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仇討ち

 木立の中でじっと時を待つ。空は黒い雲に覆われ、いつ泣き出してもおかしくないような雰囲気だ。


 足元では黒い魔核が呪詛を吐き出し続けている。

 かつてはディーンやリィーンと同じように、命を輝かせていたはずなのに。今は何よりも暗く、世界を呪うだけのモノになってしまった子供たち。


 闇に染まった魔核を中心に、徐々に草が枯れ始めている。魔力を糧とする生命にとって呪具は猛毒だった。


 触れても無事なのはたぶんオレだけだ。魔力を生命維持に必要としない地球人には、蝕まれる魔核が存在しない。


 だから、この役割はオレのものだった。



 顔を上げる。遠くに大きな馬車が見えた。逞しい馬が牽く馬車には、貴族の家紋が刻まれている。


 情報屋から聞いた貴族のもの。――子供たちの仇が乗る馬車だ。


「開け『武器庫』」


 チャンスは一度きり、素早く魔道具を操る。


「『仮想砲塔』展開」


 魔力で編んだ砲台がオレの前に出現する。“防壁”、“加速”、“風除け”の魔術を組み合わせ、長距離射撃を実現させた砲台だ。

 風の影響を受けないために、射程圏内なら外すことはない。


 走る馬車を見る。


 呪具を『双頭蛇』に注文し、子供たちが苦しんで死ぬことを理解していながら、のうのうと生きている下種が乗る馬車を。


「……やるか」


 砲台を前に、オレは黒い魔核を(・・・・・)手に取った。砲弾状にした“防壁”で5つの魔核を包み……装填する。


 目と脳を魔力で強化し、馬車の速度と直弾場所を計算。


「発射」


 軽い音で、呪いに塗れた砲弾が飛んでいく。黒い砲弾は空気を貫いて突き進み、弧を描きながら長い距離を駆け抜けた。


 ――馬車の横腹に衝突する。


 音は聞こえない。だが、黒い煙が立ち昇るのは見えた。割れた魔核から呪いが溢れる。馬車が黒く染まり、呪いに飲まれた。


 馬が必死に逃げるように走り出す。速度を増した馬車の扉が開いた。身形の良い男が胸を掻き毟りながら転げ出る。


 地面に落ちた男は土に塗れて転がり、のたうち回り……体を硬直させたまま動かなくなった。

 子供たちの呪いにより、貴族の男は死んだ。


 それを見届け、オレは仮想砲塔を消した。


「ああ……気分が悪い……」


 黒く染まった魔核は世界の全てを呪う。だから呪詛を秘めたままでは墓に入れることもできない。

 呪いは土地を侵し、死霊を呼び寄せる。


 呪いを鎮めるには魔核を割るしか方法はない。呪いを吐き出させなければ、魔核が崩れるまで他の生命を害するだけだ。

 方法はともかく、どこかで魔核を割る必要があった。


 オレの行動に意味があったのかは分からない。


 この世界では人は死んだら魔力になって世界に還ると伝えられている。死んだ子供たちの魂が既に世界に還ったのか、それとも魔核に囚われたままだったのか、オレには確かめる術もない。


