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溢れる蜘蛛

 上級ゴーレムを倒した翌日の朝。オレとロゼッタは山を探索するための準備をしていた。


 村人から聞いた危険な場所を整理し、山を進むルートを決める。


「意外と範囲が広いなあ……」


「うむ。調べながらとなれば、これは泊まり込みだな」


 魔物のいる山中での宿泊。キャンプと呼ぶには物騒すぎる行動だ。


「オレたちの安全を優先するなら、毎日戻ってきたいところだけどね……」


「残念だが、あまり余裕があるものではないだろう」


「まあ、万一の場合を考えるとね」


 下手をすると他にも上級のゴーレムが生息している山。これまでは他の魔物たちもゴーレムの縄張りに近付かなかっただろうが、今は蜘蛛の魔物という異物が紛れている。


 蜘蛛か、蜘蛛に追われた他の魔物がゴーレムに近付けば、当然ゴーレムは攻撃のために動き始めるだろう。

 その下に蜘蛛が潜む洞窟があれば、また一つ入り口が増える可能性がある。

 そうなれば、どれ程いるかも分からない蜘蛛が溢れ出す。山の中は阿鼻叫喚。村にも被害が出るだろう。


 まあ、これはあくまで最悪の想像だ。ここまで悪い事態にはならないはず。……ならないよな?


「コーサク? どうかしたか?」


「いや……なんでもない。とりあえず行ってみるしかないね。まずはオレが仮で埋めた穴を塞いで、それから山の探索をしよう」


「うむ。それで問題はないな。では行くとしよう」


 立ち上がる。家を出ると、空は晴れて気持ちの良い朝日が降り注いでいた。

 だが、山の方は白く煙っている。霧が出ているようだ。せめて、途中で雨に降られないことを祈りたい。


 祈る先は水の精霊で良いのだろうかと、いつものように一瞬悩む。

 それから出発する旨を伝えに村長の下へと向かった。


「ああ、冒険者さん方。どうぞよろしくお願いします」


「うむ。任せておけ」


 自信に溢れたロゼッタが恰好良い。オレはそこまで言えないな。


「やれる分はやってきますよ――」


 言った瞬間に、何かを感じた。魔力の感覚。小さな魔力の波。でもこれは、離れているから小さく感じるだけ……。


「ロゼッタ。何か出た」


「ふむ。了解だ」


「な、何を言って……?」


 狼狽える村長を捨て置いて、オレとロゼッタは村長宅を出る。山へ視線を送ると、鳥たちが慌ただしく飛び立っていく姿が見えた。


 山の方向から若い村人が走り寄ってくる。たぶん頼んだ見張りだ。


「く、蜘蛛が出た! でっかいぞ!」


 ……ああ、嫌な感じだ。


「コーサク。足場をくれ」


「はいよ。『防壁』発動」


 ロゼッタのために足場を生成。


 魔力が迸り、ロゼッタが身体強化を発動する。流れるように綺麗な魔力の波動。


「ふっ!」


 ロゼッタが『防壁』の足場を蹴り、全力で跳び上がる。そして空中から、木々の向こうを睨み付けた。


「――『風よ』」


 魔術で落下速度を緩め、ロゼッタはふわりと着地する。


「なにか見えた?」


「うむ。ゴーレムがいたな。大きさからして上級だ。20近い蜘蛛と戦っていたぞ」


「うへえ……」


 間に合わなかったばかりか、さらに最悪の予想を引いたらしい。

 オレが逃がした蜘蛛がわざわざ餌にならないゴーレムを襲う理由はないので、新しく地下から出て来たのだろう。


 そして、これからも大量に出てくると。……ひっでえ状況。


「コーサク。私は村の近くまで現れた蜘蛛を狩ってくる」


「頼んだ。オレは村長と話してから追うよ」


 走り出すロゼッタ。オレは背後へと振り向く。村長はオレたちを追い掛けて家の外へと出て来ていた。


「村長。聞いての通り、別の場所から蜘蛛が出て来ました。蜘蛛の数は今のところ分かりません。最悪、オレたち2人では村を守り切れない可能性もあります」


 2人とは言ったが、オレが戦えるのは短時間。実質ロゼッタ1人だ。


「村人たちを近くの町まで避難させた方がいいと思いますが、できますか?」


「……難しい、でしょうな。冒険者さん方も見て来たでしょう。あの蜘蛛のせいで、村と町の道中には今魔物が多い。女子供を守りながら逃げられるほど、村には戦える者がおりません」


