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【0】いつか、どこかの物語

※こちらの話は20話まで投稿したあとで追加したものになります。既に投稿されている分を読み終えた方も御一読いただけると嬉しいです。

「いつか、私を捕まえてくれ」


 その女は、至極真面目な声色でそう言った。


 鮮やかな血よりもなお紅い二つの瞳で、目の前の男をしっかりと射抜く。

 その髪色も、瞳と同じく目を奪われるような深い赤毛。手入れのよくされているであろう艷やかな髪は、あたたかな暖炉の光で紅玉(ルビー)のように美しくきらめいた。後ろ髪は後方で紐でひとつに纏められ、馬の尻尾が如く腰まで垂れている。

 見目は良く、力強さに美しさという相反する二つの要素が彼女の中で見事に調和している。ある種の凛とした雰囲気があり、それはどこか一級の美術品を思わせた。


 もしかすると、同性ですら熱っぽいため息混じりで、彼女に熱い視線を送るかもしれない。そんな女が、真剣な顔で男に向き合っている。


 女に見つめられ話を向けられた当の本人だが、そこに特段気にした様子はない。どうやら会話内容どころかこの女そのものにも全く興味がないようだ。

 ぐつぐつと美味しそうに煮えている鍋の中身から目を離さず、淀みなくかき混ぜて続けている。辺りには食欲を刺激する香りがふわりと広がっていて、料理がいい頃合いだと教えてくれているようだった。


 男はすっかり慣れてしまった食事の用意をする手を止めることなく、少し遅れて口を開く。


「とうとう酒泥棒でもやったんスか」

「よく言った、バカ弟子。今後は月のない夜には周囲をよくよく警戒することを(すす)める。滑りのいい口を狙った、恐ろしい首刈り悪魔が出ることだろう」

「恐ろしいのは師匠だよ! どこの世界に弟子を殺そうとする師匠がいるんだ!」

「何を馬鹿なことを。ありもしない罪で師をこき下ろす弟子が存在するのと同じぐらい、ありえないことだ」

「あぁ、終わったわ」


 男はぴたりと鍋をかき混ぜる手を止め、頭を抱えて立ったままうなだれた。どの程度までの被害になるのかはわからないが、この師匠はやるときはやる(・・・・・・・)。そういう女だということを長い共同生活の中で身を持って、それこそ十二分に知っているからだ。


 悲壮な空気を漂わせる男の様子には意にも返さず、師匠と呼ばれた女は言葉を続ける。


「とにかくだ。お前にはいつか私を見つけて、捕まえてほしいんだ」


 男は訝しげに眉をひそめる。


「どういうことです? 全く話が見えないんですが」

「なに、念の為だよ。すぐにではないが、しばらく遠出しようと思うのさ。もしかしたらなかなか戻って来ないかもしれない」

「はぁ。修行中の俺をほっぽって旅行ですか。いいゴミ分、じゃなかった、ご身分で」

「はっはっは、何やら悪意の感じる言い回しだが、今は見逃してやろう。ただし、首無狩蔵(くびなしかるぞう)くんに狙われる確率は二倍になったがね」

「神は死んだっ!」


 再び頭を抱えて叫ぶ男に対し、女はニヤリと笑みを浮かべながら言葉を続ける。そこには隠しきれない楽しげな色が多分に含まれている。


「ちょうどいい。遠出ついでに神とやらが死んでいるか確かめてこよう」

「……師匠、何を言ってるんだ?」

「よく聞けバカ弟子。実はな、私の一派には遥か遠い先人たちから連綿と伝えられ、受け継がれてきた疑問と願い、そして想いがあるんだ。私は私の師匠から。私の師匠はそのまた師匠から。その師匠は更にその上の師匠から。ずっと、ずぅーっとそうやって、長きに渡る時の中でもそれらを風化させずに、ただひたすら受け継いできた。知識や力だけじゃなくな」

「俺、それに関してはまだ何も教わってないんスけど」

「当たり前だ、バカ弟子。やっとこさ殻が取れて、まだ杖を許されたばかりの若造に伝えるようなことじゃない。それにお前はただでさえ制御が追いついてないんだ。もっとしっかりとした実力を身につけて杖が六本になったら考えてやるよ。お前ならそこに辿り着けるさ」

