5 冒険者組合
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老婆の金切り声のような音を立てて軋む扉を開く。さっさと直せばいいものを。予算がないのか。世知辛いことだ。
昼過ぎという中途半端な時間帯ということもあり、冒険者組合の中は比較的空いていた。駆け出しの新人はなるべく割のいい依頼を得ようと朝早くから押し寄せるし、それなりに慣れている者はのんびりと朝食を済ませたあと余裕を持ってやって来るからだ。逆に夕方過ぎになれば、完了報告や翌日以降の下調べでごった返すことになる。
冒険者組合は少なくともこの国では欠かすことのできない存在である。圧倒的人数と様々な質の人員を登録者として抱え、それぞれの組合員へ適切と思われる仕事の斡旋、紹介、アフターケアなどを行っている。様々な素材の買取や狩った獲物の解体などもだ。まぁそちらは多少の手数料は取られるが。
依頼内容は子守や街の掃除に始まり、行商人の護衛や遺跡の調査、貴重な植物の採取や指定された獣の特定部位提出、果ては害獣や魔物の討伐なんてものまである。早い話が何でも屋だ。
かつて『無限の富を産む』と言われるほどダンジョンが隆盛を誇っていた時代はダンジョン内部でしか採れない素材を得るために危険極まりない依頼も多数あったのだが、ほとんどのダンジョンが活動を停止した今ではその頃よりも平和なものである。『冒険者』の名に相応しい力を示す機会は減ったものの、少なくとも理不尽に命を散らすような羽目になることもだいぶ減った。
適性や実績などに応じて紹介される依頼は変わり、冒険者組合がその個人に対して受注を制限する規則はない。冒険者組合としては、あくまで仕事を依頼として紹介するだけ。あとは自己責任、というわけである。もちろん依頼主からの事前聞き取りや調査、終わったあとの金銭受け渡しまで責任を持ってしっかりと行なってくれているので、私としては文句はない。
理術師協会にとっての位階のような明確なランク付けは無く、せいぜい駆け出し、新人、中堅、ベテランといった程度。あとは理術師協会の場合とは意味合いが違うが、とある首飾りを渡している。
小指ほどの大きさの金属で出来ていて、これはどうやら特殊な合金らしい。紋様のような溝がきれいに掘られており、そこに塗料が塗られている。詳しくは知らないが、これも特殊なもののようだ。
この溝や塗料は冒険者自身が所属している地区を示し、所属している場所が変われば紋様も変わる。そのため、冒険者が何らかの事情で所属地区を変更する場合、該当者は組合へと所属地区変更の届け出を申し出る義務が課せられていた。
この首飾りに掘られている紋様は個人を特定するようなものではない。しかし冒険者組合へと所属していること自体はわかるため、己の身分を示すものとして一定の効果を上げていた。街の出入りをする際に門番へ見せることが多いであろうか。理術師組合の首飾りと同じく、提携店舗で見せると割引などしてくれる所もあり、そちらも便利である。
「アンネは……いないか」
いつもわたわたとして妙に余裕のない受付嬢の姿を探すも見当たらない。今日は休みかな、と思いながらも受付カウンターを目指し歩いていく。三つある受付のうち、右端内側に見知った姿があるのを見つけ、声を掛けた。
「やあグレゴリオ、こんにちは」
神経質そうな顔をチラリとこちらに向け、返事を返す。
「おや、あなたですか。いらっしゃいませ。本日は何用で」
何やら書き物をしていた手を止め、軽く下がっていた眼鏡を中指で押し上げる。少し赤くなった鼻をすすり、しっかりと向き合った。
「風邪かね?」
「いやそういうわけではないんですがね。毎年この季節はどうも……」
そう言って曖昧に笑う。生まれ持った体質のせいなのか、草が芽吹き花が咲く季節になるとこうして鼻水や涙をこらえるものが一定数出る。個人差はあるが苦しいことに変わりはなく、人によっては「死んだほうがましだ、むしろいっそ殺してくれ!」などと文字通り涙ながらに訴える者もいるぐらいだ。それと比べると、彼の症状はまだ軽いようだ。
「大変そうだな。薬はいるかね?」
「いえ、おかまいなく。それで今日はどういったご用件で」
「ああ、ニドの街方面へ行っていたのでね。帰還の報告と、常設依頼の消化報告というわけさ」
背負袋から荒野で得た成果を取り出し、カウンター上に並べていく。『あいつ』に会うためにわざわざあんな場所まで行ったのは確かだが、それだけですごすごと帰ってきたわけではない。行きに帰りにと私を捕食しようと容赦なく襲ってきた外敵たちを何度も何度も返り討ちにし、その中でも高値で取引されているもの、かさばらないものを中心にいくつも剥ぎ取り、持ち帰ってきた。失った魔結晶の(正確にはその代金の)足しに少しでもなればいいと思う。何度も言うが、我が家の家計を預かる私の弟子は怒ると怖いのだ。
「飛喰鮫の突牙二十六本と砂喰いモグラの爪が三対、硬殻鼠の尻尾四つに火吹き蠍の毒尾と毒腺一つ……それに宵月花ですか。凄いですね。泣き叫ぶ遺骸の舌まである」
「なに、宵月花については運が良かっただけだ」
「今回も素材の処理はしっかりとされてますし、いつも助かってます。それにしても泣き叫ぶ遺骸なんてよく倒せましたね」
