転生した最強の魔女は地味な生活を望んでいます
少女――エルネ・フォートルは《転生者》である。その事実を知るのはエルネ本人だけであり、彼女はその事実を広めるつもりなどなかった。
《レヴォス大陸》にいる最強と謳われた五人の《魔女》――その一人、《深緑の魔女》の名を冠するエルネの望みは、前世のような闘争に塗れた人生ではなく、慎ましく平穏な日々を送ることである。
故に、エルネは前世に並ぶ力を持っていても、今世で使うつもりは一切なかった。
それこそ、自らに命の危機が迫った時くらいだろう――それが、《魔法学園》に入学して早々に、訪れるとは思ってもいなかった。
「あ、貴女……その《魔法》は……!?」
エルネの背後には、驚きの声を上げる少女。
エルネと少女の周囲には、地面から蠢くように生える『植物の根』があった。
《植操魔法》――彼女がかつて、《深緑の魔女》と呼ばれた所以だ。すでに使い手の存在しない伝説上の魔法を、エルネは使って見せた。
その力を使わなければ、背後にいる少女を守れなかったからだ。
周囲に立つ複数の人影は、いずれも手練れの魔導師だということは、エルネにも理解できている。
だから、不本意ながらも本気を出す他なかったのだ。
「仕方ないわね……こうなったら」
エルネはため息をつきながらも、自らの操る植物達に魔力を送り込む。
エルネの意思に応えるように、植物達はうねりを上げて周囲の魔導師達へと襲い掛かる。
襲ってくるのが植物である以上、魔導師達の行動は合理的なものであった。
《炎》を使うことで、エルネの操る植物を燃やそうとしたのだ。
だが、それは何の意味もなさない。
「無駄よ。確かに『現代』では、相性によって魔法の有利不利があると言われるわ。わたしもそれくらいは分かってるけれど、少なくともあなた達とわたしでは――明確に力に差があるの」
エルネは宣言と共に、魔導師達の作り出した炎ごと、魔導師達を吹き飛ばす。ブンッと風を切る音と共に、大樹の根が乱暴に暴れて――やがて静寂をもたらした。
そこに立つのはエルネと、エルネが守ろうとした少女のみ。
やがて、少女もその場にへたり込んでしまう。
「あ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、です……。でも、貴女、今の魔法は一体……?」
目の前の光景を見ても、何が起こったのか、少女には理解できなかっただろう。
それは少女の知る『現代魔法』には数えられないものだ。
ふぅ、と小さくため息をついて、エルネは少女の方を向く。
友人になったばかりの少女に向かって、エルネは人差し指を口元に当てて言う。
「今のこと、誰にも話さないって約束してくれたら、教えてあげるわ」
それがエルネと、少女――セレシィ・ヴィフィルとの出会い。
この国の《第三王女》との、初めての邂逅であった。
***
ゴーン――《ファーマ魔導学園》内に、授業の終わりを知らせる鐘の音が響き渡る。
その音と共に、学園内は生徒達の声で騒がしくなった。
「はー、やっと授業終わったーっ!」
「ねえねえ、放課後どうする?」
「そう言えば、学園の裏門のように喫茶店できたらしいよっ」
――今時の女の子らしく、生徒達のそんな話声が、エルネの耳にも届いていた。
長い黒髪を後ろで編み、眼鏡を掛けて、教科書を抱え込むようにしながら歩く少女――それが、エルネ・フォートルである。
特別親しい間柄の人間はおらず、魔導学園での入学時の成績は中の下。徹底して地味で目立たない暮らしを送るエルネは、
(ふっふっ、今日も完璧な地味さ加減ね!)
