8、焦りと依頼と衝撃と
大人達は仕事に、子供達は遊びにと忙しくとも楽しく過ごしていた。
研修が終わるまであと数日というところで、ナールさんがご領主様を伴って慌てたように駆けつけて来た。
1度しか見た事のなかったご領主様だが、遊び心と寛容な心を持った人と言う印象が強かった。
そんなご領主様ードートリア男爵ーまでもが、やや焦りの色を滲ませた顔で来訪した事に村人達も怪訝な表情となっていた。
もちろん私だって何があったのだろうと、心配になっていたわけだが••••
「ルンちゃん達は宿泊所でお菓子食べようか。今日は出来立てのクッキーだよ?」
そんな事を聞いたら行かない訳にはいかないではないか。
ナールさんやご領主様を心配する気持ちはすっかり消え失せ、宿泊所へと急いだ。
何せ食べ盛りの子供が10人もいれば、そこは戦場なのだ。
やや足の遅い私は他を出し抜くにはスタートダッシュしかないのである。
ただし淑女たる者スタスタ走るなんてはしたない真似は出来ない。
「あー!ルンちゃん ずるいー!」
何を言うのだ。私は走ってもいなければ歩いてもいないではないか。
ただダル兄に抱っこで移動してもらっているだけだ。
無事お菓子争奪戦に参戦して出来立てクッキーにありつけホクホクしている時、村を代表した大人達がご領主様を中心に話し合いをしていた。
その日の夜、父から皆んなに話があると言われてテーブルについた。
「今日ご領主様がいらして、この村人達にお願いしたい事があると言われたんだ。
この村で作ったようなダムを作ってもらいたいと。
そして、その依頼はこの国から。つまり国王様より出された依頼らしい。
依頼された場所は•••、王都の北側にある山脈付近。この村と正反対の位置になるかな?
そこにここと同じような、水量を調節して洪水被害を軽減する仕組み、ダムを希望されているとの事だ。」
何だって!?国王様からの依頼!!?
それはご領主様も焦るはずだ。
確かにダムのなかったこの世界では、革新的だし人々の暮らしには必要な事かとは思う。
しかし何故父達が行く必要があるのだろう?
王都にはそれこそ、この村の人達以上に技術も知識ももっている人がいるではないか。
そんな疑問を読んだかのように
「技術や知識があっても、経験がないからこの村の人達に行って欲しいそうだ。」
「いつからどの位行く事になるんですか?」
母の質問に、父は厳しい表現のまま
「その場所まで大体5日はかかるから、この研修が終わる頃。来週から行く事になるかもしれない。
今年の雨季には間に合わないかもしれないが、なるべく早くの完成をとの事らしい。
もちろん、その間仕事が出来ない事への補償金も出るらしいから、生活の心配はいらないよ。」
安心するようにそう言って微笑んでくれた父だが、違う!
ダム完成には早くても1年と半年はかかるのだ!その間父は帰って来れないと言う事ではないか!!
そんなの嫌だ!!!
「おとーしゃん、いなくなる いやー!」
知らず知らず出ていた大粒の涙と鼻水を流しながら、そう叫んでしまった。
ウワァーン!と大泣きしながら父にしがみついた私を、父は優しく抱きしめて
「大丈夫だ!休みには帰ってくるし、お土産だって買ってくるぞ!」
帰って来てくれるのも、お土産も大歓迎だがダメなのだ。
国からの依頼ならば、断れないと言う事も分かっている。
でも、父不在になる生活何て考えた事もなかった。
ただただ抱きつき首を横に振り続けた。
その夜は家族5人ぎゅうぎゅうに身を寄せ合って眠った。
次の日、目の赤い子供達や奥様と、そんな家族を残してダム作りへと出向かわなければいけない父親達の傷心し切った姿が、あちらこちらで見受けられていた。
その様子はさながらお通夜のようであった。
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