 それでも……確かに仇は討った。次の犠牲が出る芽は潰した。これで少しでも、子供たちが安らかに眠れることを祈りたい。


 薄れていく呪いの煙に、小さく黙祷を捧げた。


「はあ……後片付けするか」


 生きているのは恐慌した馬だけだ。そいつらは適当に逃がして、割れた魔核を探そう。


 呪いを吐き出してしまえば、もうただの割れた魔核と違いはない。

 ちゃんと、墓を作ってやれる。





 細い雨が降っている。


 帝都の墓地の片隅で、オレは小さな墓に花と葉に包んだ焼き菓子を供えた。

 目を閉じて静かに冥福を祈り、墓場を後にする。


 レックスと共に『双頭蛇』のアジトを襲撃してから、もう一ヶ月が経過した。


 この一月、『双頭蛇』の下部組織を潰したり、売られた孤児を救出したり、暗殺組織を壊滅させたりと大忙しだった。


 あちこちの裏の組織から恨みを買ったので、最近は昼夜を問わず襲撃されている。

 まあ、魔力を察知できるおかげでオレに不意打ちは効かないのだが。基本的に返り討ちからの、レックスと一緒にお礼参りだ。


 情報屋によれば、犯罪組織が減ったおかげで帝都の治安は少し良くなったらしい。

 ……あくまで“少し”だ。潰しても潰しても、後ろ暗い組織は虫のように湧いてくる。


 背景には犯罪を見逃し賄賂を受け取る役人が、そのさらに後ろには権力を持った貴族がいるらしい。


 ――全くもって、オレは貴族が嫌いだ。


「権力を持つと人は傲慢になるのか、それとも人を踏みにじることができる奴が人の上に立とうとするのか……どっちだと思う?」


 背後へと問いかける。


 さっきから、ずっと後をつけられていることには気付いていた。


「……あなたの感覚はふざけていますね」


 まだ幼い声に振り返る。


「やあ、エラ。今日は嫌な天気だね」


「私は好きですよ、雨。――泣いても、誰にも気が付かれませんから」


 孤児の一人、エラが中性的な顔から表情を消して立っている。右手に握ったナイフからは雨の雫が滴っていた。


「いちおう、話を聞いておこうか」


「……別に、よくある話ですよ。生きるために薄汚れた組織に自分を売って――死なないために同じ境遇の孤児たちの情報を売って……行きついた先が使い捨ての暗殺者だっただけです」


「そう……」


 孤児の誘拐がこれまで騒ぎにならなかったのは、内側から手引きする存在がいたからと言うことだ。

 今回もオレがいなければ事件が公になることはなかっただろう。


 ……ああ、世界は上手くいかないことだらけだ。


「すみませんが、死んでください」


 エラが不釣り合いなナイフを構える。目元から頬に流れる雨粒は、涙のようにしか見えなかった。


「悪いけど、泣いてる子に殺されるのは嫌だね」


 身体強化を発動し、走り寄るエラの腕に手を伸ばす。リーチも膂力もオレが勝り、戦闘経験は比べ物にもならない。


 負ける要素はなかった。


「……っ」


 エラの細い手首を握り、力任せに押し倒す。濡れた地面にエラの短い髪が広がった。

 罪があろうとも、オレは子供を殺すつもりはない。エラはまだ、やり直すことができるはずだ。


「……あなたは、いつも酷く甘い。……甘くて酷いです」


 光のない瞳がオレを見上げてくる。


「知ってる。オレは別に優しい訳じゃないから。だから、エラには組織を抜けて、これからも生きてもらう」


 色のない薄い唇が小さく弧を描いた。


「無理、ですね。私の首にあるこれは、失敗した私を殺すための魔道具です。逃げても、無理に外しても死ぬだけですよ」


 エラの細い首を見る。チョーカーのような黒い革製の輪には、確かに小さな魔石が付いていた。


 人を脅し、殺すための魔道具……。


「ちょっと失礼」


「な……っ」


 エラを抱き起こし、地面に胡坐をかいて膝の上に乗せる。これで首が見やすい。ケツが雨で冷たいが無視だ。


 魔石に触れて情報を読み取る。


 ……時限式の魔術式。動作は……首輪の内側の機構に繋がってる。毒針、か? そうみたいだ。


 一定時間ごとに決まった操作をしないと毒針が首に刺さる。魔術式を書き換えようとすると毒針が刺さる。無理やり首輪を外そうとすると毒針が首に刺さる……。


 これを作った奴は絶対に性格の悪い偏屈野郎だ。


 安全に魔術式を書き換えようとすれば、一定時間内に解析するのはほぼ不可能。馬鹿みたいに面倒な式を組んでいる。ざっと読む限りでも、意味がないように見える式が罠を構成していた。


