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魔道具と精霊語

 兎に追い掛けられた翌日。オレは街の魔道具屋へ向かった。年季を感じさせる扉を開ければ、薄暗い店内が迎えてくる。カウンターの向こうでは、店主であるヤン爺が暇そうに魔道具を磨いていた。


「おはよう、ヤン爺」


 ヤン爺はオレに文字を教えてくれる先生でもある。授業料は、まあ、たぶん良心的な範囲だろう。


「……その黒い恰好は何とかならんのか。店ん中じゃ見え難くてしょうがねえ」


「仕方ないじゃん。どうせ血だらけになるなら、黒い方が洗うの楽だし」


 そもそも、店の中を明るくすればいいと思うよ。


 ヤン爺に言われた通り、オレの恰好は全体的に黒い。所々微妙に濃さが違うのは、血に濡れた跡だ。


 オレの収入では、服を買うのも一苦労だ。血痕が残ったからと言って、服を買い替えたりは出来ないのである。その点、黒い服はいい。血の跡が目立たないからな。冷静に考えると血染めの服というのは縁起が悪過ぎる気がするが……まあ、仕方ない。ない袖は振れないのだ。


「はあ……まあいい。ほらよ。今日はこれを貸してやる」


 そう言って、ヤン爺は何かを差し出して来た。腕を伸ばして受け取る。


「……魔核?」


 オレの手のひらに乗っているのは、赤い宝石のようなものだ。ちょうど昨日の角兎の魔核と同じくらい。こっちの方が、角が取れて綺麗だ。


「魔核じゃなくて魔石だ。正確には魔道具だがな」


 魔物から採取できるのが魔核。魔核を人が使えるように加工したのが魔石だ。そして、魔石に魔術式を刻めば魔道具になる、らしい。


「ちょっと魔力を籠めてみろ」


 ヤン爺にそう言われた。まさかの無茶ぶりだ。


「いや、無理だよ。オレ、魔力持ってないし」


 こっちの人は臓器の一つとして魔核を持っているらしいが、残念ながらオレにはそんな謎器官なんてない。当然、籠める魔力も持ってない。

 魔力の充填された魔石があれば、そっちから魔力を供給できるらしいけど。オレが魔道具を使うには、その方法で魔力を籠めるしかないな。


「あ~……そうだったな。魔力を持たない者なんぞ、お前以外にはおらんから忘れとった。どれ、よこせ」


 素直に魔道具を返す。この世界の人は魔力がなくなると死ぬらしいからな。魔力を持たない人はいないだろう。


 魔道具を受け取ったヤン爺が、魔道具へと魔力を籠めた。すると、魔道具が白く光り出す。


「おお~……」


 薄暗い店内では光がよく見えた。人が持つエネルギーで、道具が動く。オレにとっては未だに不思議な光景だ。


 その光に下から照らされて不気味な顔になったヤン爺が、解説を始めてくれた。


「この魔道具に刻まれているのは、簡単に言えば『光の精霊の指定』と『籠められた魔力の分だけ光る』ことだ。簡単な部類の魔道具になるな」


 そう言ってヤン爺は光を消し、再びオレに魔道具を渡してきた。受け取った魔道具を、薄闇の中で覗き込む。今ヤン爺が言った魔術式が、この魔道具には刻まれているらしい。


「……魔術式って、どこに刻まれてるの?」


 オレが見る限り、滑らかな赤い石には傷一つない。魔道具の作り方ってよく知らないんだよな。


「刻まれているのは外側ではなく、中だ。見たいなら魔石を“開く”といい」


 ……開く? 何を?


 疑問符を浮かべているだろうオレに向かって、ヤン爺が追加で説明を重ねる。


「魔石に集中しろ。魔力を追って内側へ意識を向ければいい」


 アバウトだなあ……。


「う~ん、やってみる」


 手に持った魔石へと意識を集中する。赤い宝石のような魔石の内側へ、魔力の感覚を伸ばしていく。

 そして――


「うおっ!?」


 急に何かが見えた。現実ではない。オレの意識の中に何かが浮かぶ。目を閉じると、よりはっきりと脳裏に見えた。球体状の空間の中に、様々な文字が浮かんでいる。


「出来たようだな。それが魔石を“開く”ってことだ。魔道具職人は、その状態で魔術式を刻んでいく。ああ、変に弄るなよ。文字が変わったら壊れるからな」


 弁償はきついので、魔石から意識を戻した。吊り上げられるように、球体状の空間から引き戻される。見える景色が元に戻った。


 個人的にはかなりの不思議体験だったが、ヤン爺は普通の顔だ。そのまま説明を続ける。


「魔術式ってのは、言ってしまえば精霊への依頼文だ。魔力を渡すから“これ”をやってくれっていうな。作る上での決まり事は無数にあるが、まあ、魔石に魔術式を刻めば魔道具だ」


「なるほどー……」


 解説は非常に助かる。オレは自力で魔道具を作ることを目指しているのだ。


 魔力がないオレには、身体強化も魔術も使えない。出来るのは小さな魔物を討伐できる程度の魔力干渉と、魔力の察知のみ。自力では戦闘力がほとんどない。


 それでも、オレは強くなりたい。誰かを守れる強さが欲しい。ただ失うのはもう御免だ。


 だから、オレには道具が要る。地球の歴史を想えば、人が身一つで強くなる意味など無いはずだ。道具を使った総合的な力こそが、人の強みだろう。オレは自分を補うための魔道具を作る必要がある。


 今日ヤン爺に見せてもらった魔道具は、その一歩目だ。だけど……。


「……ヤン爺。魔道具の中の文字、全然読めなかったんだけど……。もしかして普段使う文字と別なの……?」


 最近頑張ってこの世界の文字を覚えてるはずなのに、知ってる文字なかったんだけど。


「ん? ああ、言ってなかったか。魔道具に刻まれてるのは精霊語だ。精霊に頼むんだから、精霊に伝わらんと意味がないだろう?」


 それはつまり、オレは異世界に来て、さらにもう一言語覚えないといけないと……?


「……ちなみに、精霊語ってどうやって覚えればいいの? ヤン爺が教えてくれる?」


「あ~……さすがに俺にも無理だな。俺の本職は売ることだけだ。普通は魔道具職人に弟子入りするもんだが、お前さんには厳しいだろうな」


 まあ、オレはどっから見ても異邦人だ。雇ってくれる場所があるなら、冒険者なんてやってない。


「魔道具を作れるくらいに精霊語を覚えるとなると、帝都の大図書館に行って調べるしかないと思うぞ」


 この世界、図書館なんてあったんだ。


「そっかー。帝都かー」


 ……旅費がねえよ。


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