「ちょっとしたコツがあるのさ。これでも理術師だし、それなりに長く生きてるんでね」
私がそう嘯くと、彼はなるほど、と言いながら手元の用紙に手早く記入をして私へと手渡した。たいして時間を掛けたわけでもないのに、用紙には乱れのない字で提出した素材の名前と個数、そして番号が書かれている。会話をしながらも仕事の手は止めない。職員の鑑だな。アンネにも見習わせたいものだ。
「受取表はこちらになります。少ししてから支払い所で報酬をお受け取りください」
「ああ、わかった」
素材の買取は受付カウンターで職員と提出者の両名で確認をしたあと、事情がある場合を除き、別室にて報酬が支払われる。これは周囲の目がある場所で金銭を不必要に晒すことで起こる様々なトラブルを未然に防止するためである。
素材自体が盗み見られる程度ならまだ大丈夫だが、手渡される金額が高額であればあるほど不埒なことを考える輩がどうしても増える。眼前にチラつく大金の魔力に逆らえない者は多い。
また、別室で受け渡す事情は他にもある。受付の職員に提出された素材は組合に引き取られ、奥にいる買取専門の職員の手によって品質が確認される。
適切な処理はされているか。劣化してはいないか。そもそもこれは本物なのか。そういったことを確認され、最終的な金額が決定する。
ただ切り取り持ってくればいいものもあるし、特殊な方法で剥ぎ取ったり採取しなければならないものもある。素材を手にしたあとの保存方法や運搬方法で劣化する場合もある。そもそも依頼主の意向を勘違いをして完了報告をすることもあり得る。おしゃれなコートを作ろうと毛皮を欲しがっているのに、バラバラの細切れになった元毛皮に金を払う奇特な依頼主などいないのだ。
そうして様々な条件を金額に加味された素材は、品質が一定以上ならば所定の金額で取引される。もちろん高品質ならば大幅なプラスも考えられるが、逆ならばどうしてもトラブルになる。
何故減額されたのか。それが納得できたのならば何も問題はないが、不満であったりゴネれば何とかなるのではないか、そう思うものもいる。
そういった自体に発展したとき、事情を説明したり折り合いをつけたり、場合によっては話し合いをするためには組合としても個室のほうが都合がいい、というわけである。
はたして今回は如何ほどの値が付くのか。街にほど近い浅部とはいえ荒野の素材は金になる。軽い皮算用をし、今晩の食事は一品多くするのもいいかもしれない、などと詮無いことを考える。実際に増えるかはさておき、なぁに考えるだけならタダだ。
そしてはたと頼み事を思い出し、グレゴリオにそれをお願いしてからカウンターを離れた。
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
「……ん?」
私は換金までの待ち時間を露天商の雑貨屋巡りと屋台での遅い昼食で潰し、冒険者組合へと戻った。すると何やら騒がしい。どうやら若手の冒険者が受付で揉めているようだ。男の怒鳴り声と泣きそうな女の声が響いている。
「で、ですからぁ、あなたにこの依頼は推奨できないんですぅ……何度も言ってますが、あなたの」
「何でだよ! 別にいいだろうが!」
「……ぅうぅ…っ……、活動を休止しているとはいえ、あの場所が、危険な、場所と、い…いうことには変わりな」
「俺なら大丈夫だ! 問題ない!」
「ひぐっ……でも、でも……、さすがにひとりで…ぐずっ……い、行かせるわけには」
「大丈夫だって言ってるだろっ! それに組合が依頼を制限していいのかよ!!」
「ぐぅぅぅ……、で、ですからぁ、ふぐぅ…お願いという、形で、こ、こうやって」
「入り口を封鎖していれば同じだろうが!! いい加減にしろよ!!」
「ふ、ふぇ……」
うおお、これは酷い。冒険者の出で立ちをした若い男は前のめりになり、相手の言葉に対して被さるように凄まじい剣幕で食って掛かっている。噛みつかれた相手方の涙腺は決壊寸前だ。何とか業務を遂行しようとしているようだが、てんで成果は見られない。むしろ彼女の言葉で男は更に熱くなっているように感じる。
おっといかんいかん。知らない仲でもあるまいし、差し出がましいとは思うが助け舟を出すか。そちらに近付き、口を開いた。
「アンネ」
「あ、あ、あ。た、たそがれさぁぁ〜〜〜ん!!!」
「こら、落ち着きなさい」
「わ、わた、わたし、ふえぇぇ〜〜〜っ!!」
私の姿を目にして感情のたがが外れたのか、目元に浮かんだ涙がどんどんと盛り上がり、ぽろぽろと頬を流れていく。ボブカットにした栗色の髪の下で、本人も気にしている垂れ目がちの瞳がクシャッと崩れた。鼻水も垂れ流しだ。「あ〜〜〜〜!」と意味不明な声にもならない声をあげ、知り合いの受付嬢は号泣した。
その大本の原因となった若い男は私をキッと睨みつけ、こちらに体を向ける。
「何モンだ、おっさん! 部外者は黙ってろ!」
「いやはや、見てられなくてな」
やけに突っかかってくるこの男を前に、さてどうしたものかと私は頭を巡らせた。
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