焼き肉
屋外での食事にはぴったりな青い空。風も強くない。良い天気だ。
「バーベキュー日和だなあ。日頃の行いが良かったおかげかも。なあ2人とも」
「ばーべきゅうが何か知らいないけど、今話しかけるなよ、兄ちゃん。こっちは人を避けるの大変なんだぜ」
「人多いからぶつかりそー」
「ごめんごめん。そりゃ悪かった」
荷車を牽くディーンとリィーンに謝る。
場所は帝都の大通り。荷車の上には肉の塊やら野菜やら調理器具やらが山盛りだ。
ディーンとリィーンは人通りの多い道で荷車を牽くことに慣れていないので、ぶつからないように慎重に進んでいる。
ちなみにオレがいるのは2人が牽く荷車の上だ。
子供に荷車を牽かせ、その上でのんびりとしている大人という構図は何とも見栄えが悪い。
悪い、けど、身体強化を使う兄弟に比べればオレの腕力など微々たるものだ。むしろ下手に手伝うと非力すぎて邪魔になる。
適材適所。オレの外聞の悪さと心の痛みに目を瞑れば、これが一番速いのだ。
道行く人の視線がちょっと痛いが無視。別に虐待とかじゃないですよ~。
「……ははあ、到着してからの予定でも確認しよ」
自分で荷車を牽けるなら牽くが、できないものは仕方ない。考えるだけ無駄だな。
こんなのが銀級冒険者を名乗っていいのか、とか落ち込まない。
今日の最優先は子供たちを満腹にさせることだ。そっちに思考を使おう。
「着いたら鍋とか串とかざっと洗って、肉焼く前にスープ作って……肉切るのはレックスに任せるか」
魔術でぱっと切ってもらおう。洗い物減るから便利だよな、レックスの『斬』の魔術。オレも欲しいわ。
「あとはまあ、適当にやるか。なるようになるだろ」
その場のノリで。手伝いもたくさんいるし、いざとなったら情報屋のおっちゃんにも働いてもらお。
「よーし、頑張って焼くか。ディーンとリィーンも手伝い頼むぜー」
「分かってるから話しかけるなって!」
「よそ見は危ないの!」
怒られた。
「ははは、ごめんなー」
兄弟に怒られてから30分ほどで貧民街の目的地に到着した。廃材置き場のような場所の一角だ。
中に荷車を乗り入れると、20人くらいの子供たちが廃材を奥に投げ捨ててスペースを広げているところだった。
手前にいた一人だけ歳の違う男が手を挙げる。情報屋のおっちゃんだ。
「よう、言った通り場所はなんとかしといたぞ」
挙げた手の反対側には革袋。たぶん中身は酒だろう。この人、指示だけして働いてないな。
大人としてどうなのか、と言おうとしたが、良く考えたらオレもここまでディーンとリィーンに荷車を任せっきりだった。これが五十歩百歩ってやつか……。
注意できる立場じゃなかったぜ。
「いや、オレはこれから働くし……。ディーン。呼んだ子はこれで全部?」
「ん~、まだ揃ってないな。エラもいねえし。チビっ子も少ない」
おっちゃんが酒を飲みながら近づいてくる。
「エラと他の奴らならもうすぐ来るぜ。ちっこい奴らがいると作業が進まねえからよ。少し遅れて来るように言っといた」
「ふうん? とりあえず分かった。じゃあ、こっちはこっちで準備を進めるか。ディーン、リィーン、廃材で適当にかまど組んでくれ。あと火も頼んだ」
「はいよ~。他の奴の手も借りてやっとく」
「火は任せて」
こっちもレックスがまだ来てないが、もう準備は始めてしまおう。
仕事のときはともかく普段のレックスは適当だ。そのうち来るだろうが、待っている時間はもったいない。
「それじゃあ始めますか」
準備はまあまあ順調だった。ザクザク野菜を切って鍋に放り込み、肉は一口大に切っていく。余裕があれば串に刺す。量が多いだけで難しい作業じゃない。
ただ、それもチビッ子どもがやってくるまでの話だ。
「ニク! ニクもう食っていい!?」
「まだ焼いてないっての! 生肉に手を伸ばすな! 食おうとすんな!」
「はっぱウメエ」
「スープの具材を勝手に食うな! もうちょい持ってろよ!」
混沌。混乱。大慌て。そこにはルールなんてなかった。チビッ子たちは自由気ままに動き回る。
2人を両脇に抱えても、他の子供が目の前を走り抜けるだけだ。
いたただきますの概念すらねえぞ!