「無理でしょう……。作った本人以外で、この首輪を外せた者は一人もいません」


 何もかもどうでもいいように、エラがオレに体を預けてくる。ちろりと、怒りの火が湧いた。

 オレと関わっておいて、一緒に飯まで食べて、簡単に死ぬなんて許さねえよ。


「それならオレが、初めて首輪を外す男になるな」


 “武器庫”を起動し、脳に集中して魔力を送る。


 魔術式への干渉はリスクが大きいから無視。機能を生かしたまま首輪を外す。

 首輪を無理やり外した場合には毒針が出る――その検知を行うために、魔石から首輪を一周するように魔力の信号が出ている。


 決まった信号が入力されなくなった途端に首輪は装着者に牙を剥くのだ。

 だから首輪のどこを切っても、その瞬間にエラは死ぬ。


 ――それなら、全く同じ信号をこっちで用意してしまえばいい。


 ドクドクと、大量の血液が脳を巡る。熱を持つ。高揚も気分の悪さも重圧も全て無視して、首輪が出す信号に集中した。


 ……信号は4.7秒で一区切り。長い信号と短い信号の組み合わせ。まるでモールス信号だ――。


 長い線と短い線が脳裏で踊る。


 オレは未使用の魔石を取り出した。即興構築。作るのはごく単純、決まった信号を出すだけの魔道具。


 信号の長さをコピー。強度を等しく。信号の組み合わせに一切のミスはなく。


 ……完成。


「エラ、ちょっと動かないで」


「……」


 エラは無言で目を閉じた。首輪の魔石に作ったばかりの魔道具を押し当てる。


 起動――信号を同期。


 ……異常なし。これで首輪はオレが作った信号を誤認したはず。


 あとは首輪を切るだけだ。


 心臓が早鐘のように鳴る。準備に問題はないはずだ。だけど何か間違っていればエラが死ぬ。


 全ての工程をもう一度脳内で確かめて――オレはナイフを首輪と白い首の間に差し入れた。


 ぶつり、と革が切れる。


「あ――」


 エラの喉が動く――首輪は動作していない。成功だ。


 オレは手の震えを押さえつけ、ゆっくりと首輪を外した。

 首輪を地面に投げ捨てると信号用の魔道具が外れ、ジャキッ、と勢いよく針が飛び出した。


「っはあ~……緊張した」


 エラを抱き締めたままバタリと後ろに倒れた。背中も髪も泥に濡れる。

 ……どうせ雨に濡れたし、今日はこのまま風呂屋に行こ。


「成功するとは……思いませんでした」


 エラが顔を伏せたまま呟いた。濡れた小さな頭に手を置く。


「これで自由だ。好きに生きればいいよ」


 しばらくの間、お互いに力を抜いて雨に濡れた。雨空を真っすぐ見上げるのも、たまには悪くない。

 糸のようにぶつかってくる雨も、これはこれで綺麗だ。


 ぼうっと白い空を見ていると、むくりとエラが起き上がった。


 顔を隠すようにすぐに後ろを向いてしまう。


「……ありがとうございました」


「どういたしまして。これからどうすんの?」


「帝都を離れますよ。みんなに合わせる顔もありませんし」


「そっか……」


 まあ、エラなら他の場所でもやっていけると思う。孤児には珍しく読み書きも得意だし。

 色んな道があるだろう。


「エラ、餞別にあげるよ」


 取り出した財布をエラに投げ渡す。エラは器用に顔を背けたまま受け取った。そんなに顔を見せたくないか……。


「ありがたくもらいます。お金はいくらあっても困りませんから」


「みんなのそういう逞しいところは好きだよ」


 素直に好意を受け取るのは美点だと思う。


「それでは――さようなら」


「うん、また会おう」


 踏み出したエラの足が止まる。


「……もう二度と、あなたの前に現れるつもりはありませんよ」


 全然懐かないなあ、エラ。


「まあ、縁があればまた会えるさ。――あっ、そういえば忘れてた。エラって結局女の子なの?」


 ゆっくりとエラが振り返る。


「まったく、最後まであなたの目は節穴ですね」


 結局、質問には答えてくれなかった。

 だけど振り返ったエラの表情は、それがどうでもいいくらいに綺麗な笑顔だった。


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