ニンフの森からの依頼
― コンコンコン ―
「はぁい、どなたかしら?」
私はいつものようにレースアイマスクを付けて扉を開けると、一匹のケットシーが私を見つめてきた。
「エイシャ様、助けて下さいっ」
私を視界に捉えたその目は丸くウルウルと目に涙を溜め、今にも涙を流しそうにしている。
「うふふっ、私にはそういうのは効かないわよ? まぁ、入りなさいな」
私は部屋の中へと案内し、ケットシーを客人用の席に座らせた。
ケットシーは猫の姿をしているのにも拘らず、器用に立って歩き、ちょこんと椅子に座る。その姿はなんとも愛らしい。
ケットシーにクッキーとお茶を出すと、これまた器用にムシャムシャと食べている。
「ところで、私にどんな御用かしら?」
ケットシーはピクリと耳が動き、小さな口でムシャムシャと食べている手を止めた。
「エイシャ様、私達が住む森にムーマが現れたのです。あやつを退治していただきたくて」
ムーマとは熊位の大きさの魔獣に近い半透明の生き物とされているが、特に誰を襲うわけでもなく、未だに解明されていない生き物の一種とされている。
害がないから放置されているのもあるかもしれないが。
確かケットシーの住む森はニンフの森と呼ばれていて妖精や精霊、精霊王が住んでいる森よね。
「ムーマは害の無いものだったはずよね? 気にしなくていいんじゃないかしら」
「普段なら見向きもしないのですが、異常な繁殖を繰り返していて森中にムーマがひしめき合い、森の植物を食べ尽くす勢いなのです。私達が倒そうにも致命傷を与える事が出来ずにムーマが増えてしまうのです」
「森に住んでいる聖獣にやらせればいいじゃないの」
「それが、聖獣たちにお願いし、排除しようとしたのですが、彼等の攻撃があまり効かないのです」
ケットシーはまた大きな目を潤ませ、手を組みながらお願いポーズをしている。
「ふぅん、それは大変そうね。ムーマは退治してあげるわ。増えたり、攻撃が効かない理由を探るのは別の者を寄越す事にするわ。私の本分ではないもの。対価は、そうね。ガロンを森に自由に出入りさせる事かしら」
「対価はガロン、ですか。……分かりました。今、聞いてみます」
そう言うと、ケットシーは森の主に連絡を取っているようだ。
「エイシャ様、ガロンの件、それで構わないそうです。森に住む他の者にも伝えます」
「ふふっ、良かったわ。カイン、ちょっと来てちょうだい。ガロンもよ」
私はカインとガロンを部屋に呼び寄せる。
「カイン、ちょっと魔法の練習ついでにニンフの森に行ってきてちょうだい。ガロンもカインの補佐に付いてちょうだいね」
部屋に入ってきたカインとガロンだったが、ケットシーを視界に入れたガロンは一瞬動きを止めた。けれど、すぐに気にしていないと言わんばかりにカインの肩にちょこんと座った。
「エイシャ様、ニンフの森とは?」
「ガロンが良く知っているわ。森に着いたら教えてもらってね。あと、これをカインにあげるわ」
私は亜空間から取り出した黒剣をカインに渡すとカインは一瞬目を丸くし、驚いていたが、両手でしっかりと剣を受け取った。
彼は剣を鞘から引き抜くと、黒い刀身がスラリと姿を現した。
「カイン、魔力を流してごらんなさい」
カインは言われるがまま魔力を剣に流すと黒い刀身は赤い模様が浮き上がる。
それは見事なほどカインの魔力に呼応するように輝き、素晴らしい剣となっていてカインはうっとりと剣を見つめている。
「気に入ってくれたかしら? 軽くてとても切れ味も良いと思うわ。森でしっかりと魔法を練習してくるのよ? 駄目そうならその剣を使いなさいね」
カインはとても嬉しそうに腰に剣を刺し、さながら人間の騎士のように髪を一房取り、キスを落とした。
「さぁ、ではケットシーと行ってちょうだいな」
ガロンはカインとケットシーを連れて転移して行った。
「さて、私は手紙を送りますか」
私は手紙を書いて魔法で送る。暫くして祖母からは『すぐ向かうわ!!』と返事が返ってきた。