岩人形と地下の蜘蛛
落下する。周囲の土や岩と一緒に。岩ゴーレムの一撃によって開いた穴の底は、目測で10メートルは下。
つまり、このまま行けば数階建てのビルの屋上から落ちたのと変わらない。衝撃を計算するまでもない。叩き付けられたら死ぬ。
「っ! 『防壁』!」
落下しながら魔道具を起動。位置指定は真下。現れた魔力の床に、半ばぶつかるように着地する。
「ぐふぇっ! いへえ」
ぶつかるように、というか実際ぶつかった。両手をついたら勢い余って顔までいった。
……顎がいてえ。
ズキズキと痛む顎をさすりながら立ち上がり、下の様子を確認する――暇は与えられなかった。
下から岩が飛んでくる。
「危なっ!?」
慌てて『防壁』の足場を作って乗り移る。2メートルはある岩が、オレのいた場所をゴウッと通過して行った。
あれ、当たったら死ぬな……。
恐怖に背中がゾクリと震えた。死なないために原因へと目を凝らす。
悩むまでもなく犯人は岩ゴーレムだった。眼下。下半身を土砂に埋めたゴーレムが、新たな岩を掴んでいる。
顔、があるのかは分からないが、確かに視線を感じた。
何故か敵として認定されているらしい。
いや、本当になんでだ。オレ、ちょっと触っただけだろ。
岩ゴーレムが腕を振り抜く。投げられた岩は脆かったのか、それともゴーレムの握力が強すぎたのか、小さく割れて散弾のように襲ってきた。
避けるには範囲が広い。防壁を強化!
魔力を注いだ防壁に小さな破片群が衝突する。酷い土砂降りのような破砕音。
「貴重な魔力がガンガン減ってくー!! ちくしょう潔癖症かよお前!!」
軽く触られただけでキレ過ぎだろうよ!
「ひとまず撤退!!」
戦うにしろ何にしろ、この穴から出て一旦落ち着くべきだ。そう行動に移そうとしたとき、岩ゴーレムの体の向きが変わった。
同時に、嫌なものが見える。
岩ゴーレムが意識を向ける先、そこには横穴があった。どこまで続くのかも分からないその穴から、闇と同じ色の“何か”が出てくる。
地面を器用に捉える八本の脚。同じ数の白く濁った眼。ガチガチと鳴る口元。
――蜘蛛だ。
この周囲を脅かしている黒い蜘蛛の魔物。ただ大きい。オレが見たものよりも。軽自動車に脚が生えたようなスケール感。
「……はは、なるほどな」
乾いた笑いが零れる。
オレが見た死体と、亀裂から現れた蜘蛛。二匹とも魔物としては小型だった。
それは単に出口が小さかったから、小さい個体だけが出て来たという話らしい。
本来なら、あれくらいのサイズが普通だと。
「笑えねえ……」
頬の筋肉が引き攣る。
大穴が開いた今、蜘蛛の移動に制限はなくなった。小型の蜘蛛ですら生態系に影響を与えているのに。
ヤバい、不味い。そう思いながら対策を考える。
焦るオレが見つめる中で、岩ゴーレムが蜘蛛へ向けて岩を投げ付けた。
蜘蛛も避けようとするが、躱しきれずに片側の脚を吹き飛ばされる。動きの鈍ったところに再度の投擲。蜘蛛はぐちゃりと潰れた。
……どうやら岩ゴーレムは他の生き物が嫌いらしい。
これは朗報。岩ゴーレムが黒蜘蛛を潰してくれるのはありがたい。ただ、同時に悲報もあった。
潰れた黒蜘蛛の背後から、ぞろぞろと新しい蜘蛛たちが現れる。鳥肌が立つような光景だ。
ゴーレムが機械的に岩を投げる。2匹の蜘蛛が食らって潰れた。だが、それだけだ。
他の蜘蛛たちが移動を開始する。地上を目指して。餌の多い方へと。体の重さも感じさせず、八本の脚で壁を駆け上がって行く。
ゴーレムと潰し合ってくれるのが一番嬉しい展開だったが、そう上手くはいかないらしい。
……まあ、ゴーレム食えないしな。蜘蛛が戦う理由がない。
そして、ゴーレムもあまり頭が良くないということが分かった。行動が単純だ。というか一つしかない。
“一番近くにいる生き物を攻撃する”。そういう行動しかしない。効率よく蜘蛛を倒そうとか、そういう判断がなかった。
……つまり、この状況をなんとかしようと思えば、オレが自分でやるしかない訳だ……。
「~~っ、ああもう! 調査依頼だって言ってんだろ!!」
ままならない怒りを叫びに載せる。誰にも届かないが、ただのストレス発散だ。
カチャリと銃型魔道具を掴み取る。そのまま銃口を向けた。蜘蛛ではなく、空へ。
「ロゼッタが気付きますように!」
発射。カシュッ、と軽い音を立てて銃弾兼爆弾の魔石が飛んでいく。数瞬後、頭上で爆発が咲いた。
音が山に響いていく。
ロゼッタへ向けた警戒信号。たぶん村でも聞こえる、はず!