「ディーン! リィーン! ちょっとヘルプ!」
「今、火使ってるから無理~! つかへるぷってなに~?」
ちくしょう! 頼れる味方がいねえ!
「なにをやっているんですか、あなたは……」
絶望的な状況の中、背後から呆れが混じった声が聞こえた。中性的なその声に振り返れば、そこには声の通りに呆れ顔のエラが立っていた。
「エラ! ちょっとコイツらどうにかしてくれ! 準備が進まねえ! ていうか全然言うこと聞いてくれないんだけど!?」
「コーサクさんは見た目頼りないですからね」
気軽にオレの心を刺してくるんだけど、もしかしてエラはオレのこと嫌いなんだろうか。
「まあ、分かりました。今日は一方的にご馳走になる立場ですからね。――みんな、集まって!」
エラが手を叩きながら声を張ると、好き勝手に動き回っていた子供たちの暴挙が止まった。
ゾロゾロとエラの前に集まる。両腕に捕まえた2人も、身をよじってエラの下へと逃げた。
「みんな、少しだけ大人しくしましょう。そうしたらもっと美味しい物が食べられますよ」
チビッ子たちの返事はガヤガヤと騒がしい。それでも走り回る様子はなかった。すげえな。
エラが「これでいいですか?」と視線を向けてくる。ありがとうございます。これで準備に集中できる。
チビッ子たちが我慢できる内に全力で準備を進める。
そうしている途中でレックスもやって来た。デカい肉も一緒に持って来たので子供たちから歓声が上がる。聞いたらカエル肉らしい。こっちのカエルって3メートルくらいあったりするからな。肉はいっぱい取れる。
でもバーベキューでカエル肉……いや、いい。この世界のカエルって意外と美味いし。普通にトゲとか生えてるけど。見た目かなり怖いけど。
このカエル肉はレックスに切ってもらい、オレは年長の子たちと一緒に肉を焼いていく。
スープ作りはディーンとリィーンに頼んだ。
そしてちょっとした失敗に騒ぎつつも、なんとか食事の準備が整った。
「全員に肉は行き渡ったなー?」
聞きながらぐるりと周囲を見渡す。どこもかしこも早く食いたいという顔。渡っていない子はいないようだ。
ここで「いただきます!」と言いたいところだが、残念ながら伝わる人間はいない。断念して適当に音頭を取る。
「肉はまだまだあるから喧嘩せず食えよ! 生焼けは駄目な! あとは自分で精霊に感謝しろ! それじゃあ食っていいぞ!」
わっと声が上がり、子供たちが肉にかぶりつく。みんな食欲旺盛。というか貪欲だ。焼けた肉がすごい勢いで消えていく。
焼き係のオレは……たぶん食う暇ないな。まあ、いいけど。ちょっと恰好を付けて、子供たちの笑顔でお腹いっぱいとでも言っておこう。
「さあて、ガンガン焼いてくか」
今からオレは焼き肉マシーンと化すぜ。
大量に買ってきた木串に肉を刺し、焼き台3つを反復横跳びしながら焼いていく。無心に。機械的に。焼き上がった端から子供たちの胃に肉が消える。
全力で動いてなお生産と消費が拮抗する。忙しい。軽い火傷で指先がピリピリして来た。帰りに軟膏でも買おう。
「お兄ちゃん、肉まだー?」
「もっほふへ!」
「ニク! ニク! うめえ! もっと!」
「今焼いてるやから! ちょっと並んで待ってろ!」
遠慮の欠片もない声に叫び返す。せめて少しは礼を言えよ! と心の中で思ったが、口には出さなかった。
ロクに飯も食えず、教育を受ける機会もなかった子供たちに罪はない。
……罪がないのが分かっていても、愚痴は言いたくなるけども!
ぐっとこらえて肉を焼く。頑張って動く。そうしている内に、子供たちの圧が軽くなった。
満腹になって来たか、と思って顔を上げると、レックスが巨大カエルの片足を丸ごと焼き始めたところだった。
そっちに人が流れたらしい。レックス、サンキュー!
