ロード国の姫
朝の清々しい空気の中、小鳥の囀りを聴きながら優雅にお茶をしていると、玄関扉をノックする音が聞こえる。
「はあい」
返事をしてから立ち上がり、棚に置いてあるレースアイマスクを着けてから、扉を開ける。
扉の向こうには二十代前半だろうか?
そこには若く、凛々しい姿の一人の騎士が立っていた。
「魔女エキドナ様の家であっているか?」
「ええ、そうよ。立ち話もなんだから中へどうぞ。そこに座って。今、お茶を淹れるわ」
私は彼を部屋の中に招き入れ、部屋の真ん中にある椅子へ座らせる。
彼は緊張した面持ちで椅子に座り、何かがあるのではないかと警戒する視線を向けながら部屋のあちこちを見ているわ。
そして私の足に視線が向き、動きが止まる。
「ふふっ。私の足が気になるの?」
お茶を淹れてどうぞとテーブルに置くと彼は触れてはいけないと思っているのか彼は足から視線を逸らし、黙ったままお茶に口を付けた。
「さて、ここに来るって事は私に何かご用事かしら?」
「私、ロード国騎士団の副官をしているライアンといいます。実は先日、我が国の王女様が倒れたきりのまま目を覚さないのです。エキドナ様に診ていただきたくてやってきました」
「ふうん、興味無いわ。聖女に診せればいいんじゃない?」
私はそう言うとテーブルを挟んでライアンの向かいに座り、にこりと微笑う。
「いえ、聖女様や王宮魔法使い、治癒師達には既に診てもらったのです。ですが、王女様は目を覚す気配は無く、こうしてエキドナ様にお願いに上がったのです」
ライアンは断られると思っていなかったのか少し困ったように眉を下げている。
「ふうん、それを聞いても興味ないわ。だって私には何の利益も無いもの。対価があれば考えてもいいわ」
私はテーブルに肘をついてカップを包むように両手に持ち、笑みを浮かべながらお茶を飲む。
「対価、ですか。これはどうでしょうか?」
ライアンは思い出したように腰から下げていた革袋を外し、机の上に置いた。彼が差し出したのは金貨が入った袋だった。
「要らないわ。だって国が変わったら使えなくなるもの。お金にも困っていないし。魔獣の素材を持って来てくれるなら考えてあげるわ」
「どのような素材が必要ですか?」
私は棚の方を見ながら人差し指を曲げると、棚に置いてある水晶がふわりと浮きながら移動し、コトリとテーブルの上に乗った。
水晶に手を翳して魔力を注ぎ視る。
「そうねぇ、対価を含めてドラゴンハートにラミアの涙、虹の花を持ってきて。あと、ポイズンスパイダーを一匹。ドラゴンはどの種類でも良いわ。素材が集まったらまた来てちょうだい」
ライアンは眉間に皺を寄せていたわ。人間たちにとってはどれも一筋縄ではいかない素材なのだろう。
彼は素材を得る方法を思案した後、私の出したお茶を一気に飲み干して『わかりました。失礼します』と足早に戻ってって行ったけれど、大丈夫かしら?
思い詰めないといいのだけれど、どうかしらね。
私にすれば彼のような様子の人間はいつもの事なので気にもとめなかったけれど。
さて彼が再び来るまで家の横にある薬草畑で精を出すわ。
魔女だからって畑仕事は怠らないものよ。
半月ほどした頃、ライアンがまた我が家を訪ねて来た。
私は前回と同じように彼を家に招き入れ、椅子に座らせた。
「魔女エキドナ様、対価をお持ちしました。是非、王女様を診ていただきたい」
前回の彼とは雰囲気も様相もちがっていた。
ライアンの頬は少し痩せていて右目は眼帯をしており、額から左頬まで魔獣にやられたような傷がある。そして左手の指も欠損しているようだった。
「……あらあら。まぁ、座りなさい。そんなになるまで頑張っちゃって。仕方のない子ね。王女様は貴方の何かしらね? 聖女は治してくれなかったの?」
ライアンは自分の身を気にするより、魔女に早く王女を診て欲しかったのかしら?