空に散っていく爆発の名残から目を逸らし、眼下を見つめる。
「『防壁解除』」
足場が消える。内臓が浮き上がる不快感。風が徐々に全身を強く叩く。
「『身体強化』発動」
落ちる。下へ。上を目指す蜘蛛とは逆へ。
1人で全てを解決するのは不可能。だから既に姿を見せた黒蜘蛛は後回し。最悪、村まで行ったらロゼッタに任せる。
オレはまず、蜘蛛が現れる横穴を潰す!
防壁を足場に展開しながら斜めに駆け降りる。目指すは横穴の上、壁際だ。
防壁から跳躍。強化された運動能力に任せ、垂直の壁へと直地する。ちょうど真下には、登ってくる蜘蛛の魔物。
「ちょっとクッションになってくれ」
ダンッ、と壁を蹴り、真下に向かって加速する。そのまま両脚を揃えて下へ。
――飛び蹴り。ぐしゃっ、と両足に蜘蛛の眼を潰した感触。
蜘蛛の体が激しく揺れる。が、蜘蛛はなんとか壁から脚を離さなかった。代わりにギチギチと口で不快な警戒音を鳴らし、前の脚2本でオレを捕えようとする。
「よっと」
トン、と蜘蛛の上から飛び降りた。黒い脚がオレの背後で空を掻く。
再びの浮遊感。落ちながら銃型魔道具を構える。真っ直ぐに横。凹凸のある壁に向かって爆弾を発射。
1発、2発、3発。防壁に直地。速度を殺して再び落下。4発、5発。
ザンッ、と地の底に着地した。
地底は暗く冷えている。目の前には蜘蛛が一匹。
ガチガチガチガチッ!!
「発動、機能5。仮称『大型魔力腕:両腕』」
滲み出る両の腕。
「『動作連動』!」
自分の両腕を広げる。魔力の腕が、同じ動きを拡大した。
蜘蛛を掴む。両腕でガッシリ固定。暴れる脚にも構わず持ち上げる。
「飛んでけおらー!!」
ぶん投げる。狙いは岩のゴーレム。
そしてゴーレムは、一番近い生き物のみを攻撃する。
「いまのうちに移動!!」
腕を解除し、円形に近い穴の外周に沿って走る。視界の端には蜘蛛を叩き潰すゴーレムの姿が映った。
時間は稼げた。十分に離れた。
「崩れろ! 『爆破』!」
横穴の上部で爆音が縦に連鎖した。粉砕された岩が、土砂が、横穴を潰すように崩れて積もっていく。
土煙が晴れた先には、もう暗い横穴は見えなかった。
「埋め立て成功! 良くやったオレ!」
正直成功するかは微妙だったけど! 一発成功でラッキー!
――喜ぶオレに、横殴りで岩が飛んでくる。
「ふっ!」
肉体性能に任せて走り抜ける。岩はオレの足跡を狙ったようにぶつかった。
岩ゴーレム。魔物の異変は蜘蛛が原因のようだが、蜘蛛が地上に現れたのはコイツの活動が原因と推定される。
蜘蛛が出て来る横穴は塞いだ。だがこのゴーレムが暴れた場合には、また新しい穴が開く可能性がある。
そうしたら、また同じことの繰り返しだ。
ならば。
「――狩るしかないだろ」
身体強化の限界まであと少し。それまでに破壊する。
ゴーレムが岩を掴む。投擲の威力は特大。だけど速度はそこまでじゃない。
全力疾走。
背後の衝突音を聞きながら走る。穴の底を半周。ゴーレムの背後へ。そのまま背中に接近する。
ゴーレムが巨大な腕を背後に振った。跳びこむように潜り抜ける。
視界に入り切らないほどのゴーレムの巨体を見上げ、オレは魔道具を一つ地面に設置した。
「『防壁:槍』」
魔力の槍が現れる。角度はほぼ真上。
それを確認して、オレはすぐにその場を離れた。ゴーレムの動きは走るオレについて来る。
やはり、起動した魔道具には目もくれない。注目するのは生き物だけだ。
再び走る。走りながら銃型魔道具へ弾丸を装填。赤い魔石の弾丸が魔道具に飲み込まれていく。
地味に難易度が高い作業だったが、一つも溢すことなく装填した。
いや、そうじゃなかったら困る。こっちは今回の依頼で既に赤字だ。出費が痛い。マジで。
ここで魔石を落としたら泣くわ。
「お前の魔石が獲れないのが、ホント痛いよ」
走り抜け、再び横穴の前まで来た。ゴーレムの正面だ。
ゴーレムが岩を持とうとする。――邪魔するように爆弾を発射。
