公爵令嬢の復讐
そろそろ水晶の谷の修行は終わりそうかしら?
あそこは特殊な場所のため私の持っている水晶には様子が映し出されないのよね。お祖母様にジェットの身体を見て欲しいと手紙を出しておいたら昨日ようやく返事が返ってきたの。
私は出かける準備をしていると扉をノックする音が聞こえてきた。
― コンッコンッコンッ ―
「どなたかしら?」
私は扉を開けるとそこには一人の貴族令嬢が立っていた。その後ろに従者や護衛もいるようだ。
「初めまして、魔女様。私、レイニード公爵が娘、ラッカと申します」
ラッカという娘は扇子で口元を隠しながら話し始めた。
「まぁ、こんな森の奥深くにドレスでくるなんて大変だったでしょう。部屋に入ってちょうだい」
私は部屋へと案内し、席に座らせる。彼女を見ると、何かを抱えているようだが、表情を表に出さないよう扇子で口元を隠しているわ。
「で、御用は何かしら?」
ラッカは私の出すお茶を飲むと、不思議そうな顔をしている。
「あぁ、このお茶ね。毒消しよ? 貴女、毒を盛られているわね。微量だけれど、長い間。調子が悪そうだったもの」
ラッカは自身に毒が盛られている事を私に指摘されて驚いている。
「魔女様、その事なのです。私はランサールという国の王太子の第二十五側室として嫁ぎに行く予定なのです。体のいい追い出し、追放ということなのです。
元々サン国の王子と婚約していたのですが、罠に嵌められ、婚約破棄となり、その後も私を狙った事件が続いていますの。みんなからは腫れ物扱いなのです。
悔しいのです。私は何もしていないのに。冤罪を着せられた上、愛されもしない側妃になる。従者も連れて行けず、誰も知らない異国の地に私一人で向かわねばなりません」
ラッカは涙を溜め、感情を露わにしている。
「ふぅん。よく分からないけれど、貴女はどうしたいのかしら?」
「魔女様、サン国の王子や私を陥れた令嬢達、ランサール国の側妃達を蹴散らせる程の美しさが欲しいのです。全ての者が私に平伏す程の美貌が欲しい」
「そう、貴女は美しくなって復讐がしたいのね? いいわよ。対価はなにかしら?」
ラッカは目に強い光を宿し、従者から箱を受け取り、テーブルの上に置いた。
「魔女様、対価はデメテルの吐息と呼ばれる花はどうでしょうか?」
彼女は緊張した面持ちで私の様子を窺っている。私はラッカがテーブルに置いた箱を吐けると、中には白く輝く小さな花が三輪収められていた。
「あら、素敵じゃない! 良いわ。気に入ったわ。良い物を持って来たわね。ちょっと待ってなさい。今薬を作るわ」
私は久々に浮かれている。
だって本物のデメテルの吐息ですもの。この花は人間達にとっても珍しい花ではあるのよ?
浮かれている理由はこの花の咲いている場所が限られているからなの。
私達魔獣は採取する事の出来ない場所、しかも限られた人間以外摘む事が出来ない神域と呼ばれる箇所に咲いているの。
教会は聖域にある場合も多く、ユニコーン等の聖獣は入る事は出来るが神域ともなると神と交信するための人間しか入れない貴重な場所なのよね。そこに咲いている花は私達にはとても貴重なの。
ラッカのために腕を奮うわ。
私は早速ガロンを呼び、虹の花や雪の実、娑羅の樹氷等、魔力と共に練り込み、薬を作っていく。
ガロンは久々の薬の手伝いに上機嫌だ。
「ラッカと言ったわね。お待ちどおさま。貴女はこっちへ来てちょうだい。『従者と護衛はそこで寝ていなさい』」
私はそう言って護衛達を眠らせ、ラッカをベッドのある部屋へ案内する。
ラッカは緊張した面持ちでベッドに腰かけた。
「これを全身に塗るから全て服を脱ぎなさいな」
「魔女様、大丈夫、なのでしょうか?」
「ふふっ、美しくなりたいんでしょう?」
私の言葉にラッカは恥ずかしそうにしながらも覚悟を決めドレスを脱ぎ捨てた。コルセットや下着類も全て取り払い、私はラッカを立たせたまま、全身に薬を塗り込めていく。
「魔女様、薬を塗った箇所からひりつくような痛みと熱さを感じますわ」
ラッカは懸命に痛みに耐えている。
「ラッカ、後少しよ? この薬が皮膚から体内に取り込み終えた時、貴女は絶世の美女となるわ。ただし、不老不死では無いからそこは恨まないでね」
「分かりましたわ」
私は薬を塗り終わり、薬を定着させるための唱詠をおこなうと薬はほんのり淡く光りながら体内に取り込まれていった。
「ラッカ、薬は無事定着したみたいよ。鏡をご覧なさいな」
私は魔法でラッカの前に鏡を出し、確認させる。
「これが私……? 魔女様! ありがとうございます。嬉しいですわ。これであの人達をギャフンと言わせ、復讐する事が出来ますわ!」
「あら、良かったわ。私の魔力がほんの僅かだけれど体内に残っているから微量の、人間には感知する事が出来ない程度だけれど魅了が付いているわ。初対面で好感が持てる位の影響はあると思うわ。では残りの人生を楽しんでちょうだい」
流石に一人でドレスを着ることは出来なかったので人間の客用ワンピースを渡し、ラッカに着せた。
ラッカは一皮むけたかのようですっきりとした顔をしている。
そして彼女は従者達を起こし、帰路についた。