人間て表情が豊よね。私の言葉でライアンの眉間に皺がよっている。毎回私の言葉で皺がよるのね。
ふふっ。なんだか面白い反応だわ。
「……診ていただきましたが、今代の聖女様は身体の欠損や深い傷は治癒できないそうです」
「あらあら、使えない聖女ちゃんね。勿体無いわ、貴方はとても素敵な顔をしているのに」
私はテーブルを横に除けるとスッと立ち上がり、ライアンの膝の上に座ってライアンの頬を手で挟み、失った目をレースアイマスク越しに覗き込む。
彼は驚いたようにジッと固まったままだ。
睫毛が長く顔はとても整っているわね。ライアンの目鼻立ちの良さからしてこのまま騎士を辞めても女の子たちの取り合いになりそうね。
私はそのまま顔を近づけ、ライアンにゆっくりと口づけする。
そのままライアンの口を深く舐めとりながら魔法を使い、棚にある瓶を一つ手元に寄せ、魔法円が仕組まれた小さなガラス玉を瓶から取り出した。
私はそのガラス玉をライアンの眼球に入れ、魔力を流していく。暫くすると、ガラス玉はぼんやりと脈打つように光りながら膨らみはじめた。
ライアンはまだ自分の目に何が起こっているのかは分かっていないようだ。
最初は混乱しながら私を身体から離すように押しのけようとしていたが、段々と抵抗しなくなってくる。
「ま、魔女様……」
「ふふっ、ライアン。そのまま動かないでね」
私は不敵な笑顔で立ち上がると浮遊魔法でライアンを浮かせながらベッドへ運び、そっと寝かせる。
『そのまま寝ていなさい』と声を出すと、彼は抵抗することもなく目を閉じて静かに眠り始めた。
寝ている間に彼の新しい眼球は定着する。後は指の欠損ね。ノームの粉に魔法液を混ぜながら捏ね、指の形を作ると、ライアンの欠損部分にくっ付けて魔法を唱える。
額の傷はどうしようかしら?
そのままで良さそうね。腕の良い治療師が何度も魔法を使えば消えるんじゃないかしら?
そんな事を考えつつ、王女の目を覚ます物を作る。棚に置いてある水晶に魔力を通して現在の王女の容態を確認すると、視た感じでは既に王女の心は半分くらい既に食べられているようだ。
このまま放っておけばそのまま死ぬわね。
それはそれで見ていて楽しいけれど、依頼はしっかりとこなさなければいけない。
私は虹の花を魔法で粉砕し大きな鉢に入れ、魔法で出した水とラミアの涙を混ぜこんでいく。
呪文を唱え、浮かび上がった魔法円の中心にドラゴンハートを置き、先程混ぜ込んだ物を魔力と少しずつ馴染ませながらドラゴンハートの中に移していく。
……出来たわ。
完成品を箱にしまい、後はライアンが目を覚すまで待つだけね。
そこからライアンは一時間しないうちに瞼がゆっくりと開いた。
「ライアン、おはよう。目覚めはどう?」
「エキドナ様、すみません。いつの間にか寝てしまいました」
ライアンは私の声を聞くと、ここが何処なのかを思い出したようで慌てたようにベッドから飛び起きた。
「大丈夫よ、寝かせたのは私だから。それより、目は馴染んだかしら?」
ライアンは私に言われてはじめて気付いたらしく、右目を何度も瞬きさせた後、両手を眺めて驚いている。
「エ、エキドナ様。見えます。しっかりと見えています。そして左指が、あります!」
「そうね、正確には義眼と義指よ。本来の指と変わらない動きが出来るけれど、聖女の解呪は避けて。指も目も取れちゃうからね?」
「分かりました」
「このポイズンスパイダーの粉を王女の部屋の天井に向けて撒きなさい。そこに魔獣が隠れているはずよ。あと、これは『心の欠片』よ。これで王女は目を覚すわ。魔獣を倒した後に使いなさい」
準備しておいた箱をテーブルの上に置き、私はその場でポイズンスパイダーを魔法で粉状にして瓶に詰める。
「毒だから撒くときに周りにも気をつける事。注意はしたわよ」
「ありがとうございます」
ライアンは深々と頭を下げてお城に戻って行った。
さて、仕事も終わったし、お風呂に入るわ。
私は余った虹の花を瓶に詰めた後、風呂場へ向かう。今日も魔女のお仕事よく頑張ったわ。