ちなみに情報屋のおっちゃんは近くにいる子供に肉を焼かせて酒を飲んでいた。働け。
……無理か。
「はあ……よし! もうひと頑張りするか」
肉を焼いては並んだ子に渡し、焼いては渡し……気づけば並ぶ子は減り始めた。見れば、満足そうな顔で寝転んでいる子が何人か。満腹になったらしい。
忙しいピークが過ぎたことで余裕が出来た。同時に焼く量を少し減らしてもいいだろう。
そう思ったところで視界に隅に影が差した。
「焼いてばかりで、自分は食べないんですか?」
ディーンかリィーンだと思ったがエラだった。周りの子が嬉しそうにしている中で、1人だけ表情が落ち着いている……いや、ちょっと不機嫌?
「オレは今日焼く係だから。食うのは後でいいや。エラはちゃんと食った?」
「食べましたよ。もう満腹です。久しぶりに……いえ、きっと初めてですね。好きなだけ食べることができたのは」
喜ばしいことのはずなのに、エラは自嘲するような笑みで言った。その表情も一瞬で隠れてしまう。
「みんなの食欲は収まってきましたが、まだ忙しい時間は続くと思います。その間、何も食べないのは良くないと思いますよ」
エラがすっと手を伸ばしてくる。握られているのは湯気の上がる肉が刺さった木串。焼き色が微妙なのでオレが焼いたものではない。そしてオレの手は塞がっている。
……え、食えってこと? このまま?
「どうぞ」
「……どうも?」
身長差から下から突き上げるように差し出された肉に噛み付く。一番上の塊を歯で抜き取った。
咀嚼。今さらだが、レックスの持って来たカエル肉のようだ。淡泊だが筋肉質。弾力がすごい。あと、ちょっと塩が薄いな。
まあ、美味いけど。
もぎゅもぎゅと噛んで飲み込む。するとエラがまた串を口元に寄せてきた。……少し迷ってからもう一口。
何故か肉を焼くオレにエラが肉を食わせるループができる。なんだこれ?
疑問を覚えながらも一本食べ切った。
「ごちそうさま?」
「はい……まあ、私が用意した肉ではありませんけど」
無表情でエラが手を下ろす。お互いに無言になった。オレが焼く肉の音だけが響く。
「……みんな、幸せそうですね」
エラが小さく呟いた。『幸せそう』という言葉に対して、エラの表情に浮かんでいるのは暗い色だ。
「あなたは、なぜ孤児たちに食事を恵もうと思ったのですか? 哀れみでしょうか」
暗く冷めたい感情を込めた視線が向けられる。冷たすぎて、下手に触ると火傷しそうだっった。
……どう答えるべきか。と言ってもまあ、上手い気の利いたセリフが言えるほど、オレは器用じゃない。そのまま話すか。
さて、理由、ね……。
「……腹減ったまま眠るのってさ、すんごい辛いんだよな。栄養が足りないから寒くてさ。空腹過ぎて眠れないから嫌なことばっかり考えるんだよ。ああ、このまま駄目だったら死ぬのかもなって。……飯が食えないってのは、泣きたくなるほど悲しいんだ」
「……」
エラは無言だが構わず話す。
「だから、ちゃんと食べられるってことは幸せだと思う。でもさ、自分一人で美味い物をいくらでも食えるとしても、知ってる奴が空腹で苦しんでるって思うと、飯ってあまり美味しくないんだよな」
泣いている顔の前で食べる料理は、どんな味でも幸せにはなれない。
「だからまあ、せっかく食べるなら、みんな笑ってる方がいいと思うんだ。こうやって肉を奢ろうとしたのは、それが理由かな。――やっぱりみんなで食う飯は美味いよ。さっきエラがくれた肉も美味かった」
言い終わると、一瞬だけ静かになった。エラが微かに頷く。
「そうですか……つまり、あなたは自分が美味しく食事を摂るために、わざわざ孤児を集めて食事を恵んだということですね」
ん~、トゲトゲしてるなあ!! やっぱりオレ嫌われてんのかなあ!
