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代償

「「はあ~……」」


 帝都にある冒険者御用達の酒場の一つ。その隅の席で、男2人のやる気のない溜息が聞こえた。……というかオレとレックスだ。


「2人とも、テーブルの上に突っ伏すな。行儀が悪いぞ」


 ロゼッタの呆れた声が頭上から聞こえる。

 もっともな注意だが、重い疲労感が頭を上げるという簡単な動作を拒否する。

 ああ、テーブルの木の匂いがすごい……。


「ごめんちょっと……いや、かなり疲れて「はいはいお2人さーん、邪魔ですよー」


 ゴンッ、ガンッ、と音が続いた。オレとレックスの頭に木製のジョッキが衝突した音だ。


「痛っ!?」「いてえ……」


「ご注文の料理とお酒でーす。起きないと頭の上に置いていきますよー」


 それは困る。


 仕方ないので頑張って上半身を上げると、そこには器用に複数の皿とジョッキを持った酒場の看板娘がいた。


 オレとレックスが避けたことで空いたテーブルに、手早く料理と酒を置いていく。


「それじゃ、ごゆっくり~」


 颯爽と次のテーブルに向かう看板娘さん。

 オレとレックスは今や悪名高い『爆弾魔』と『斬鬼』のコンビなんだが……同業の冒険者にも避けられるくらいなのに、あのひと強いなあ。


 帝都で一番肝が座っているのはあの看板娘さんかもしれない。と、後ろ姿を見送っていると、目の前にずいっとジョッキが現れた。


 ジョッキを持つ腕を辿ると、半眼のロゼッタと目が合う。


「料理が冷めるぞ。ほら、レックスもしゃんとしろ」


「ああ……」


 ぼんやりとした顔のレックスが適当にジョッキを持ち上げる。たっぷりと入った酒が危うく波打った。早くした方が良さそうだ。


 オレも自分のジョッキを持ち上げた。


「それじゃあ、今日も怪我なく生きていることに」


「うむ」


「ああ……」


 乾杯。ゴッ、と3つのジョッキが鳴る。

 そのまま、オレは大きく一口煽った。


 ジョッキに入っているのはビールっぽい酒だ。店のオリジナルでいくつか香辛料を混ぜているらしく、ピリッとした刺激と少し薬のような苦さがある。

 初めて飲んだときには独特の味に震えたが、慣れるとイケる。体が温まっていくような感覚が嫌いじゃない。――今日みたいな雨の日は特に。


 そう。今日は、というかここ数日はずっと雨だ。耳を澄ませば店の外からは雨の音が聞こえる。

 おかげでレックスがほぼ使い物にならない状態だ。


「……酒が美味い……」


 レックスはいつもとは正反対の、覇気のない声でぼそりと呟いた。


 日頃は世界に反逆するように逆立っている赤い髪も、今は雨に濡れてしんなりと顔に張り付いている。

 強気な笑みが似合う唇も今は大人しい。


 レックスは雨に濡れるとテンションが急降下し、180度性格が変わってしまったようになるという、よく分からない特性を持っている。


 髪が濡れるのが嫌だとか何だとか? 水が嫌いな野生動物みたいだ。まあ、レックスは年の半分を野外で過ごしているので、ほとんど野生に生きていると言ってもいいかもしれないけど。


 とりあえず、レックスのテンションが低いのはそんな理由だ。そしてもちろん、オレが疲労しているのに天気は関係ない。


 オレが疲れているのは……大元の原因を言えば『敵を作り過ぎた』から、ということになるだろうか。


 知り合った子供たちのために裏の組織を潰して、さらに知らない子たちを助けるために関係する組織を強襲して回った。

 ……助けられた子も、助けられなかった子もいる。それでも全力を尽くした。


 ただ、おかげで『爆弾魔』は危険人物という認識がすっかり広がって、さらに泊まっている宿には毎日のように暗殺者が遊びに来るようになった。

 今までの行動に後悔はないけれど、とても困ってはいる。目立つ外見ゆえに『人違いです』という言い訳もできない。


 いくら返り討ちにしても、次から次へと敵は湧いてくる。魔力を感じる能力のおかげで睡眠中だろうと敵の接近には気が付き、一方的に先手を取れるので負けはないが……それでも連日の睡眠不足は順調にオレの体力を削っている。


