地底の穴
「エイシャ様、ロード国は消滅してから国全体に瘴気が蔓延し、人間は立ち入る事が出来ぬ程だそうですぞ」
ガロンはそう言いながらお茶を用意してくれている。
「そうね。まだまだ人間の勇者や聖女は瘴気を無効にする事が出来るほど育っていないし、放置していたら私がお祖母様に叱られてしまうわね。良い事を思いついたわ。カインを一旦呼び戻すのが一番ね」
ガロンの呆れたような視線を感じなくも無いが、無視をする。だって一人であれだけの敵を倒すのは面倒なんだもの。
私はそのままガロンを連れて魔獣城へと転移する。
「お父様はいるかしら?」
目の前にいたリザードマンらしき従者に聞いてみると、父とカインは今日も城の外で戦闘訓練に明けくれているのだとか。
「相変わらずですな」
「そうね。お父様だもの」
従者に場所を教えてもらい転移すると、そこには魔獣の山が積み上げられていた。
「お父様、いませんか?」
「こっちだ」
父とカインは一頭のドラゴンと対峙していた。
カインはドラゴンの攻撃を避けながら魔剣で斬りかかっている。父はどちらかと言うと指導監督という感じだわ。
「お父様、この後、少しカインを借りたいのです。私が地底に穴を開けたせいで地底の魔物が這い出てきてしまって……」
一人で処理するのが面倒なんですというのは黙っておくわ。
「なに? 地底の魔物か。詳しく教えろ」
相変わらずね。お父様は食い気味に聞いてきた。絶対自分も行くつもりだわ。
「一旦城に戻りましょう。話をするわ」
「ああ、そうだな。カイン、早く終わらせろ」
話を聞いているのかいないのか分からないが、カインは飛び上がり、剣に雷を纏わせドラゴンを真っ二つに切り裂いた。
私を見つけてエイシャ様! と駆け寄ってくるカインはやはり大型犬みたいだわ。
「ドラゴンを一撃で倒せるようになったのね。凄いじゃない」
「エイシャ様のお父上に認めて貰うにはまだまだのようです」
話している間に父は山になった魔獣を一瞬で燃やし尽くしている。
どうやら魔獣の死体を目当てに大型の魔獣が寄ってくるらしいが、しばらく城周辺は留守にするので、寄り付かせないために魔獣を焼いているようだ。
やはり父自身がロード国に向かう気でいるのね。
私たちは魔獣城へ転移する。
「では話してくれ、エイシャ!」
城のフロアに転移した途端にこれ。相変わらず戦闘にしか興味がないようだ。
「お父様、まず湯へ浸かって下さい。皆の前で血塗れはいけないわ」
「そうだったな! カイン、風呂だ! 久々に入るぞ!」
今思いだしたぞ、と言わんばかりにカカカと高笑いしながら父は部屋へ戻り、カインも従者に案内されてホールを後にする。
私はどうしようかと考えていると、一人の文官らしき魔獣が話しかけてきた。
「ネメアー様の娘、エイシャ様でよろしかったですか? 私、ハティと申します。この国の宰相を務めさせていただいております。こちらの方へどうぞ」
ハティと名乗る人物は白髭を蓄えている老ヴァンパイアだった。
この国にも宰相がいたのね。父は脳筋だから絶対宰相は苦労しているわね。ハティは談話室のような質素だけれど寛げるような部屋に私とガロンを案内した。
「エイシャ様、ワシは一足先に家に戻っておりますぞ」
「ええ、そうね。ガロンに死なれたら困るもの」
「そうですぞ! まだまだ童を教えねばなりませんからな! では」
そうしてガロンは家に戻っていった。
ハティは私にお茶を淹れながら聞いてきた。
「エイシャ様、今回はどの様な件で来られたのですか?」
「ハティが宰相ならロード国の魔物の話は知っているでしょう?」
「何分、遠い国ですので消滅したとだけ耳に致しました」
「あの国はね、私を殺して魔女の森を開発しようとしたのよ。だから魔物によって消滅しちゃったのよね」
流石にハティは呆れた顔をしている。
「人間は愚か者だ。我々に生かされているというのに」
