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7 出発準備

 八体分の解体を済ませている間に更に七体の森狼(アッドラ)追加(おかわり)があった。さっきと同じように『水の檻珠よ(ウィ・ラード)』であっさりと片付けた私は、計十五体分の毛皮と牙を手にホクホク顔で冒険者組合へと戻った。


 これは正直ありがたい臨時収入だ。森狼(アッドラ)の毛皮と牙は単価がそこまで高くないが、量があるためアレンに手間賃を払ってもそれなりの金額になるだろう。

 受付カウンターにいるアンネを見つけ、まずは新たに手に入れた森狼(アッドラ)の素材買取をお願いした。その後、例の依頼を受けつつ今回はアレンとパーティーを組んで挑むことを伝えた。

 今回の依頼の詳細をしっかりと聞いてからカウンターを離れる。そして、既に査定が終わっているはずである荒野ぶんの素材報酬を受け取るために支払い所へ向かう。


 しっかりと適切な処置をして採取していたために報酬の減額はなく、割といい値段で売れた。その間に追加分の査定も終わったらしく、そちらの金も受け取る。顔だけでなく懐もほくほくである。

 もう一度言う。ほくほくである。

 私は上機嫌になりながら、組合内で待たせているアレンの元へと向かった。


 少し探すと彼の姿はすぐに見つかる。どうやら掲示板に貼り付けられている書類を流し見て暇を潰していたようだ。

 ほう、驚いた。村出身だと言っていたが、アレンは文字が読めるのか。

 一般的な村だと子どもも立派な働き手のひとつである。幼い頃から家業を手伝うか、何かの職人や商人の元へ見習いとして奉公に出るのが普通だ。

 書類のやり取りが必要な村長や一部の村民程度しか読み書きはできない筈である。この男の気質として元商人という線は薄いだろうし、どこぞで習う機会でもあったのであろう。

 私は彼のことを少し見直しながら近付く。気配でも感じ取ったのか、アレンがこちらに顔を向けた。


「おっさん!」

「すまん、待たせたな。ほら、お前の取り分だ」


 そう言って金の入った革袋を渡す。ジャラジャラとした金が擦れるときの特有の音が鳴る。


森狼(アッドラ)五体として、小銀貨四枚に大銅貨七、中銅貨三、小銅貨十四枚だ。明細も中に入ってる。お前が腹を切り裂いたやつは皮に余計な切り傷が入ったんで、少し値が下がっている。それは理解してくれ」


 仮に夫婦で暮らしたとして十日分以上の食費にもなる金を突然渡され、アレンは戸惑いの表情を浮かべる。視線が革袋と私の顔を行ったり来たりする。まだ新人のようだし、無理もないか。


「……いいのかよ。俺、ほとんど何もしてないぞ」

「最初の一体を倒しただろう。それに私の解体も手伝った。途中からは二人で解体したから速度も上がったしな」

「それはそうだけど」

「私が十、お前が五。わかりやすくていいじゃないか。倒したのはほとんど私だが、お前がいなければ解体はこの時間では終わらなかったし、森に行く機会もなかった。それに、しっかりと働いたやつがちゃんと報われないのが嫌なんだよ」

「……すまない」

「気にするな」


 それと、と続ける。


「こういうときは、謝るのではなく礼を言うものだ」

「ああ……助かる、ありがとう」

「いいさ」


 私はアレンが見ていた掲示物の内容をチラリと見ると、出口へと向かう。渡した革袋を懐にしまい、アレンも後ろに続いた。外への扉に手を掛けると、ぐっと力を込めた。キィイギギギィギチギチィイィ、と、この世の終わりのような音を発するそれ(・・)をゆっくり開いていく。

 案外この音で建物への出入りを確認しているのかもしれない。そんなことを思いながら、私たち二人は冒険者組合を後にした。




   ◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇




 肉屋で数種類の干し肉と新鮮な兎肉、穴鹿(タルマン)の肉を買う。臨時収入もあったことだし、少しぐらいいい肉を食べてもバチは当たらないだろう。

 他にも野菜やパン、消耗品、ちょっとした(・・・・・・)掘り出し物(・・・・・)などを買い、私はアレンに家に帰る旨を告げた。


「おいおっさん! すぐには向かわないのかよ!」 

「まぁそう()くな。何かの事情があるのは察しているし気持ちはわからんでもないが、(じき)に日が暮れる。私も同居人に話をせねばならん。準備もある。出発は明日だ」

「おっさん結婚してたのか!」

「……何か失礼なことを考えられている気もするが、まあいい。妻ではないさ、昔から面倒を見ている弟子だ。急に決まったことだし、何日も家を開けるというのに無断で出かけるわけにもいかんからな」