 ぶっちゃけ、今も超眠い。


 レックスも同じように命を狙われているようだが、雨に濡れてテンションが低かろうと、レックス本人の戦闘力は変わらない。好戦的か厭戦的かの違いだけだ。


 尋常ではない魔力を持つレックスは、オレと比べるのも馬鹿らしいほどの体力と回復力を持っている。

 やばいのは……徐々に追い詰められているのはオレ一人だ。


 どうにかする必要がある。


「まったく、そんなに疲れているなら私の泊っている宿に移ればいいものを……」


 ロゼッタがじっとりとした目を向けてくる。空色の綺麗な目が、今は不機嫌そうに細められていた。

 最近はよく向けられる眼だ。


「ロゼッタの宿は料金が高いからなあ……」


「そのぶん安全だ。それに近くにいれば、私が手を貸すことができる」


 ロゼッタの真剣な表情に、オレは苦笑するしかない。


 最近のロゼッタは少し不機嫌だ。それは、オレとレックスが一連の騒動でロゼッタを一切巻き込まなかったから。


 まあ、オレとレックスが、というよりは、“オレ”が意識的にロゼッタを仲間外れにした。


 理由は……なんとなく、だ。


 なんとなく、ロゼッタが人を斬る姿を見たくなかった。


 もちろん、ロゼッタだって人間と戦ったことはある。この世界はあまり優しくなくて、町の外には魔物の他に野盗なんかもいる。

 厳しい環境では、人は善性だけを発揮できない。

 冒険者が相手をするのは真面目に生きる民の敵であり、それは魔物だけじゃない。


 だから、ロゼッタにしてみれば無用な気遣いだ。そのために不機嫌さを隠すこともない。

 実際、ロゼッタに助けを求めれば、オレは今日ぐっすりと眠れることだろう。


 ……だけどまあ、それでも、嫌なもの嫌、というのがオレの感情だ。


 冷静に判断するなら、オレより圧倒的に強く、戦闘のプロであるロゼッタに頼らない、なんていうのはただの馬鹿の行動だとは思う。


 思うけれど……薄々気が付いていたが、どうやらオレは馬鹿のようだった。なので仕方ない。


 ロゼッタに頼らず、自分も死なない選択をしよう。


「宿を変える前に、この国から出ようと思ってるよ」


「む」


 小さく唸ってロゼッタが止まった。


「少し寝る場所を変えたところで、根本的な解決はできないからさ。それに、このままだと他の人にも迷惑がかかる」


 少し前にはディーンとリィーンを人質にしようとする敵もいた。

 そいつとお仲間はレックスと一緒に見せしめに派手に潰したので、それからは静かだが。


 とはいえ、オレがこの国にいる限り、オレの知り合いが危険に晒されることに違いはない。

 仮にオレが敵の立場だったら、オレだって人質を取ることを考える。当然だ。


 そして、敵を全滅させるのは無理だ。オレとレックスが潰せたのは、変な言い方だが『裏の表層』だけでしかない。


 情報屋に頼っても手が届かない場所がある。何の権力もない外国人であるオレに、全ての闇を暴くのは不可能だ。

 個人の力には限界がある。それは身に染みた。


 だからこれで撤退だ。


 無茶をした意味はあった。犯罪を実行する人間を排除したことで、帝都の治安は良くなっている。

 それは根を残したまま雑草を刈ったようなものかもしれないけど、それでもやらないよりは何倍もマシなはずだ。

 あとはいまいち信用できない為政者と、働き者の衛兵たちに任せたいと思う。


「……行き先は決まっているのか?」


 ロゼッタがジョッキで口元を隠しながら聞いてきた。眉は八の字に曲がっている。

 オレも、長く過ごした帝都と、この2人から離れるのは寂しい。……いや、マジで、切実に。オレ、この世界で身寄りないし。


 未だにこの世界の常識は足りないし、体は弱いままだし、頼れる相手は片手で数えられるくらいだし、他の土地のことなんて伝聞でしか知らないし、一緒に酒を呑める友人なんてこの2人しかいない。

 不安を上げればキリがない。


 けれど、そんな弱音は酒と一緒に飲み込んだ。


「とりあえず、南にある都市国家群に行くつもりだよ。一番の候補は船で行けるっていう自由貿易都市ってところ」


 都市の名前は『リリアナ』という可愛らしいものだ。由来は初代の都市代表の名前らしい。

 大河に面した大都市で、帝都から船の出る地域まで移動すれば一番安くて速く行ける。


 この都市を選んだ理由は“貴族”がいないからだ。都市の代表は4人いるが、それは血筋で決まるものではなく、単純に商売で稼いだ額のトップから4人が選ばれる。


 産まれも、歳も、性別も一切関係なく、稼いだ者が上に立つ。

 良い面ばかりではないかもしれなが、それでも長い年月をかけて腐った貴族制よりは魅力的に映った。


 そういうことで、お引越しだ。


 オレの言葉に、レックスは聞いているのかいないのか、ぼんやりとジョッキの中身を見つめ、ロゼッタの方は何やら難しい顔をしている。


 口を開いたのはロゼッタだ。


「出発はいつの予定だ?」


「数日中に。どうせ荷物なんかないからね」


 大事なモノは自分の命と魔道具くらいなものだ。身軽なのは冒険者の寂しさであり特権。旅に出る準備はいつだって出来ている。


「そうか……ふむ……」


 ロゼッタが軽く俯き、表情が見えなくなった。と、思ったらすぐに顔を上げた。……何か目力がすごい?


「ちょうどいい。私も見聞を広げるために活動場所を変えようと思っていたところだ。場所は決めていなかったが、都市国家群というのもいいだろう。うむ」


 これは予想外。ロゼッタも帝都から出るつもりだったらしい。今まで話題を出さなかったのは、オレとレックスに気を遣ってくれていたんだろうか。


 とりあえず超嬉しい。


「そうなんだ! じゃあ一緒に行く?」


「うむ。目的地が同じなら固まった方が安全だ」


 一人旅の予定が2人になった。異郷の地に向かうのに、気軽に話せる相手がいるのは心強い。


 かなり向上した気分のままで、未だにテンションの低いレックスに視線を向ける。


「レックスは? 良かったら一緒に行かない?」


 力のない赤い目がオレを見る。


「……いや……俺はもう少しここにいる……」


「そっか……。それじゃあしばらくお別れだ」


 レックスは常に自分なりの価値観を元に行動している。友人ではあるけれど、そこにオレが口を挟む余地はない。

 自由気ままな戦闘狂でこそ『斬鬼のレックス』だ。


 それに、レックスは定期的に活動する地域を変えている。時期が合えばどこかで再会できるだろう。

 幸か不幸かオレもレックスもよく目立つ。近くにいれば探すのは簡単だ。


 オレはレックスに向かってジョッキを掲げた。


「じゃあ、互いの無事と健闘に」


「……ああ……気を付けろよ……」


 中身の減ったジョッキは、さっきよりも高い音で鳴った。


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