黒色鎧の男2
そうして丸一週間程男の世話に費やしたある日、男は意識がしっかりと戻ったのかベッドに座っていた。
「あら、起きたのね。怪我の具合はどう?」
「ここは?」
「私の家よ。魔女エキドナって言えば分かるかしら?」
男は私の姿を見るなり、魔女だと納得したようだ。怖がる様子もなくジッと見つめている。
「貴方の名前は?」
「カインだ」
「何故この森に入ったのかしら?」
「知らずに入った。追われていたんだ」
「あら、家まで辿り着くのは珍しいわ。とっても幸運な事よ? 行く当ては無いのかしら」
「行く当ては……ない」
カインと名乗った男はここに来るまでのことを思い出したのだろうか、顔色が曇っている。
あの表情から察すると彼にとって良いことではなさそうね。
深く追及し、追いつめても楽しそうだが、暴発しても面倒だし、今はそれ以上彼を追及するのは止めた。
「まぁ、少しなら面倒をみてあげるわ。今はゆっくり休みなさいな」
カインの体に付いた傷は回復薬のおかげでほぼない。けれど、心には深い傷がついているように見えるのよね。
誰かに裏切られたのかしら。それも楽しそうね。
まぁ、ゆっくり休んでいけばいいわ。
それからの数日はゆっくりと起き上がり、ベッドから立ち上がる訓練をはじめた。
カインは数いる人間の中でも寡黙な方のだと思う。
自分から話すことはないけれど、聞けば答える。食事は問題ないみたいなのよね。好き嫌いなど文句を言うこともなく食べているわ。
カインは行く当ても無さそうだし、特に私の邪魔をすることもない。このまま飼ってもいいかなと思い、私は今後の事を考えて部屋を作る事にした。
「カイン、ちょっとそのベッドから出てちょうだい。こっちの椅子に座ってて」
カインは私の指示通り、表情を変えずに治療用のベッドから立ち上がり、部屋の中央にある接客用の椅子に座った。
私は壁に向かい呪文を唱えると、さっきまで壁だった場所がズズッと動き出し、奥へと広がっていく。
更に壁と扉が足元から天井へと伸びていき、新しい部屋が完成したわ。
「カイン、出来たわ。今日からここが貴方の部屋よ。……と言っても何も無いわね。今から街に行くついでに買ってきてあげるわ」
私の魔法を目にしてカインは驚いていたわ。
私は自分に魔法を掛け、蛇の尾から人間の足に変化させる。そして街で以前買ったローブを被り、錫杖を何もない空間から取り出す。
「じゃあ、行ってくるわ。何か欲しいものはあるかしら?」
「いえ。ない、です」
「ゆっくり休んでいてね」
そう言って錫杖を床にトンッと突くと、床から魔法円が現れ、私はそのまま近くの街まで転移した。
相変わらず街は賑やかだ。人間たちはフードを深く被った私を気にしている様子もない。私はそのままギルドへ向かった。
「おじさん、また回復薬を持ってきたわ」
「おお、嬢ちゃん。いつもすまねぇな。嬢ちゃんの回復薬は人気なんだ。ほれ、代金」
冒険者ギルドの中にある買い取り受付にいる初老のおじさんは私の担当らしい。森の魔獣素材や薬類を気前よく買い取ってくれるのよね。
「嬢ちゃん、気をつけなよ。最近人探しをしているのか、懸賞金目当てにごろつきが徘徊してっからよ」
「そうなの? おじさん、ありがとう。気をつけるわ」
おじさんにお礼を言って代金を小袋にしまい、私はギルドを出た。
久々の街だわ。せっかく来たのだし、少し高めのワンピースが欲しいわ。大通りにある少し高そうな服屋へ入り、ワンピースを何着か選ぶ。この服屋には男性用の服も置いてあり、カインの服や下着類も忘れずに沢山買ったわ。
後は、食品ね。カインはまだ若いだろうから肉も必要よね。
彼もそのうち自分で魔獣を狩るようになるのかしら。
最後に向かったのは家具屋。カインの部屋に置くテーブルと椅子とベッドを買いに来た。シンプルな物でいいわ。
マットレスや布団は最高級品がいいわ。私の譲れないこだわりなの。寝具には贅を尽くしたい。
さて、久々に沢山買い物をしたわ。
家具屋の店員の視線をよそに、私は上機嫌で家具を紐で縛り、浮かせる。きっと側から見ると空気の抜けかけた風船を引っ張っているように見えるでしょうね。
引っ張っているのはベッドやタンス、椅子にテーブル等の家具類だが。
私は街の外までそうして移動し、街の外に出てから転移し、家に戻った。
「ただいま、カイン。今から家具を部屋に入れるから手伝ってちょうだい」
カインは浮遊している家具を見て少し引いているようにも見えるわ。きっと気のせいよね。
カインの部屋なので家具の配置は彼に任せる事にした。配置が終わった後に窓もしっかり付けたのよ?
生活環境をしっかりと整えないと生きていけないほど、人間はか弱いのだもの。
こうして人間との生活が始まった。