カインの変化
葬儀から二週間ほどした後、カインの体力も私の魔力に耐えられる位には回復しているようだ。
私はカインを手招きして呼んだ。
カインを椅子に座らせてから私はカインの膝に座るとカインに深い口付けをする。
カインは突然の事に驚いたようだったが、次第に恍惚の表情へと変わっていく。
……そろそろね。
私の口の中からは特殊な成分が出ているのだが、カインは気付かぬ間に一時的にだが、魅了されて痛点が麻痺し、痛みを感じ難くなっている。
私はそっと手首を切り、滴る鮮血をカインの口に含ませる。真っ赤な血はカインの身体を浸食していくと同時に同化しようと暴れ始める。
「大丈夫よ。すぐに馴染んでいくわ。少し休みなさい」
私はカインをベッドに寝かせ、魔法で眠らせる。相当に苦しいのだろう。痛みが感じ難いとはいえ深い眠りにありながらも、呻き声を上げている。
今はカインが私の血に馴染むまで待つしか無い。
三日間ほどカインの意識はなかったが、痛みで呻き声をあげていた。
今朝になり、ようやく血が馴染んだ様子で穏やかな呼吸に変わってきていた。
カインは全身に大量の汗を掻いていたので丁寧に拭いていると、不意に腕を掴まれた。
瞼が開き、蒼眼がこちらを見つめている。
「カイン、おはよう。気分は如何かしら?」
「エキドナ様、アイマスク、していないのです、ね」
「ふふっ。私の目はね、強力な魅了眼なの。カインは私の血を取り込んだから私が作り出す魅了や媚薬に掛かる事はないの。私の唾液や血液も人間にとっては媚薬なのよ? この目で見れば全ての人間は私に跪いてしまうの。ふふっ」
カインは初めて見た私の姿に戸惑っているのかしら? 固まっているわ。
「カインは私の血を取り込んだからこれからは私程ではなくても魔法を使えるわ。でも、まだ魔人では無いの。
また体力が戻ったら続けていきましょう。次は辛くないわ。魔法の練習は、そうね、ガロンを呼びましょう」
カインは魔法が使えるようになると思っていなかったようでジッと手を見つめている。
「あぁ、そうだわ。ガロンが来るまで魔法は使っちゃ駄目よ? 私程の魔力はないと言ってもこの家を粉微塵にするのは容易いからね?」
「わ、分かりました」
翌日、久々にガロンを呼び出した。ガロンはまた小言を盛大に溢していたけれど、カインを見るなりカインに小言の矛先が向いたようで良かった。
ガロンはカインを見てすぐに容姿の変化を指摘していたわ。
私は黙っていたのに。
私はシャンパンゴールドの髪に蒼眼。カインは黒髪に琥珀眼だったけれど、今は限りなく薄い茶色の髪に蒼眼になっているのよね。
私の魔力を豊富に含んでいる血液を多く取り込んだから仕方がないの。けれど、なぜかカインは嬉しそうだわ。不思議ね。
その日から魔力の調整や魔法についてカインは学び始めた。魔力調整が出来なければ魔人にはなれない。
カインは初めて使う魔法や魔力の調整に手こずっていたけれど、自分が魔法を使えることを喜んでいて、何度も魔法を試しては自分のものにしようとしている。
吸収は早そうね。
ひと月程経ったこの日、ようやくガロンから合格が貰えたので私は魔人になる最後の工程に取り掛かることにした。
「カイン、魔人に今からなっていくけれど、もう後戻りは出来ないわよ? それでも構わないの?」
カインは真面目な顔で頷く。ガロンもこの時ばかりは口を挟む気はないようだ。
「では、この種を額に付けなさい」
カインが種を見て眉を顰める。
「これは、聖魔獣の種ですか?」
「ふふっ。似ているけれど、違うわ。それの上位互換といった所かしら? 聖魔人の種よ。獣になんかならないわ。カインの体内には私の血が流れているから魔の方に傾くの。聖人の方が良かったかしら?」
「エキドナ様とお揃いが良いです」
「今は私の血で蒼眼に薄い茶色の髪に変化しているけれど、魔人となればカインの持つ魂の色に合わせて変化するわ。魔人になれる程の魔力も充分にある。さぁ、額に付けなさい。
ガロン、分かっているわね?」
ガロンは頷く。
カインは私から受け取った種をそっと額に押し当てた。すると、種はすぐに根を幾重にも伸ばして体内の魔力に反応するように赤黒い光を放ち始めた。
ドクンッ、ドクンッ。
赤黒い光は段々と脈打ちはじめ体内の魔力が反応している。
「……グッ」
カインは苦悶の表情に変わり、体内で起こり始めた変化と魔力に耐えきれず、膝を突いた。
私の魔力と種の力がカインの体内を暴走し、彼の体から魔力が漏れ始めた。
カインの全身から漏れ出る魔力を外へ出さないように私は自分の魔力をカインに纏わせた上で結界を作り、暴走を全力で抑えに掛かる。
ガロンはその外側からさらに結界でカインを包みこんだ。
カインからで溢れ出た魔力は結界により行き場を無くし、カインの体内に戻ろうとする。
カインにとっては魔力に体が焼かれるような痛みが襲い、とても苦しい時間だが、こればかりは仕方がない。
頑張ってもらうしかない。
「エ、キドナ様、魔力が、溢れてきます」
「そうね。魔人は力も魔力も格段にあがるの。このまま外に魔力を放出させると森が消滅してしまうわ。なるべく放出せずに取り込んでちょうだい。取り込んだ分、カインは強くなるのよ。ふふっ、頑張って?」
カインは暴れ出す魔力を必死に取り込もうと耐えている。
数時間は経っただろうか。私とガロンは全力で抑えていたがカインの溢れる魔力が少しずつ減ってきたようだ。
「エイシャ様、もう少しですぞ」
ガロンの声に気付く。カインは急激に魔力を取り込む力が増すと同時に体外へと溢れてきた魔力が無くなっていく。私とガロンは魔法を解いて座り込んだ。
「ふぅ。疲れたわ。こんなに疲れる事をしたのはいつぶりかしら?」
「エキドナ様がこの家でお嬢様を鍛えていた時、以来ではないですかな」
「ふふっ。そうかもね」
私はガロンが用意した椅子に座り、お茶を飲みながらカインを見ていると、カインの体内で荒れ狂っていた魔力が今は凪いでいる。
髪の色は薄い茶色から漆黒の色に戻っていた。カインの瞼がゆっくりと開かられ、黒の瞳が私を見つけた。
「おはよう、カイン。目覚めの気分はどうかしら?」
「おはようございます。気分はすこぶる悪いです」
「ふふっ。その調子なら大丈夫そうね。改めておめでとう」
「ありがとうございます。エイシャ様」
カインは執事のような仕草で一礼をした。