黒色鎧の男 カイン視点
森へ逃げたぞ! 追え! ……目だ。この森は…だ。一旦引け。
遠くから追っ手の声が聞こえる。
……助かった。
俺の名はカイン・ラナク・ナタクール。ナタクール国の第二王子だった。現在、ナタクール国は一部の貴族の反乱により国は存亡の機を迎えている。
きっと家族は全て殺されてしまったのだろう。
兄が王太子となり、俺は騎士団長となって王家を支えていく予定だった。優しい両親と妹。騎士たちに慕われ、何不自由ない生活。
このまま妃を迎え、将来は公爵となり、子を儲け、孫に囲まれ幸せな過ごしていくのだろうと思っていた。
ある日のこと、俺はたまたま隣国近くの森で魔獣が出たと騎士団に連絡が入り討伐に出ていた。
騎士たちを連れ、魔獣討伐は順調に進んでいたのだが、一人の伝令が大声で叫び、伝えた内容に緊張が走った。『ダンドル大臣他、数名の大臣による国王暗殺!こちらにも追手がかかっております!』
騎士たちは追手を払い、命をかけて俺を隣国に送り出してくれた。
俺は逃げて、逃げて、この森に辿り着いた。
だが、この森は追っ手が手を引くような森だった。
鬱蒼とした森は獣道一つなく、迷いの森のようで魔獣がそこかしこに存在し、逃げるのに精一杯だった。どれくらい経ったのだろうか。
何度も魔獣に襲われては逃げてを繰り返し、体中怪我をして、少し先に光が射しているのが見える。
俺はようやく森を抜けたと思った。気力をふり絞り、そこへ向かうと、森の中にぽっかり空いた穴のように樹木が生えていない場所だということが分かり、落胆を覚えたが、そこには小さな一軒の家があった。
……助かった。
家の前で安堵と同時に気力が尽き、倒れた。
俺の倒れる音で家から綺麗な女性が出てきて何かをしゃべっているのは分かった。だが俺はそこからの記憶がない。
どうやら魔女は俺の命を助けて介抱してくれたようだ。
扉の前で倒れてから目が覚める一週間は全くの記憶がない。エキドナ様は当たり前だと言っていたが。
彼女はいつもレースのアイマスクで目を隠している。
俺は彼女の姿を見た時、驚きと恐怖の感情に襲われた。だが、同時に恋情にも似た感情が浮かび上がる。
この世とは思えぬその美貌。細く白い手。すぐ折れてしまいそうな華奢な身体。
けれど、それとは似つかわしくない大蛇の尾。彼女は人間なのだろうか。それとも神なのだろうか。
行く当てのない俺に気づいたのか暫く置いてくれるという。
たとえ魔物だったとしても怪我をした俺を介抱し、食事や世話をしてくれている。国にいた令嬢たちのような会話はないし、気遣いを見せてくれる優しさもある。彼女は本当に素晴らしい女性だ。
そこからの一週間、寝たきりだった俺はエキドナ様の言う通りに起き上がり、部屋の中を歩くという体力回復訓練から始めた。
元々体力はあった方だが、国から何日もろくに食べずに逃げたせいで傷は回復しても騎士として魔獣を討伐するまでの体力は戻っていなかった。
分かってはいたが、思うようにいかない自分にもどかしさを感じる。まあ、少しずつやるしかないな。
数日経った頃、彼女は何か思い立ったように笑顔で突然俺の部屋を作りはじめた。
国の魔法使いが使うような魔法とは全く違う。正直、驚いていた。エキドナ様は狭いかしらと言っていたが、新しく出来た俺の部屋は結構な広さがあった。
そこからエキドナ様は街に買い出しに行くと言っていたが大丈夫だろうか。
魔法で尾を人間の足に変化させていたが、あの美貌を隠さないと狙われてしまうのではないかと心配になる。
俺は次にエキドナ様が街に降りる時には是非護衛を買って出る事が出来るように身体を再度鍛える事を心に固く誓う。
しばらくするとエキドナ様が笑顔で街から帰ってきた。
……なんだこれは。
美女が家具を引き連れている。
俺の部屋の家具を買ってきたと意気揚々と言っているが驚くしかない。
俺はエキドナ様の言う通りに新しくできた自分の部屋へ家具を置いていった。やはり家具を置いてもまだまだ余裕がある。
俺の替えの服も沢山買ったらしい。俺は何から何までしてもらっているな。このまま何もせずにはいられない。
幸いなことに体力は戻りつつあるし、これからしっかりとエキドナ様の手伝いをしていこう。