カイン視点2
それから三ヵ月程経っただろうか。
久々に魔女の森に誰かがやってきた。俺はいつものように扉を開けると、そこには懐かしい顔ぶれがあった。
宰相が俺の顔をみて安堵している。
「お迎えに参りました」
俺はずっとここに居たい。王族唯一の生き残りで王子である俺が国王になる事をみんなが望んでいることを理解はしている。
だが、エキドナ様の側を離れたくない。帰るつもりは無いと告げるが駄目だった。
俺はやはりエキドナ様に何とも思われていなかったのだろうか。
「あら、それは駄目よ? そこの宰相様は必死で貴方の為に動いていたのよ。とりあえず、国に帰りなさいな。貴方にはそのネックレスがあるでしょう? 大丈夫よ。ガロン、貴方は当分カインに付いて補佐をしなさいな」
一瞬、暗い気持ちになったが、エキドナ様の言葉に胸が熱くなり、ネックレスに手を触れる。
エキドナ様が俺のためだけに作ってくれた特製ネックレス。
これを着けていればいつだって迷わずにこの家に帰れるんだ。
エキドナ様はいつでも帰ってきていいと。
そうだな、俺にはまだやらなけいけないことが沢山ある。
……俺は必ずここに戻ってくる。
俺はそう心に誓い荷物を纏めていく。ガロンも一緒に来てくれるらしい。
あぁ、やはり俺は捨てられていないんだな。
ここは俺の帰る場所。今は少し離れるだけだ。
エキドナ様にしばしの別れの挨拶をすると、エキドナ様は頬にキスをしてくれた。
そして耳元で
「全てをやり終えた時に迎えに行ってあげるわ。それまで頑張りなさい」
そう囁いていた。
彼女が俺を迎えに来くる。
その言葉が俺の心の闇を照らす一筋の光のようにも思えた。
それから宰相と共に国に帰り、国を繁栄させるべく働いた。
貴族たちの願い通り正妃と側妃二人を娶り、翌年には二人の王子が生まれた。
その三年後には王女二人と王子が一人。国を将来支える子供が生まれ、国も安定した時、ガロンは森に戻ると言って帰っていった。
ずっと側にいて、俺を叱咤激励し、正しい方向に導いてくれた少し小言の多いガロンだったが居なくなると、途端に孤独感に苛まれた。だが、子供達もすくすくと育っていく様子を見てこれで良かったのかとも思う。
そういえば昔の話を宰相としていた時、宰相が言っていたが、俺を迎えにいくために謀叛を起こした貴族達を捕縛し、その場で全員処刑したのはエキドナ様だと言っていた。
俺に何も言わない事が優しさだと思ったのだろうか。俺の身を案じ、国に帰す為に行ったと思うと嬉しく思う。
時は過ぎ、子供達が成長し、国王を譲る事になった。側で支えてくれていた正妃も亡くなり、側妃二人も亡くなった。
俺の寿命も残り僅かなようだ。
ここ数日、ベッドから起き上がる事も許されない。息子たちは心配して誰かしら交代しながら俺の部屋に居る。
……あぁ、最後にエキドナ様に会いたい。
すると、俺の希望を叶えるように目の前に淡い光と共に彼女は現れた。
「カイン、迎えに来てあげたわよ」
エキドナ様は俺の記憶のままの若い姿だった。ああ、これは夢だろうか。最後に俺の夢を神は叶えてくれたのか。
「……エキドナ様。俺は貴女の側にずっと居たかった。全ての事をやり終えました。もう残す物はありません」
エキドナ様はふふっと微笑みながら血管が浮き皺になった俺の手を取る。
部屋にいた息子は突然のことに何事かと驚いている。
「父上から離れろ」
息子のサーバルはエキドナ様を警戒するように柄に手をかけている。
「サーバルよ、良いのだ。ワシは保って残り数日の命。このままエキドナ様と一緒に行かせておくれ。ワシは今、ここで亡くなった事にしてくれ。最後の願いだ」
息子は苦悶の表情を浮かべていたが、残り僅かな命と知っていたため納得してくれたようだ。
「ふふっ。貴方はサーバルと言うのね。カインにそっくりだわ。父のように賢王を目指しなさいな。カイン、行きましょうか。じゃあねサーバル。さよなら」
俺はエキドナ様に手を取られそのまま転移した。
帰りたかったこの家に。
やっと帰ってきた。
俺は今人生で一番幸せを感じている。