「それでも、確かにあなたのおかげでみんな幸せそうです。今は」
エラが氷点下の視線でオレを見る。機嫌は先程よりも悪化したようだ。
「今日はみんな幸せでしょう。いつもは絶対に手に入らない肉を好きなだけ食べ、満たされたまま眠る。ですが明日からはどうでしょうか。一度満たされ、自分の貧しさを知ってしまった子供たちは、明日から自分の辛い境遇をより自覚したまま生きなければならないでしょう。――それは、昨日よりも不幸ではありませんか?」
怒気混じりの言葉を受け止める。下から見上げてくるエラの視線はとても強い。恨み。憎悪混じりの暗い瞳だ。
……エラの過去に何があったのかは知らない。過去のエラを救うことはできない。オレに出来ることがあるとすれば、子供たちの未来に選択肢を増やすことのみだ。
「そうだな。エラの言う通り。今日子供たちを満腹にしても、誰も救ったことにならない。ただのオレの自己満足だ。――だから、ちょっとした提案をさせて欲しい」
「……なんでしょうか」
疑いの視線が痛い。だけど、オレだって遊んでいた訳じゃないのだ。
「ついこの間、オレは銀級冒険者に昇級したんだ」
「……それはおめでとうございます」
「ありがとう。で、銀級冒険者にはいくつかの特権が与えられるんだけど、その一つに“推薦権”ってものがあるんだ。聞いたことは?」
「いいえ」
まあ、あまり知られているものでもないか。冒険者ギルドの職員から2回聞いた内容を思い出す。一回目は治療明けでロクに聞いていなかったのだ。
「推薦の種類は二つ。一つ目は冒険者ギルドで管理している武器の貸し出しに関する推薦。二つ目はギルド職員見習いへの推薦」
「……職員見習いはともかく、武器の貸し出しとはなんですか?」
エラの表情が冷静に思考するものに変わってきた。
「言葉通りなんだけどな。引退した冒険者や亡くなった冒険者、討伐された盗賊なんかの武器や防具を、一定数冒険者ギルドで引き取って管理してるんだ。有望な駆け出し冒険者にはそれが貸し出されたりする。冒険者になるために一番大きな出費は武器だろ?」
戦いにおいて武具の有無は非常に大きい。どこの世界でも変わらない常識だ。武器が高価なのも、きっとどこでも同じ。
「全員に貸し出さない理由は?」
「単純に数がない。本業でない以上、管理できる数には限りがあるから。だから、冒険者ギルドで管理しているのは実戦で使える品質のものだけ――冒険者が命を賭けられる武具だけに絞られてる」
粗悪品の武器は逆に危険なのだ。戦っている最中に剣が折れて持ち主に突き刺さるとかあるらしい。そんな死に方はごめんだな。
「それは……そうでしょうね」
理解した様子のエラに視線を合わせる。
「と、いう訳で、“銀級冒険者のコーサク”として、希望する子がいるならオレが推薦してもいい。推薦があってもどっちも楽な仕事じゃないと思うけどね。それでも、みんな強いからきっとなんとかなるよ」
子供たちは貪欲だ。良い意味でも。エラはさっき『今日満腹になったことで、明日から不幸を自覚する』と言ったけど、オレは今日の出来事を目標にして、きっとみんな逞しく生きてくれると思う。
ディーンとリィーンだって、オレより心身ともに強いのだ。切っ掛けさえあればきっと大丈夫。
そして、オレの言葉を聞いたエラは、
「分かりました。コーサクさんは馬鹿ですね」
そう真顔で言った。ん?
「ええ!? あれ? 反応おかしくない? オレ結構いいこと言ったし、いい行動してると思うんだけど?」
なんか辛辣じゃない? やっぱオレのこと嫌い?
軽くショックを受けていると、横からオレを呼ぶ声が聞こえた。
「お~い、兄ちゃん手止まってるぜ~!」
「肉、足りなくなっちゃうよー」
ディーンとリィーンが走り寄ってくる。
「うわっ、やば! 肉が焦げる!」
途中から話に集中していたせいで手が止まっていた。急いで肉をひっくり返す。よし、まだセーフ!
慌てて焼き台の上を整理していると、エラが離れて行くのが足音で分かった。
「私は他の子たちの面倒を見に戻ります。今日はありがとうございました」
エラの声は最初よりも少しだけ機嫌が良さそうだった。そうだ。仲良くなったら聞こうと思ってたことが! 仲良くなったよな? なったはず!
「なあエラ! エラって性別どっち?」
エラが振り返る。綺麗な顔には微笑が浮かんでいた。
「見て分かりませんか?」
分かんないから聞きましたけど!
「おいおい兄ちゃんマジかよ。そんなのも分かんねえのか。ひでえな」
「目、良くないの?」
酷い言われようだ。この世界の人間は顔が良いから、子供だと判別つかねえんだよ。
ディーンとリィーンに反応している間に、エラは離れて行ってしまう。聞く機会を逃した。
……仕方ない。次に会ったときに聞いてみよう。




