ロード国の姫 ライアン視点
ロード国の王宮で一騒ぎあった。
王女ローゼリア様が部屋から出てこない。侍女が朝、王女を起こすために部屋に入るとベッドの脇で倒れていたようだ。
王女は深い眠りについているようでどれだけ声を掛けても揺すっても目を覚さない。
国王陛下は溺愛する娘のために国中の治療師や聖女を呼び、治癒魔法や呪い等の解呪、解毒魔法を思いつく限り掛けて貰ったのにも拘らず、眠ったままだ。
舞踏会で数多の令息から声を掛けられ、妖精姫と称される程の美しい王女ローゼリア様は今年成人を迎える歳になる。
かくいう俺は生まれてから二十三年、侯爵子息として第一騎士団の副官としても王家のために尽くしてきた。
今回、ローゼリア様の強い希望で俺のところに降嫁が決まった直後の出来事だった。
眠っているローゼリア様は日を追うごとに少しずつ弱ってきている様子。なんとか、我が妻となる姫を助けたい。
縋る想いで噂話でしかない魔女の話を信じ、魔女の森へ向かう事にした。
本来、何人たりとも魔女の森へ入る事は許されていない。そして噂によると、森には魔獣が多く住み、帰らぬ者も多いと聞く。
陛下の願いもあり、俺は親の心配を振り切って魔女の森へと踏み入った。
俺はいつ襲い掛かってくるかも分からない魔獣に不安を抱きながらも姫を助けたいという思いで進んでいった。
森の中は細い道があり、不思議と魔獣に遭遇する事なく魔女の家へとたどり着いた。
魔女はどういった人物なのだろうか?
気に入らない者をすぐに殺すような魔法使いなのだろうか?
緊張しながら扉をノックすると、
「はあい」
と若い女の声がした後、出て来たのはレースアイマスクをした絶世の美女だった。目を隠しているにも拘らず魔女の美しさに驚きを隠せない。
彼女は俺を家の中へ招き入れ、部屋の中に入る。
魔女の家と呼ばれるその家は部屋に入った途端、不思議な感覚に陥った。
俺には詳しく分からないが、この家に魔法が掛けられているのかもしれない。薬草の香りが部屋を包んでいる。
棚には瓶詰した物が所狭しと置かれている。ふと視線を落とした時、彼女の足に気付いた。
……蛇だ。
魔物か? 周りを警戒し見渡すが、魔女は気にした様子もなく俺を殺そうとする気配はない。
やはり噂通り彼女は魔獣なのか?
俺はこのまま死ぬのだろうか?
不思議に思いながらも再び大蛇のような尾を見つめていると、
「ふふっ。私の足が気になるの?」
と、魔女に笑われてしまった。彼女は気にしていないようだ。俺は王女を助けて欲しいと魔女に願うが、魔女は俺を見て微笑っている。
対価としてお金より素材だと言う魔女。
その素材は入手が困難でとても貴重な物だった。
ローゼリア様のために集めなければならない。覚悟を決めた俺は魔女に挨拶をしてすぐに王宮に戻った。
俺の帰りを今かと待っていた陛下は俺の姿を見て安堵している様子だった。
だが、俺が魔女の家での出来事や対価の話をすると、陛下は不機嫌となった。すぐに王女は目覚めるのだと期待していたのだろう。
残念ながらドラゴンハートは国に無かったため、陛下はすぐに俺を含めたドラゴン討伐隊が結成し、討伐するように命令が下された。
ラミアの涙は宝物庫に保管されていたようだ。虹の花についてはドラゴンの住処付近に咲いているらしい。
俺はすぐさま部下と共にフェリアドラゴンの住処へと向かった。
フェリアドラゴンはドラゴンの中でも一番小型で弱いとされていてフェリア渓谷に住んでいる。
俺たちは渓谷の崖に空いている洞窟の一つに足を踏み入れた。
洞窟は薄暗く、魔法使いが魔法を使い、洞窟内を明るく照らし出した。
ぽたぽたと垂れる水滴に緊張感が増してくる。
本当にこの場所にフェリアドラゴンはいるのだろうか?