体の正面に着弾した爆弾が爆ぜる。衝撃でゴーレムは岩を取り落とした。畳み掛けるように連射。
繋がる爆発の勢いに、ゴーレムの体が傾いていく。
通常の魔物であれば頭部を破壊すれば死ぬ。だがゴーレムにとって頭は弱点じゃない。それどころか、体のどこを破壊しても止まらない。
各部が壊れようと、周囲の土や岩を集めて体を再生させる。魔力が尽きるまで動き続ける。
ゴーレムの弱点は魔核だけだ。魔核を破壊するか、引き抜かなければゴーレムは止まらない。
もちろん魔核を引き抜くのが最も稼げる方法だが、手間がかかるので今は無理だ。
「もったないけど、魔核は破壊させてもらう」
ああ、もったいない。
魔力量からしてこのゴーレムは上級だ。その魔核は性能の良い魔道具になったはずなのに。
本当に残念だ。
「『大型魔力腕:両腕』」
空を見上げるように仰け反ったゴーレムへと飛び掛かる。
「『動作連動』」
岩だらけの地面を蹴る。さらにゴーレムの胴体を足場に跳躍。両手を握り合わせ、頭上に掲げた。
魔力の巨腕も同じ動きをする。
「ぶっ倒れろ!!」
叩き付けるように組み合わせた両腕を振り下ろす。両拳によるハンマーが、ゴーレムの頭部を強烈に叩いた。
穴の中が微振動するほどの会心の一撃。ゴーレムはそのまま後ろへ倒れていく。
そして倒れる先には、先ほど設置した魔力の槍が待ち構えている。
異音を立てて槍先がめり込む。ゴーレムの巨大な自重によって、槍が深く深く刺さっていく。
ボッ、とゴーレムの胸から槍の先端が突き出た。
胴体を貫通する深い傷。それでもゴーレムは活動を止めない。魔核が生きている限り止まらない。
起き上がろうと、岩の腕が地面を掴む。
痛みも死への恐怖もない、機械的な行動。
「『防壁解除』」
ゴーレムの胸から槍が消える。ぽっかりと開いた暗い穴が良く見えた。
そこへ、オレは銃型魔道具を構える。
「食えない獲物を狩るのは嫌いなんだけどな――」
カシャッ、と軽い音で弾丸が発射した。
「――『爆破』」
ゴーレムの体内からくぐもった音が響く。岩の腕がビクリと震え、そのまま力を失ったように落下した。
魔核が割れたことを魔力を探って確かめる。――完全に停止。討伐完了だ。
「ふうー……」
深く息を吐きながら、魔道具を全て停止していく。体を襲ってくる疲労と倦怠感。
それでも蜘蛛の横穴を埋め、上級のゴーレムを討伐したと考えれば、体の消耗はとても軽いものだった。
かつては考えられなかった成果。魔道具は増えたおかげでオレは強くなった。
「……ただ、すっげー金がかかるよ」
赤字も赤字、大赤字。魔物の部位の中でも高価な魔石を、今の戦闘だけで10数個も消費。
これでは戦えば戦うほど金が減っていく。稼ぎにならない。
「あとで戦い方考えよ。今は……」
円形に切り取られた空を見上げる。オレが戦っている間に、横穴を塞ぐ前に現れた蜘蛛は地上に出てしまった。
既に姿は見えない。
一人で討伐して回るのは無理だ。一度村に帰って報告する必要がある。
「さっさと戻りたいけど、はあ、これ登るのかあ……」
垂直に切り立つ壁と遠い空に溜息が出る。
これ以上の身体強化は厳しい。となれば『防壁』の魔道具を使いながら、少しずつ上がっていくしかない。
戦闘後には辛い労力だ。
まあ、仕方ない。急ごう。そう思いながら歩き出したとき、足元で何かが光った。
「ん……?」
屈んで拾う。
「割れた宝石?」
……そういえば、ゴーレムは体内に鉱石を集めたり、宝石を作ったりすると読んだ資料にあった気がする。
それか?
「でも、宝石にしては変わってるけど……」
単純に割れたにしては断面が滑らかすぎる気がする。というか、自然物というよりは、宝石を使った立体パズルのような……ちょうど同じ形のものが3つあれば、綺麗に嵌りそうな、そんな見た目だ。
「観察しても良く分からないな……」
残念ながらオレに審美眼はない。
とりあえず、今日消費した魔石代の足しになればいいか。
オレは謎の宝石を仕舞って、地上に出るために動き始めた。




