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薬屋になった娘 メイ視点

「仕事中にごめん。メイ。僕との結婚は諦めて欲しい。君の姉、アイカのお腹には僕の子供が居るんだ」

「ごめんね、メイ。ライアンが私の事を離してくれなくて。大丈夫よ。商会は私達が継ぐ事にしたから。お父様もそれで良いと言ってくれたし。メイはこれからも商会で働いてくれるしね。私は妊婦だから働かなくてもいいから気楽に過ごさせてもらうわ」 



 ライアンは少しだけ申し訳なさそうな顔をして私に話をしているが、横から当たり前のような顔をしている姉が私の前にやってきて告げた。


 それだけを伝えに来たの、と言って二人とも部屋を出ていく。姉に恋人や婚約者を取られ続けてもう何人になるのだろうか。


 美人な姉は昔から恋愛に奔放で商会を継ぐ気はないと一度も商会で働いたことがない。


 学生の頃はその容姿を活かして貴族の令息に声を掛けては男と遊び歩いていて素行は良くなかった。


 両親はというと、美人な姉に弱く、これまでも妹の恋人を取っていく姉を庇ってきた。私が代わりに商会を継ぐのだから、と我慢をさせて。


「メイ。アイカが商会を継ぐと言い出した。アイカは勉強もろくにしていないから働くのはメイだ。姉を支えてくれ」

「でもお父さん、姉さんは商会を継ぐ気はないって言っていたわ」


「仕方がないだろう? 気が変わったんだ。婿養子としてきてくれるライアンは商会で働いてくれる。ライアンとは顔を合わせづらいだろうが、すぐ慣れる。

 嫌なら別にお前が我が家を出て行ってもいいんだぞ? 地味なお前などどこも雇ってくれんだろうがな」

「……」

「返事は?」

「……はい」


 私がこの家を継ぐのだと話をしていたじゃない。だからずっと黙っていたのに。


 姉が商会を継ぐ?

 私はこのままずっと姉を支え続けるの?


 このままだと一生姉の召使いのままだ。

 それは嫌だと思う。でも、今までこの家で商会の仕事しかしてこなかった。


 横暴な父のことだ。抵抗すれば無一文で私を叩きだした上、周りに手を回し、雇えないようにするはずだ。


 でも、逃げ出したくてもどうしたらいいのか分からない。


 私は悩んだ挙句、街でまことしやかに囁かれている噂の魔女に会うために月に一度しかない休みの日を使って魔女の森に向かった。


 魔女は私の話を最後まで聞いてくれたの。その話はきっと魔女にとってはどうでもいい話で、つまらなかったと思う。


「両親も反対ではないし、困らないのなら貴女が出ていけば良いんじゃ無いかしら?」


 魔女にとってはなんとなく返した言葉だったのだろう。


 でも、その一言が私にとっては背中を押してくれるような強い言葉に聞こえたの。


 本当にいいのだろうか。


 今まで『でも、だって、』と後ろ向きに考えていた自分が少しだけ前を向いてもいいんじゃないかと思えた。


 でもそれと同時に不安が押し寄せて涙が出た。


「あらあら、仕方ないわねぇ。では、選ばせてあげる。お姉さんを静かにさせる薬を飲ませて大人しくさせるか、貴女が家を出ていくか。私が手に職を付けさせてあげてもいいわ。勿論対価は頂くわよ?」


 魔女様が私に教えてくれる、の……?

 今のままで泣き寝入りの人生で本当にいいの?


 このままなら生涯姉に使われ続けるしかないのかもしれない。


 そうなればここへ来た意味はないわ。


 変わりたい。

 逃げたい。

 自分の思うままに生きていきたい。

 藁にも縋る思いで即答した。


 その日から家に帰らずに魔女様の家に住み込んで勉強を始める事になった。


 魔女様はジェットという不思議なペットとの二人暮らしでたまにガロン様という執事っぽい人がやって来て賑やかになる。


 魔女様もガロン様も私に丁寧に薬草やその知識を分け惜しみなく教えてくれた。私は忘れないようにメモを取り、半年経つ頃には見よう見まねでも薬草を使って薬を作れるようになった。