しばらく歩いていくと、何かが動く音がする。「全員、配置につけ。攻撃準備」部隊の緊張感が一気に加速する。キラリと光った眼。
……やはりフェリアドラゴンだ。
フェリアドラゴンは何かを感じたのかこちらへ襲い掛かってきた。ドラゴンは火を吐き、尻尾で叩きつけ容赦の無い攻撃だ。
俺は必死に部下達を庇いながらドラゴンを斬りつける。長時間の戦闘の末、倒した時には俺の右目も左指も無くなっていた。
必死な思いでドラゴンを倒し、ようやくドラゴンハートを確保した。
俺以外の騎士にも死者や怪我を多く出した。
これも全て王女のためだ。
俺たちは満身創痍で王都に帰還し、王宮に戻ったが、神殿から派遣されてきた聖女の治癒魔法では見えている怪我の自己回復を助ける程度のようだ。
他の騎士達も普段の生活が送れるほど回復したが、俺の目と指は欠損したままだ。
このままだと騎士団の副官も降りなければならないだろう。
覚悟は決めている。
俺は魔女エキドナ様が対価として要求していた素材を持ち、魔女の森へ再び入った。エキドナ様は前回と同じように優しい声で迎え入れてくれた。
「……あらあら。まぁ、座りなさい。そんなになるまで頑張っちゃって。仕方のない子ね。王女様は貴方の何かしらね? 聖女は治してくれなかったの?」
彼女は俺の姿を見て優しく微笑み、言葉を掛けた。
騎士達の命を懸けてまで降嫁するローゼリア様を目覚めさせる意味。
今まで王家のために全て受け入れ、必死で尽くしてきた。だがここにきて俺の中で揺らいだ瞬間だった。
エキドナ様は俺の揺らいだ気持ちを感じたのか、俺の膝の上に座ると、視線を外させないように俺の顔を持ち、ジッと俺を見ている。
レースアイマスク越しに見える蒼眼が何かを探っているようだ。
美しい魔女がじっと見つめるその姿に俺の心はドクンッと跳ね、動けなくさせる。
エキドナ様の美しい顔がゆっくりと近づいてくる。柔らかな感触。痺れるような甘美な口付けに夢中になっていく。
これ以上は駄目だ。
俺には王女がいるんだ、と考えエキドナ様から離れようとするが、強烈な刺激にあがなえなくなっている。
今までそういった経験はして来たはずだが、その記憶すら忘れさせてしまうほどの甘く深い口付けに痺れ、酔いしれ、その甘美な誘惑に様々な考えが停止してしまう。
もっと、もっと、と。ただひたすらに求めたくなる。
口付けをしている間に魔女様は俺の目に何かを入れた。
……その瞬間、我に返った。
キスの甘美な余韻に浸っている俺をよそに魔女様は俺の膝から降りた。
そこからの記憶はあいまいだ。
魔女様は魅惑的な笑みを浮かべると俺の身体はふわりと持ち上げられて、ベッドへ運ばれていたように思う。そしていつの間にか眠っていたようだ。気付いた時には
「ライアン、おはよう。目覚めはどう?」
とエキドナ様は微笑んでいた。エキドナ様に言われて初めて気付いた。
……視覚が戻っている。
確認するように両手を見つめると、指も戻っている。目を瞬いても指を動かしてみても違和感なく動いている。魔女様は義眼と義指だと言っていた。
魔女様は俺の女神ではないだろうか。
彼女は俺が寝ている間に王女様を目覚めさせる道具も魔獣退治のための粉も用意してくれていた。
魔女様には敵わない。
このままここに残り、俺の全てを捧げても良いとさえ思ってしまう。
だが、国では眠ったままの王女が俺の帰りを待っている。後ろ髪を引かれる思いで魔女様に深々と頭を下げて王宮へと戻った。
エキドナ様の読み通り、ローゼリア様の部屋に天井の隅に魔獣は擬態していたようだ。粉をかけるとあっさりと落ちてきた。落ちてきた所をしっかりと仕留める。
ローゼリア様は魔獣に心を少しずつ食われていたらしい。
エキドナ様が用意してくれた『心の欠片』をローゼリア様の胸に当てると、スッと体内に消えたと同時にローゼリア様が目を覚ました。
「おはよう? こんなに大勢私の部屋に集まって何の用? 早く出て行ってちょうだい」
騎士や侍女の歓声とは違い、ローゼリア様は不機嫌な様子だった。
「ああ、待って。ライアン、貴方、額に怪我をしているわね。右目も青い。私、貴方の顔が気に入ってお父様に無理矢理降嫁をお願いしたのに。残念だわ」
侍女や騎士たちは今までのあったことを話し、俺のフォローをしてくれている。
が、ローゼリア様は怪我をした俺を見て不機嫌な様子を隠そうともしない。
……ああ。
俺は、何かを間違えてしまったのだろうか。
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妖精についてなのですが、ここでは妖精の姿は美しいが、自分本位に行動する事が多く、時に意地悪だったり、いたずらをしたりする。という風に人間達は理解しています。
王女は妖精姫と二つ名で呼ばれている事から、言わずもがな。