黒色鎧の男
「今日は久々の雨ね。外にも出る事が出来ないし、今日は何をしようかしら。そうだわ、薬を作ることにしましょう」
そう私は独り言を呟き、薬を作る鍋の前に立った。
薄萌黄色をしたカナリアの花の蜜や虹の花の花弁、その他の素材を魔法液と一緒に鍋に入れ、ゆっくりと混ぜながら魔力を少しずつ馴染ませていく。
ふふっ、これでエイシャ特製回復薬の出来上がりだわ。
偶に人間の街に降りてギルドという場所で売るのだけれどいつも高値で買ってくれるのよね。おかげで人間のお金は貯まる一方なのよ。実は。
人間が作る回復薬を一つ試しに買った事があるのだけれど、薬品臭が強く飲めた物では無かったわ。
やはり花の蜜をベースにしないと香りも味も良くないわよね。作り方は教えない秘密だけれどね。
久々に街に降りてみようかしら。そろそろ新しいワンピースも欲しいし。
そんな事を考えつつ回復薬を瓶に詰めていると。
― ドンッ ―
扉に何かがぶつかるような音がしたので手を止め、扉の方に向かう。
私はそっと扉を開けると、扉の前には血塗れになった黒色鎧を纏った騎士らしき男が横たわっていた。
私ともあろうことか忘れていたわ。
一旦部屋に戻り、レースアイマスクを付けてから倒れている男の様子を見てみるが、動く気配はない様子。仕方がないので声を掛けてみた。
「もう死んだのかしら? 玄関を汚さないで欲しいのだけれど?」
兜の中から息も絶え絶えに何かが聞こえてくるが、何を言っているのか聞き取れない。
「もう、仕方がないわねぇ」
私は魔法で黒色鎧の騎士(略して黒騎士と呼ぶわ)を浮かせて兜や鎧を外していく。
「あらっ、いい男じゃない。ふふっ、でも血塗れはいただけないわね」
そのまま水魔法で汚れた全身を洗い、風魔法で乾かしてから男の体を浮かせて部屋の中に入れる。
「傷口からの出血でベッドが汚れてしまうけれど、こればかりは仕方がないわね」
怪我の程度を確認してみると、腹部や背中には致命傷になるほど怪我をしている。
森の魔獣たちに何かあったのかしら?
おかしいわね。私の家に来たいと望む者を魔獣は襲わないようになっているはずなのだけれど。それとも魔女の森と知らずに入って運良くここまで来たのかしら。
まぁ、怪我が治った後に聞けば良いわ。
男は抵抗する様子もない。というか、意識も朦朧としていて今にも死んでしまいそうね。
私は男を浮かせたまま背中と腹部に薬を塗り込み、傷口を塞いで包帯できっちり止める。
先程作ったばかりの回復薬を飲ませようと試みるが、男は意識が朦朧としているせいか口の中に入れても口から流れ出して上手く飲めないようだ。
私は回復薬を自分の口に含み、黒騎士に口移しで男に飲ませていく。
男は口を塞がれたせいか一瞬体が動き、回復薬を飲み込んだ。
回復薬は体内に取り込まれたことで徐々にだが効果が出てきたらしく、もっと回復薬を強請るように、貪るように、深く口付けをしてくる。
やはり私の作った回復薬は効果が出るのが早いわ。もう傷は閉じつつあるわね。けれど男は私に魅入られ、腕を絡ませ口付けを止めようとはしない。
「ふふっ、悪い子ね。無理に動くと傷が開くわ。『そのまま傷が良くなるまで寝なさい』」
私は男をゆっくりと引きはがし、ベッドに寝かせた。男は出血も多かったため、すぐに意識を失うように寝始めた。
時間を取ってしまったわ。そろそろ食事を準備しなくてはね。
怪我人もいるのだから今日は野菜スープにしようかしら。貯蔵室から野菜や薬草を出して細かく刻み、鍋に入れて水と一緒に魔力を込めながら混ぜる。
気にして魔力を込めている訳ではないのだけれど、いつもそうして薬を作っているせいか癖が出てしまうのよね。
出来上がったスープをほんのり温かい程度にまで冷ます。彼はまだ意識も朧気でしょうから固形物は避けて飲ませるべきよね。
スープを飲ませやすいように体を少しだけ起こし、流し込む。先ほどとは違い意識が無くてもしっかり飲んでいるし、大丈夫ね。