 人間達用の風邪薬や鎮痛剤、解熱剤、軟膏等。一般的に罹る病気の薬を中心に教えてもらった。


 ポーションは残念ながら私に魔力が無かったために作る事が出来なかったんだけど、作り方は教えて貰ったわ。


 そうして一年が過ぎた頃、魔女様は、


「さぁ、魔女から学んだ薬の知識を元に国に戻りなさいな。よく頑張ったわね。送ってあげるわ」


 そう言って私と一緒に一軒の小屋へ転移してきた。小さいながらも住宅兼店舗の家でとても嬉しくなった。


 これが私の店。

 ……涙がでた。


 赤の他人でしかない私にここまでしてくれた。姉と比較され続け、姉の世話をすることが当たり前だと押し付けていた家族とは大きく違う。


 この一年、これからの自分のために覚えることが多かったし、大変だった。


 でも、嫌味や比べられることなんて一つも無かった。家族から離れ、自分の考えも持てた。複雑な思いが胸にこみ上げてくる。


 対価として裏の畑の世話を十年続けるのね。それなら私にも出来る。


 魔女様が森に帰ってから家の中を一通り見たけれど、全てが用意されていてすぐに生活を始める事が出来たわ。本当に感謝しか無い。


 店を始めて数日。


 村の人達はよく薬を買っていってくれた。王都に一番近い村ではあるけど、村には医者がおらず、困っていたのだとか。


 そして無料で試飲する小瓶も評判になっていた。どうやらこの小瓶、魔力の無い人が飲むと魔力が少し湧き、魔法が一時間程度だけど使えるようになるのだとか。


 副作用は今のところ出ては居ないらしい。そう言った話を細かく聞き取り、メモを取っていく。


 私の作る薬の効き目はとても良いらしく、村内外でも評判となりなんとか一人で暮らしていく事ができるようになったの。

 一度だけ評判の魔力が湧く小瓶を試飲してポーションを作ると、なんとか作れたわ! 残念ながら魔女様のようなポーションの性能は出なかった。


 けれど、軽い怪我なら効くようなのでもしもの時の備蓄はしている。


 ふた月程してから魔女様は光と共にふらりと店に顔をだしてくれたの。


 お礼と共に小瓶の効果を纏めた紙と作ったポーションを渡すと喜んでくれたわ。そしてまた別の小瓶を試飲用に置いて行った。


 魔女様はどうやら新薬を研究しているのね。きっとこの店は新薬を検証するために作られたのかしら。


 薬屋は評判を呼び、王都からもたまに薬を求めて来てくれる人達が現れはじめている。たまに魔女様は顔を出してくれるから私も嬉しくて仕方がない。


 そして三年程過ぎた頃、王都と村の間の森に魔物が出た。


 騎士達は魔物と戦いなんとか撃退し、この村に怪我人が運ばれてきた。私は備蓄してあったポーションや傷薬を騎士達に使い、看病したの。そこで会った一人の騎士様と恋仲になり、私達は結婚する事になった。


 騎士様は退団して村の護衛に付いてくれる事になり、村人からも大歓迎されたの。


 とても幸せに暮らしていたのに、どこからか私の噂を聞きつけた父が乗り込んできた。


 父の服はボロボロで店が上手く行っていないようだ。父の話では姉の傲慢さにお客が減り、商会は潰れる寸前なのだとか。


 私に戻って働いて欲しいと。私はもう商会には戻らない事を伝えたわ。


 父は諦めて帰ったけれど、次は姉の旦那がきた。すまなかった帰って来て欲しいと。その時は夫に追い返されたが、次は姉がやってきた。


 私は再度断ると、姉は『薬草がなくなればここにいなくても構わないわね!』と言いながら畑の薬草を鎌で切り始めた。


 私は慌てて姉を止めに入るけれど、鎌を振り回して止める事が出来ない。すると、姉の前に魔女様が現れた。


「あら、誰の許可があって私の薬草を刈っているのかしら? 確か、貴女はメイの姉、だったわね。メイが望んでいた薬を飲ませてあげるわ。ふふっ。これで大人しくなるといいわね。メイ、この対価もきっちり貰うわね。この薬代。そうね、あと十年はこのままここで続けてちょうだいな」

「魔女様、ありがとうございます。しっかりと続けていきます」


 そう約束すると魔女様はまた消えていった。私は夫婦ともにこのままここで死ぬまで薬屋を続けていく事になった。元々ここに骨を埋める気持ちで働いてきたから何の不満も無い。


 むしろ、姉を静かにさせてくれた事を感謝するしか無い。


 姉は薬を飲んで以来、意地悪や怒る気持ちが無くなってしまったようで静かになったらしい。潰れかけた商会もなんとか規模を縮小して存続は出来ているのだとか。


 家族との縁は切れたけれど、村の人達や夫に大事にされて私は幸せです。


 魔女様には感謝しかありません。

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