商会の男
ここ最近、ジェットは私の魔力を全く食べなくなってきたの。どうやら大きくなって食べ物や飲み物から取り込み、自分で生産が出来るようになったみたい。
赤ちゃんから子供に変わったという事かしら? そう思っていると、ポンッと獣人のような姿に変化してみせた。黒髪で三角耳の小さな男の子。尻尾は蛇。
なんとも不思議な姿だわ。
じっと見ていると、『エーシャ、エーシャ』と喋ったわ。
「ガロン、ガロンはいるかしら?」
ガロンを呼ぶとパッと姿を現し、ジェットの姿を見ると驚いていた。
「エイシャ様、これはどういう事ですかな」
「分からないのよね。きっと赤ちゃんから子供になったのだとは思うのだけれど」
「エーシャ、エーシャ」
ジェットは私に抱きついている。
「これっ、童。エイシャ様に抱きつくな」
「ガロン、ジェットに言葉と生活の仕方を教えてちょうだい」
ガロンは専門外だと言わんばかりだが、言葉は教えてくれるらしい。仕方がないわ。子供だものね。
私とガロンはジェットのお世話に四苦八苦する羽目になる。
ー コンコンコンコン ー
「どなたかしら?」
私はジェットをガロンに任せて扉を開けると、目の前には浅黒くがっしりとした体型の男が立っていた。どこかの貴族かしら。立派な服を着ている。
「魔女殿の家で合っているでしょうか? 私、ビュン・ハードと申します。各国で手広く商会をやっておる者です」
商会を纏めている人なのね。
「まぁ立ち話もなんだから部屋に入ってちょうだい」
私はビュンと名乗る男を部屋に招き入れ、椅子に座らせた。ガロンはサッと執事の格好になり、お茶を淹れている。ジェットはというと、黒毛玉に戻って自分のクッションに座っている。客の邪魔する気はないようだ。
「それで、私に何か御用?」
ビュンは私の足を見て一瞬動揺していたけれど、持ち直し答える。
「はい。実は、仕事の相棒が魔物に襲われて怪我をしたのです。なんとか魔物を撃退したのは良かったのですが、怪我をした箇所から黒く変色し、広がり始めているのです。
怪我をした時、回復薬を使って傷は治ったのですが、傷口は黒いままだったんです。初めは呪いを受けたのだと思い、教会で解呪や解毒など試したのですが効果は無かったのでどうしたものかと不安になっています。
本人は至って元気なのですが、日に日に傷口から黒く変色していくさまを見てショックを受けているのです」
私は水晶を取り出し、覗き込む。
「そうねぇ。見ただけでは分からないわねぇ」
そう言って水晶からビュンに目を向ける。
「彼は今、部屋に居るのね。診てくるわ。ちょっと待っていてちょうだい」
私はさっと転移し、彼の状態を診る。
男は突然現れた私に驚いた様子だったが、ビュンが『魔女に会いに行く』と言っていたようで素直に服を脱ぎ、身体をみせてくれた。
男の身体は黒い物が傷口だった場所から身体に螺旋状に巻き付き広がっている。黒くなった皮膚からは僅かながら魔力があり、その魔力を追って気付いた。
「ありがとう。無理はせず貴方は寝ていなさいな」
私は男を寝かせてから部屋に転移する。
「魔女殿、どうでしたか? やつは治りそうですか?」
ビュンは心配そうに聞いてきた。
「そうねぇ。彼はもって後三日かしら。治せなくは無いわ。けれど対価はどうするのかしら? 高いわよ?」
ビュンは持っていた袋から大事そうにそれを取り出した。
「これはカルガル火山の崖のみ生えている氷雪花の結晶です。これでは難しいですか?」
私はそっと手に取り、魔力を通しながら光に翳してみる。
「あら、これは珍しいわね。本物の結晶のようね。ふふっ。いいわ。この依頼、受けてあげる」
私は立ち上がり、氷雪花の結晶を亜空間に仕舞うと人間の姿をとり、錫杖を持つ。
「ビュン、教えてあげる。今回の依頼は聖女では難しいわ。彼はね、魔物と戦った時に傷口から魔物が入ったの。そうしてじわじわと身体を乗っ取って最後は魔人と化してしまうわ。良かったわね、間に合って」
ビュンはその話を聞いてサッと青い顔をしている。仲間が魔人になるかも知れないと言われて困惑するし、どうなってしまうのかと思うわよね。
「ビュン、こっちへ来てちょうだい」
「はい」
彼はどうなるのか分からず、一瞬躊躇したようだが私の側に立った。
「動いては駄目よ?」
私はビュンを連れて彼の相棒の所まで転移する。ビュンは転移に驚いて辺りを見回している。それは先ほどの男も一緒のようで突然また現れた私たちに驚いていた。
「さて、対価を前もって頂いたからには頑張らなくてはね。二人とも庭に出てちょうだいな」
私は二人を庭に連れ出した後、男を庭の中央に立たせ、ビュンに離れるように指示をする。
「これから魔物を身体から引き離すわ。少し苦しいけれど我慢してちょうだい」
私は私と男を囲うように結界を張った。他に被害が出ては矜持がゆるさないわ。
男に気休め程度の聖水を飲ませ、呪文を唱え、錫杖を地面に突くと、黒く変色した物が蛇のように動き出し、ズルズルと男の身体から離れ始めた。
男は黒い影が離れ始めると苦痛を感じるのか地面に膝を付いて苦しんでいる。
「……ダレダ。邪魔ヲスル、ノハ」
影のようなモヤのような黒い物はふわりと浮き男から離れた。私はすぐに男を結界の外へと吹き飛ばし黒い物体の相手をする。
「やっぱり地底の魔物は好きじゃないわねぇ。寄生して徐々に強さを得るなんて私の好みでは無いわ。どれだけの魔物に寄生してきたのかしら?」
私はそう言って空間から魔獣の鎖を出すと、魔物は本能で何かを感じたようで結界を叩き逃げ出そうとしている。
「無駄よ? 貴方程度では壊せはしないわ」
「グッ……。グガガッ」
結界がビクともしないため、振り向き私に襲い掛かろうとしている。
「馬鹿ね」
私は魔力を通すと、鎖は赤黒く文字が浮かび上がり、ジャラジャラと魔物に巻きつきはじめ、魔物を締め付け始めた。
「グッ、グッ」
魔物は鎖に締め付けられ、苦しそうにうめき声をあげている。
「ふふっ。これは特殊な鎖よ? お父様はこの間、引き千切ったけれど。貴方は千切れるかしら?」
唱詠と同時に鎖を通して魔力を抜いていく。魔物はどんどん小さくなり、親指サイズの黒トカゲとなってしまった。私は黒トカゲをつまみ、瓶に閉じ込めた。
「さて、依頼は終わったわ。帰るわね」
そう言って私はビュンに別れを告げ家に転移した。
部屋に戻るとすぐにウサギサイズの黒毛玉型ジェットが寄ってきたわ。
「ただいま、ジェット。この間の討伐で取り逃した魔物がまだいたわ。さて、この小さくなった魔物をどうしようかしら?」
そう言いながら瓶を持ち中身を見つめていると、ジェットは突然瓶に向かってジャンプした。
瓶は床へと転がるとジェットは瓶を割り、中身をペロリと食べてしまったわ。
「あらあら。ジェットは肉食では無かったのかしら? やはり地底の魔物同士は共食いなのかしら」
私が疑問を口にするもジェットは満足そうにまたクッションへ戻り寝はじめてしまった。
今頃カインはへたばっているかしら。
私はそう思いながら壊れた瓶を片付けていた。