 彼は一応は納得したと見え、渋々ながらも了承の意を示す。だが完全にとまでは行かないようで、不満げなのが態度から見て取れた。私が弟子に話を伝えたのならすぐにでも出発したいのであろう。


「どうせだからうちまで来るといい。弟子も冒険者として登録しているし、そのうち一緒の依頼をこなすかもしれん。今のうちに紹介しておこう。ついでに飯でも食っていけ」


 さっき買った肉でも思い出して胃が活発になったのか、アレンの腹から大きな音がなる。私にそれを聞かれたのが不快らしく、嫌そうな顔を隠そうともせずに浮かべながらも、行く、と彼は答えた。


 空が茜色に染まる頃、私たちは家へと辿り着いた。扉を開けて中へと入る。魔結晶(ヒュジ・クリスタ)の粉は既に仕分け終わったのか、テーブルの上に庭の薬草類を大量に広げ、座りながら仕分けていた弟子がこちらを見上げた。一房だけ朱の混じる淡い水色の髪がふわりと揺れる。


「おかえりなさい、お師さま」

「ああただいま、ミリアム。ほら、土産だ」


 買ってきた肉や野菜を台所へと置いていく。普段の買い出しよりも明らかに多いその量に彼女は眉をひそめた。


「また無駄遣いですか」

「荒野の素材が高く売れてな。それとは別に臨時収入もあった。あと、またとはなんだまたとは。食い物は心と体を形作る大事なものだ。大切だろう」

「そういうことを言ってるのではありません。魔粉のこともそうですが、使い(みち)のよくわからない魔具をこれ以上増やさないでください」

「お前が理解できないだけだ。あれはあれでいい研究材料になるのだよ。それに私の趣味にあまり口を挟まんでくれ」

「……まあいいです。ところで、そちらは?」


 彼女は家の中に入ったまま入り口で所在なさげに立っているアレンを見つめ、微かに首を傾げる。あぁ、すっかり忘れてたな。


「彼はアレン。新人冒険者で、次の依頼を一緒にこなすことになった。明日、現地に()つ。それと、またしばらく留守にする」


 情報を端的に伝えた。アレン側にも彼女のことを教える。


「彼女はミリアム。私の弟子で、お前と同じく冒険者でもあるが本業も私と同じ理術師だ。位階は『二つ杖(クロス)』。魔術もそれなりに使うし、お前よりもかなり強い」


 その言葉にギョッとするアレンを放置し、今夜の食事は彼のぶんも用意するようミリアムに伝えると、私は自室へと向かった。

 手早く荷物を下ろして部屋着に着替え居間に戻る。すると早速夕食の準備に取り掛かろうとしている弟子、そしてどうしていいかわからない風にしているアレンが目に入った。テーブルの上に広がっていた薬草類は端の方へと寄せられている。

 私は椅子に腰掛け、薬草類を再び広げながら、彼も向かい側に座るよう促した。


「すまんが手伝ってくれ。飯が出来るまで、どうせやることもないだろう。なに、難しいことはないさ。仕分けとちょっとした処置だけだ」

「まぁいいけど」

「それと、ミリアムの飯はうまいぞ。働いたあとなら、尚更だ」


 ニヤッと笑いながら言うと、アレンはおとなしく座った。彼に薬草類の見分け方、処置の仕方などを教え、二人とも無言で黙々と作業に入る。

 台所で料理をする音と仕分けの音が部屋の中に響く。私はこういった時間が嫌いではない。しばらく作業をしていると、アレンが静かに話しかけてきた。


「なあ、おっさん」

「何だ」

「彼女、その、ミリアム、ってさ。おっさんのところに来てからどれくらい経つんだ……?」

「そうだな……もう八年程になるかな。色々あって彼女の身を引き取り、私が面倒を見ている」

「八年か……長いな……」

「ああ。だが、過ごしてみればあっという間だ」

「ミリアムが強いのは、長い間おっさんに鍛えられたからか?」

「そうだ。と言いたいが、それも彼女の努力があってのものだ。必死に足掻き、結果を出そうとしている。あんな見た目をして、(がん)として譲らんところは譲らんのだ」

「そうか……」

「そうだ」


 アレンは言葉を止め、私もまた口を開かない。植物の擦れる音と、鍋の中でふつふつと湯が湧く音が耳に残る。作業の手を止めず、彼が口を開く。


「おっさん。俺は弱い」

「ああ、知っている」

「……強く、なれるかな」

「お前次第だ」

「……そうか」

「そうだ」


 それからミリアムから夕食が出来たと告げられるまで、私たちの間に会話はなかった。けれど、不思議と嫌に感じはしなかった。 

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