「でね、その時に開けた地底の穴から出てきた魔物がちょっと溢れ過ぎちゃったから掃除するためにカインを迎えにきたのよ。カインの修行も兼ねているわ」
「そうでしたか。ネメアー様がロード国に向かう必要はないのですね。ネメアー様ならば我先にロード国に向かうでしょう。
ようやく城に戻って来られたというのに。生憎と執務が立て込んでいて困っておりました。エイシャ様、どうかネメアー様を(《《物理的に》》)椅子に縛り付けて欲しいのですが」
ハティは切実な願いを口にしている。父は嬉々として仕事を放棄してロード国に向かうだろう。
「分かったわ。(《《物理的に》》)縛り付けるわ」
ハティと頷きあった所で父とカインが部屋に入ってきた。ハティはすぐに従者に椅子を持ってくるように指示しているわね。
「エイシャ、で、話を聞きたいのだが」
父は気にしていない様子でハティによって用意された執務室の椅子に座る。
カインは物々しい椅子に違和感を覚えたようだが、隣のソファに黙って座った。
「ふた月前の事なんですが、ロード国の国王からギルドへ魔女の森に住む魔女を殺す依頼が出されたのよ。目的は魔女の森の開発、領土拡大だったようですが」
「なに!?」
父の魔力がブワリと広がり、テーブルや装飾品が壁に衝突していく。
「エイシャの殺害だと? ふざけおって」
あまりの魔力にハティは震えあがっている。従者に至っては泡を吹いて倒れた。カインからも魔力が漏れ出ているが、父の怒りには敵わないようだ。
「お父様、落ち着いて。従者が泡を吹いているわ。私は怪我もしていないし大丈夫よ? ただね、私も少し苛立ってロード国の王宮に地底穴を開けてしまったの。
穴は三日で閉じたけれど、予想より地底の魔物が多く出てしまってロード国は消滅してしまったの。
地底の魔物のせいで瘴気が酷くてね、このままではお祖母様に叱られてしまいそうだからとりあえず魔物だけは消そうかと思ったの。
人間の勇者も聖女も育っていないし、ちょうどカインはまだ地底の魔物と対峙した事が無いから修行には持ってこいでしょう?」
「ハハッ、消滅したか。カインも成長してきたから大丈夫だろう。では、すぐに用意せねばな!」
私はすかさず父に向けて手を翳すと、術が書いてある鎖が異空間からジャラジャラと出てきて、立ち上がろうとした父の足元から腹部まで椅子と一緒に鎖でぐるぐる巻きとなった。
「エイシャ! どういう事だ!?」
「お父様は仕事が山のように溜まっていると聞いたの。ハティが困っていますし、お父様はお仕事頑張って下さいね。
念のためにお祖母様にも魔法速達便を出したし、大丈夫よ。
半日後から始めて三日後には掃討が済む予定よ。その後、またここにカインを送りに来るわ。それまでに仕事が終われば、お父様も来て下さいね」
そう言い残し、カインと部屋を出る。
「カイン、今から戦闘準備をして。休む暇なく戦闘を続けなければ死ぬわ。あそこにはガロンも連れて行けない。宴の始まりよ」
「エイシャ様、地底の魔物は地上とは違うのですか?」
「そうね、地底の魔物は魔核の海から湧き出るのだけれど、私達魔獣と違い感情は無いの。地底で繰り広げられているのは殺戮のみ。
殺した相手を食べて更に強くなる。穴から這い出てきた魔物は私も怪我をするくらいにとてつもなく強いわ。心して準備をしてきて?」
カインはすぐに部屋に向かい鎧やアイテムポーチの準備を始めた。
「カイン、腕輪は着けている?」
「今は外していますが。あれはどんな効果があるのですか?」
「あれは異常状態解除の腕輪よ。綺麗な腕輪でしょう? 新しい職人を見つけたの。腕は確かよ」
雑談をしている間に準備は完了したみたい。カインは黒の鎧と黒の魔剣を下げている。見た目は魔王そのものね。
覇気は無いけど、そのうちに出てくるかしら?
「さぁ、カイン、行くわよ。戦闘準備を」
「はい」




