妖精の粉 青年視点
私の名はアルス。歳は二十一。もうすぐ三つ下のサナと結婚する。幼馴染の彼女は小さな頃から私の後ろを付いてきてアルス、アルスと呼んでくれた。
その姿が可愛くて大好きだった。彼女が十八になった今でも変わらず可愛くて愛おしい存在だ。
「サナ、今日は山へキノコを採りに行こうか」
「うん。ちょうど良い時期よね。今年は豊作だっておばさんが言っていたし、楽しみ」
式まであと三ヶ月となった頃、いつものようにサナと森にキノコを採りに出かけた時の事だった。
「アルス、こっちにあったわ」
「こっちにもある。豊作だって言っていたのは本当だったな」
「一杯採れたから近所にもおすそ分け出来そうね」
「そうだな」
サナとキノコを探しながら朽ち木を探したり、落ち葉の下に隠れていないかと下を向いて探したりしていると、上から木の葉や小石が落ちてきた。
見上げるとそこには小さなピンク色をした妖精がこちらを見て笑っていた。
妖精は本来いたずら好きだと言われているため、私は刺激しないように知らないふりをしてキノコを探し続けていると、妖精は私の目の前に降りてきた。
「どういう事よ! 見えていて無視するとはいい度胸ね!」
どうやら声をかけた方が良かったようだ。俺は内心焦りなったが、妖精を刺激しないようにゆっくりと話す。
「すみません。何か私達にご用事ですか?」
「特に用事は無かったけれど、貴方達を揶揄うのは楽しそう」
妖精は突然に私に向かって羽根をばたつかせると、羽根からふわりと光の粉が舞い、私に粉がかけられた。
「私の名前はモモ。花言葉は知っている? 貴方達、知らないでしょう? 教えてあげるわ!『私はあなたの虜』よ。ふふっ。貴方名前は何て言うの?」
「……アルス」
「効いてきたようね。アルス、私の事が好き?」
「あぁ、狂おしい程愛している」
モモは嬉しそうに羽根を動かして宙を舞っている。
「ふふっ、嬉しいわ! これでアルスは私を思って過ごすといいわ!」
そう言い残すとモモという妖精は消えていった。
「アルス、大丈夫? ……アルス?」
サナは心配そうに声を掛けてくるけど、サナのことなんてどうでも良くなっていた。
あぁ、モモに会いたい。
狂おしい程に愛している。
自分でも訳がわからない位に。
私はキノコ採りを止めてモモに会いたい一心でそのまま歩き出し、何日もかけて妖精達が住んでいると言う森に向かった。
妖精の森についたのはいいが、どこにモモがいるか見当もつかない。
妖精達にモモの事を聞こうとするが、妖精達からは拒絶されているようで妖精の森にも近づく事が出来なくなっていた。
気が狂いそうになるほどの想いを必死に堪えつつ、私は手掛かりを探す事にして一旦、家に帰った。
家に帰って暫くすると、目を真っ赤にしているサナとサナの両親、私の両親、村長が訪ねてきた。
皆一同に私を見つめて言い合いをしている。
村長が言うには、私はモモという妖精のいたずらに合い、妖精の粉を掛けられたらしい。
魔女の森にいる魔女様ならなんとか出来るかもしれないと。俺は居ても立っても居られず、
モモに会いたい。
狂おしいこの気持ち。
ただただ会いたい一心で私は魔女の森へと向かった。
魔女様はモモに会わせてくれるらしい。けれど、準備が必要だと言っていた。三日間位すぐだ。
私は魔女の森を離れ、近くの村で三日間を過ごした。
モモに会いたい。
モモに会いたい。
モモに会いたい。
ようやく三日が経った。私はすぐさま魔女様の元へ向かう。魔女様は『モモに振り向いてもらえるように』と秘薬まで用意してくれていた。
嬉しい。
これでようやくモモに会える。
私は魔女様に言われた通りにモモに秘薬を掛けた。するとすぐにモモの変化は訪れた。
モモが私を見つめてくれる。
ああ、なんて俺は幸せ者なんだ。
私達は魔女に森の外まで魔法で送られた。これ以上無い程の幸せを噛み締め、私達は村に戻ったんだ。
だが、自宅に戻った私達を見つけたサナや両親はモモを非難し始めた。
なぜだ?
なぜみんなに祝福されないんだ。
私はモモとの結婚が認められないことに悔しくてしかたがなかった。こいつらに認めてもらえなくたっていい。
私達はすぐに教会へ向かい、神父に二人だけの式を挙げるように頼み込む。
神父も眉間に皺を寄せながら始めは拒否していたが、私達の熱意に負けたようで式を取り行ってくれたのだ。
普段着のまま駆け込んだ私達。モモは妖精の魔法を使い、花を降らせていた。
なんて素晴らしいんだ。
私達は愛しあい、神父の言葉通りに誓いのキスをする。
……キス。
……。
…。
キスと同時にモモの羽根がパサリと背中から落ちた。
どういう事だ!?
何故、私はここに?
いや、記憶は残っている。モモは好きだと私を抱きしめている。混乱する私を神父は眉を顰めて静かに見ていた。
不意に拍手が後ろから聞こえてきた。
「ふふっ、とっても素敵な式だったわ。魅了され、愛し合う二人、素敵じゃない。対価を貰いにきたわよ」
目の前に現れたのはフードを深く被った魔女様。
「どういう、事なのでしょう、か?」
「いいわ、説明してあげましょう。妖精の粉を掛けられた人間は死ぬまで解けないのよ。例外はあるけれど。
その例外は妖精が死ぬか妖精の力を無くすか、しかないの。今、モモは誓いのキスをした事で人間となり、貴方に掛かる魔法が解けたの。
さて、私は対価の羽根を頂いていくわ。後は好きにしなさい。モモを妖精達のいる森に返してあげるのも良いわね?
ふふっ、ではさよなら」
魔女は楽しそうに羽根を拾い上げ、消えていった。
幸いにも式は挙げたが、婚姻の書類を出していないためモモと夫婦と認められない。
正気に戻った私はサナのいる実家へ走った。
そこからはひたすらに何度も謝り倒し、サナも許してくれた。
サナは私が妖精に魔法をかけられた所を見ていたので腑に落ちたのか何も言わず、私の謝罪を受け入れてくれた。
きっと彼女は深く傷付いている。
私は生涯をかけて彼女を癒すと誓う。
けれど、どれだけ拒否をしようにもモモは相変わらず私に付き纏っていた。
村人達には経緯を話し、理解してもらっているが、付き纏うモモに私もサナも疲れ始めていた。
……もう限界だ。
モモは嫌がっていたが、私達は妖精の森に彼女を連れていくと、妖精達がモモを待っていたようで、妖精と共に光に包まれたモモは消えてしまった。
私とサナはその不思議な光景を見た後、村に戻り皆から祝福された結婚式を挙げる事が出来た。
私とサナは妖精の粉ほど狂おしい程の愛は無いけれど、ささやかな幸せをいつまでも大切にしていこうと思う。