言っていたわ。上手く網状にならないけれど、何度か木に向かって魔力を投げた。木自体は何の変哲もない木のようだけれど、黄色い実からは甘い香りというか魔力なのかな、漏れ出ているのは分かった。
要練習ね。
落ちている実を見ると、いくつか齧った後がある。魔獣はこれを食べているのね。
「カインさん、この実は食べられるのですか?」
ファルスは黄色い実を用意していた採取用の瓶に詰めながら聞いている。
「食べても腹を下すだけだと思うが、食べてみたいなら食べてみろ。微々たる物だろうが魔力は増えるかもしれん」
えぇぇ!?
お腹を下すのね。ここでチャレンジはしたくない。
でも魔力が増えるなら食べてみたい誘惑に駆られるが、先輩に見せるまでは我慢するわ。
そして当初の目的の黄色い実は採取した。
森を出る前に狼型の魔獣や形容しがたいスライムといえばいいのかも分からない魔物と遭遇し、戦ったの。狼型は素早くて何度か『あ、これ死んだ』と思ったわ。
カインさんが素早く防御結界を出して守ってくれて本当に助かった。敵の倒し方や自分の攻撃の駄目な所を的確に教えてくれて凄く勉強になったわ。
スライムのような魔獣は倒し方もよく分からなかったけれど、ファルスの魔法剣が効いたのでファルスは魔法剣で、私は剣でひたすら切り刻むように攻撃していった。
森の魔獣はとても強くて私達にとって難しいレベルだと理解できる。
「マーロア、ファルス。君たちはまだまだ伸びるだろう。頑張るんだぞ。そしてここは危険だ。今回は魔女様が許してくれたから入る事が出来た。人間のお前達はもう来るな」
「カインさんに教えていただいた事、一生忘れません。魔獣素材も大切に使わせていただきます。ありがとうございました」
しっかりとカインさんにお礼をして森を出た。
気づいていなかったけれど、どうやら森で一日を過ごしていたみたい。すっかり遅くなってしまった。
私達は近くの村で宿を探して翌日の朝一番に辻馬車で学院まで戻った。