一人、心の中でほくそ笑む。
エルネは決してコミュニケーション能力が低いというわけではない。
人並み以上に話すことはできるし、それこそ魔法に関しては他を寄せ付けないほどの実力を持っている。
それは――エルネには前世の記憶があるからだ。
かつて最強と謳われ、絶対的なまでの力を持った《魔女》――ルベイラ・シュトーという女性の記憶。
彼女の生きた時代は、表現するのであれば『戦乱』の一言であった。
それぞれの力を持つ魔女達は勢力ごとに分かれて、己の力を用いて国家へと勝利をもたらさんとする。
長きに及ぶ戦いの日々の中で、ルベイラを含めた魔女達は疲弊していった。
やがて、自ら『死』を望んでしまう程に。
そうして魔女達は自らの全てをかけて戦いに臨み――その結末は、エルネも知らない。
気付けばこうして、転生して別の少女としての人生を歩むことになっていたからだ。……前世のことを思い出したのは、魔法を学び始めた頃だったか。
辺境の村で生まれたエルネだったが、村の中では魔法の資質があったらしく、幼い頃から教え込まれていた。
そんな日々の中で、だんだんと知らない人間――つまり、エルネの中に眠るルベイラの記憶が呼び起こされたのだ。
別人の記憶があるというのは不思議な気分であったが、気が付くとそれほど違和感もなく、エルネとルベイラは同調し、今のエルネという少女として完成した。
前世のような戦いの日々ではなく、安寧を望む地味で目立たない少女として、魔法学校も無難に卒業し、『宮廷魔導師』として働ければ御の字。
できなくても、個人の『魔導師』として細々と食べていければいいと思っていた。だが、
「エルネさんっ!」
「! セ、セレシィさん?」
エルネのことを呼び止める少女の声に、動きを止めて振り返る。
そこにいたのは、真剣な眼差しを向ける少女――セレシィ・ヴィフィル。
彼女と出会ったのは、入学式の時だ。
ヴィフィル家はこの《エレノース王国》における王族の家系。
現王の娘であるセレシィは、第三王女という立場にあった。……小さな村で生まれたエルネはそんなことは露知らず、寮の部屋も隣同士で仲良くしていこうと社交辞令で話す程度で済まそうとしていたのに――その事件は、数週間足らずで起こってしまった。
――何者かが、セレシィの命を狙ったのだ。
複数人に及ぶ魔導師が学園内に侵入し、寮のすぐ近くでエルネとセレシィを襲った。
そして結果は、エルネの圧勝に終わる。
それが昨日の出来事で、エルネはセレシィに口止めをしたばかりであった。
「何か用でも?」
「そ、その……ここでは話しにくい、ので」
セレシィはちらりと周囲を窺いながら、そう言葉をつぐむ。
その時点で、昨日のことを話すつもりであると簡単に理解できた。――できれば、大きな問題に巻き込まれるつもりはない。
けれど、元々エルネは《魔女》として国を守ってきた身だ。
そんな彼女が、困っている一人の少女を放っておけるわけもなく……、
「それで、話って?」
セレシィと共に校舎裏の、人通りのないところまでやってきていた。
第三王女のセレシィが、地味で目立たないはずのエルネに声をかけた時点で、周囲からの目立ち方は尋常ではなかった。
その事実に目を背けながらも、エルネはセレシィの話を聞く。
「昨日のこと、です」
「昨日のって、魔導師達が襲ってきたこと? あれなら心配ないわ。もし、もう一度襲ってきても、わたしが守ってあげる・それくらいのことはしてあげるって――」
「そ、そうではなくて! 守ってくださるというお言葉は、本当にありがたいんです。実際、貴女がいなければ、私は死んでいたかもしれません。《深緑の魔女》の力を継ぐ、貴女がいなければ」
エルネは少し、嘘をついた。本当は力を継ぐのではなく、エルネこそが《深緑の魔女》本人であるが、その事実を広めることには一切のメリットを感じない。
故に、エルネはその力を持つ者から、『魔法を教わったという設定』をでっち上げた。
目立たないようにしているのは、その力を持つ者自体、現代では稀有であるからだ。
その力は秘匿されなければならないと教えられている――そんな風に、嘘をついた。
実際には、使われなくなってしまった『古い魔法』に過ぎないのだが
セレシィが、さらに言葉を続ける。
「けれど、それでは駄目なのです」
「……? 駄目って?」
「私は、この学園の頂点を目指しています。それが、第三王女である私が、《魔導師》として生きるための唯一の道だからです」
「……魔導師として生きる? あなた、王族でしょ?」
「その決められた生き方が、私は嫌いなんです。だから、私に魔法を教えてくださいませんか?」
セレシィがエルネに願ったのは、そんなことであった。
彼女は王族として生きるのではなく、一人の魔導師として生きる道を望んでいる――そして、その生き方をするためには、エルネの力が必要なのだ、と。
「わたしがあなたに教えるメリットって何かあるの?」
「……私には、一応王族としてのコネがあります。もしも、この王都で働きたいというご希望があれば、それなりのことには応えられるかと」
「――なるほど、面白い話ね」
知ってか知らずか、エルネがこの国で仕事を持ちたいと思っているのは事実のことであった。
すなわち、エルネがセレシィに魔法を教えれば……それだけで就職先は安泰になる可能性がある。
魔導師となる前に、その辺りは用意してくれるということだろう。
どのみち、エルネはセレシィを守るつもりであった――それでついでに魔法を教えて仕事が手に入れられるのなら、言うことはない。
「いいわ。それなら、あなたが自分の身は自分で守れるように、教えてあげる。それでいい?」
「……! ありがとうございます! 師匠!」
「いや、その呼び方はやめてね?」
こうして、エルネは第三王女の魔法の師匠となった――もっとも王に近い存在であるために、命を狙われる彼女は、誰よりもその座から離れることを望んでいる。
エルネとセレシィという二人の少女の、利害は一致したのだった。
これは、やがて二人の少女が――再び《魔女》と呼ばれる物語である。
こういう感じのガールミーツガールの学園バトルが好きっていう導入です。