 ちくしょう。確かにそうだ。この世界の人間は強い。それでも何の経験もなく魔物と戦えるもんじゃない。魔物もまた強いのだ。


「そして町まで逃げたところで……村の畑が荒らされ、貯めた食糧が食われてしまえば、我々は生きては行けぬのです」


 悲痛な顔で村長は言った。助けてくれる誰かに期待できるほど、この世界は優しくはない。


 それでも村を治める者として、「ですか」と村長は続ける。


「急ぎ、救援願いは出しましょう。村の若い者を走らせます。村の守りのためにも、何とか戦ってみせまよう」


「そうしてください。……救援はどれくらいで来るか分かりますか?」


「……近くの町にはあまり冒険者の方はいないので、次の町まで行って3日。領主様に兵を出してもらうなら……5日というところでしょう」


「……そうですか」


 遅い。そう言いたくなるが、往復の日数だ。救援を頼みに一日半。帰りに一日半と考えれば早い方だろう。


 ああ、それでも……クッソおせえ。


 口から出掛けた荒い言葉を無理やり飲み込む。


「……分かりました。救援の依頼と村の守備はお任せします。それではオレも討伐に向かいます」


「はい。よろしくお願いいたします」


 頭を下げる村長を見届けることもなく、オレはロゼッタの下へと走り出した。



 村を出てすぐ、木々が立ち並ぶ手前でロゼッタは一人立っていた。

 周囲には切り裂かれた蜘蛛の死体が転がっている。軽トラサイズの蜘蛛だ。デカい。


「む、来たかコーサク。ひとまず何匹か狩ったが、山の騒がしさからするとまだ増えるだろうな」


「だろうね……」


 魔力の感覚に頼らなくても分かる。バキバキと木の折れる音、獣の咆哮、飛び立つ鳥たち。

 山はお祭り状態のようだ。奇祭、蜘蛛祭。狂ってるな……。


「こっちの報告。村は避難せずに守りを固めるって。あとは近くの町に救援の依頼も出す。ただ、来るのは最短で3日」


「ふむ……3日か。丸2日なら守りを確約できるのだがな……」


 丸2日でも化け物染みた体力だ。ロゼッタは食事も睡眠も摂らず、昼夜関係なく丸2日間戦えると言っているのだから。


 だが、桁違いな体力を持つロゼッタでも3日は遠い。オレでは一日も戦い続けることはできない。


「……どうしようもなくなったら、村に人達と一緒に籠城戦かな」


「村の者を矢面に立たせるのであれば、犠牲は出るだろうがな。……まあ、なるようになるだろう。たまには己の限界に挑戦してみるものだ」


 ロゼッタは本心からのように自然体で笑った。物騒な音が響く中ではとてもアンバランスな微笑みだった。


 少し見惚れる。


「限界への挑戦、かあ……」


 オウム返しに呟く。同時に浮かんだ考えは、接近する魔力に遮られた。


「ロゼッタ、来たよ。数は……ゴメンいっぱい!」


「いつ来るかが分かるだけ楽なものだ。コーサクは待機。私が行こう。では、――この身は無辜の民を守る剣にして盾」


 ロゼッタが体の前に剣を掲げた。口の中だけで小さく、何かを呟く。


「――ロゼッタ・――・――――。参る」


 大切そうに言い、ロゼッタは槍のように跳び出した。


 同時に木々が作る薄闇の中から、大小の蜘蛛が大量に姿を見せる。


「――『風よ、我が道を拓け』」


 風の魔術を纏い、ロゼッタが加速した。『風除け』と呼ばれる魔術。


 高速で動くほどに空気の抵抗は重くなる。その抵抗がなければどれ程速く動けるか。ロゼッタはそれを体現していた。


 剣の軌道が見えない。オレは体液を噴き上げる蜘蛛の姿でようやく剣が振られたことを理解した。


 ロゼッタは朝日に剣を煌めかせ、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。


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