「はぁ」


 女は右手で男の頭をスパーン! と振り抜きながら愉快そうに笑った。男の首ががくんと右に曲がり、それと共に頭部が勢いよく倒れる。

 男は「お゛っ!」と不思議な声を口から漏らして悶絶した。


「なんだその腑抜けた返事は。私は本気で言ってるんだぞ。お前は少しばかり特殊だし手間もかかるが、己の力の使い方を本気で学んでいる。時間はかかるだろうが、六の座までは行けるさ。あるいはその先にまで『(いた)り』、いつかは私の横に並び立つかもしれない。私はそう期待しているよ」

「……その前に首刈り悪魔に殺されたかと思いましたけどね」

「何を大げさな。首刈り悪魔はこんなもんじゃないぞ、期待していろ。それにちゃんと崩れ落ちないように体を空間固定したし、頭も一定角度よりは深く曲がらないように緩衝領域を設定しておいた」

「また無駄に高度な魔術の使い方を……」


 呆れとも非難ともつかぬ声を無視して、女は続ける。


「私はな、昔から手渡され、ひたすらに託され続け、ある意味では呪いのようにも変化してしまったそれを、終わらせようと思っているんだ。あまり時間も残ってないしな。そのための遠出さ」

「……すぐ行くんですか?」

「そう寂しそうな顔をするな、我が弟子よ。誰かかやらなければ、終わって(・・・・)しまう(・・・)終わらせ(・・・・)ないために(・・・・・)終わらせに(・・・・・)行くんだ(・・・・)。それがたまたま私だっただけさ」

「……」

「それに時間が残ってないのは事実だが、別に今日明日にどうこうというものでもない。お前がもうちょっとマシ(・・)になるまでは一緒にいてやるよ。お前の作るメシは美味いしな」

「……ウス」


 この空気を振り払うかのように女はパンッ! と両の手のひらを打ち付けると、男に食事の用意を続けるよう促した。

 程なく完成した夕食をふたりは平らげ、女はいつものように酒瓶を三本空にして、暖炉の火に当たりながら上機嫌に眠りについた。


 酒瓶を抱えたまま眠る女を見た男は溜息をひとつだけつき、これまたいつものように女を寝室へと運ぶ。女をベッドに叩き込んだあと、慣れた手付きで枕元に設置された木製のサイドテーブルの上に水差しと器、籠に入れた果実を用意して、部屋を後にした。これもいつもの光景だった。


 そうしてから、男は日課にしている魔術の自主訓練を行った。四苦八苦しながらなんとか魔力の波長を変更させようと苦心していると、あっという間に夜は更けていった。




   ◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇




 それから何度も季節が巡った。


 バカ弟子と呼ばれながらも男は師の教えを素直に学び、悪戦苦闘しながら自らの血肉としていった。よく学び、よく食べ、よく笑い、たまには師と喧嘩や言い争いもして、その度に男が吹き飛ばされた。


 男が三本の杖を象った首飾りを許されたとき、師は大層喜んだ。珍しく自分で料理を作ると言い張り、勇ましく腕まくりをして鼻息をふんすと漏らして、ご馳走作りへと取り掛かった。そして一週間分の食料を無駄にしたあと、自らの弟子へと丸投げした。

 結局自分で作るのかよ、とも思ったが、つまりはいつも通りだなと気を取り直し、男はいつもよりも手間をかけたご馳走を師へと振る舞った。もちろん自分でも食べた。手間をかけたおかげか、材料が良かったのか、それとも気持ちの問題か、男にはその日の食事はいつもよりも美味しく感じられた。多く作りすぎた煮込み料理は時間が経つと旨味が増すため、鍋に入れたまま蓋をして放置された。


 ご馳走で腹を満たした女は酒瓶を傾けて器に注ぎながら、男の手にある首飾りを今夜は自分のところへ預けるように言った。どうやら特殊な加護を付与してくれるようだった。

 男が師へと首飾りを渡して感謝の意を伝えると、師からは、これがお前の道を切り開くことを願っているよ、と返ってきた。


 しばらくすると、やはりそのまま眠ってしまった師を抱え、男は寝室のベッドへと師を寝かせた。そしてサイドテーブルにいつもと同じものをひと通り用意し、その横に与えられたばかりの首飾りをゴトリと置いた。

 男は日課の訓練をするために自室へと戻った。




 そして、翌日。




 師匠と呼ばれた女は、台所に置いてあった鍋と共に、弟子のもとから姿を消した。

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