ベッドの下の斧女
ベットの下の斧男、という都市伝説を聞いたことはないだろうか。ベッドの下の男というやつもたぶん同じものの別名なんだと思うから、『ベッドの下』ってあるやつ全てと認識してくれれば問題ない。内容?ああ、不審者のお話。はいおしまい。
ダメか?……ダメだよなぁ。オーケーオーケー、今更感満載だけど、しっかり説明してやろうじゃないか。だからそう睨むな。怖くないけど。
基本的には、先ほども言ったように不審者のお話だ。それもストーカー的ベクトルの。
ある日、その部屋の主である女性が女友達を呼んでお泊りを開いた。十分騒いでいざ寝ようとした時、床で横になった友人が『コンビニに行こう』と騒ぎだす。ぶっちゃけ眠かったんだろうな、おざなりに対応をするんだが、それでも結構強引に部屋から出した。んで、何なんだと思ってみれば友人曰く、『ベッドの下に斧を持った男がいる』だそうだ。
聞いて思ったのは、まあよく友人が殺されなかったなぁ、って話だった。だってそうだろう、武器持った不審者に、それも床に寝転がった結果気付いたんだから、相手にだって気付かれる。そんな状況に陥った不審者がなぜ攻撃してこなかったのか。そのまま二人とも殺すルートではないのか。
しかしまあ、それも過去の、しかも超過去の話である。具体的には二年ちょっと前、高校生になり一人暮らしを始めたくらいの、なんかそんな時期まで。んで、なんでそれくらいの時期にきっちり「ああ、これはそうもなるわ」ってなったのかというと、だ。
「だーかーらー!いい加減引きこもりをやめろって言ってんだよ!何が悲しくてプライバシーのない生活を送るんだ俺は!」
「いーやああああああああ!いいじゃないですか問題ないじゃないですかそれくらいお目こぼしくださいよー!」
だってソイツ、ただの引きこもりだったから。
▽
ことの始まりは、高校進学と同時に一人暮らしを始めたことだった。遠くに進学したとかそう言うことじゃなくて、ただまあ一人暮らしをしてみたかったという理由で始めることになり、その部屋へと来てみたのだ。狭いながらも今後一人で生活していくんだと思うと、不思議と気分が高揚してきていた。そのまま部屋に入って、すでに運び込まれていたベッドに座ろうとして……で、コイツを見つけた。見つけてしまった。
「あーもう!いい加減にしろよオマエ!このやり取りだって何回目だコンチクショウ!」
「いいじゃないですかむしろこっちが聞きたいんですけど何回目なのか!そろそろ諦めてください!」
「思春期の少年的リビドーどうしろって言うんだよ無理だろどう考えても!」
「これまで通りにお風呂でいいじゃないですか!ここから出ないってことはその辺りではしっかり守られてるじゃないですかぁ!」
「あーもうそうじゃねー!そして自分の真下で誰かが寝てる現状なだぞこっちは!」
と、ソイツの足をつかんで引きずり出そうとしながら言うと、そいつは斧なんて投げ捨ててベッドの足にしがみついて叫んでくる。なんでなのか不思議なことに部屋の外に室内の音は聞こえていないらしいので、もう知ったこっちゃない。
「そもそもですよ!ベッドのし・た・の斧女ですよ!ベッドから出てきたら意味ないじゃないですか!」
「そもそもそれはベッドの下の斧『男』だろうが!なんで性別変わってんだよお前は!」
「都市伝説に性別とかそんな大きな問題じゃねーんですよ!それよりもキャラ付けなんですキャラ付け!それが崩れることはイコールで存在消滅ですからね!?」
「とか言いながら去年出てきてたことなかったっけか!?ええ!?」
「インフルエンザで40度超えてたからかわいそうだなーって思って看病して上げたんじゃないですか!むしろ感謝してほしいんですけども!!」
「あれは本当にありがとうございました」
「あ、いえいえ。どういたしまして」
一回足をはなして頭を下げると、向こうも顔の前で手を振りながら笑顔で返してくる。いやー、あの時はホント助かったなーなんて考えていたら、視界の端でベッドの方へ足がすすむのを見て……
「がしかし、それとこれとは別だろうが!そもそもなんで俺の部屋に居座ってるんだよ!?」
「だって騒ぎにしないじゃないですか!ベッドがある部屋でその下に住むしかないのに基本即見つかって警察沙汰なんですよ!?そうならない安住の住み家を捨てられるものですか!!」
「俺の安眠はどこへ消えたのかな!?」
「そこはほら、こんな綺麗なおねーさんとの同居生活でおつりがきますよ。えへへっ」
「中身が伴ってないんじゃ!」
「酷い!?」
無駄にしがみつく力はあるから、疲れた・・・諦めて、しかしせめてもの抵抗に足を床に落としてから、ふぅと一息つく。斧女の方はベッドの下で丸まって足をさすっていた。
「はう……痛い……酷い……」
「や、それこっちのセリフだから。何が悲しくて毎日毎日毎週毎週毎年毎年、不審者と一緒に休日を過ごさにゃならんのだ」
「ふっふっふ。そんなことを言いながら、斧子さんは知ってるんですよ?」
斧子さんて。
「んで、何を?」
「うっ、なんてドスの効いた声……ふ、ふふんっ。そんなことをいっつも言いながら、解約してないことを、です。親に言って引っ越すとか、いくらでも手段も機会もありましたよねー?」
「………………」
ふーむ、これはあれだな。
「ダッツあるけど、お前はいらないってことでいいんだな?」
「ごめんなさい生意気言いました!」
ベッドの下から土下座を見られたので、まあ良しとしてやろう。そう判断をして、冷蔵庫まで向かう。
しかしまあ、ホントにどうやって追い出すかなコイツは……と、二つだけだったか。
「ほい」
「あわわっ、と」
「ちっ、出てこないか……」
「あんまり斧子さんを甘く見ないことだね」
と、なんか得意げになってる斧女の頭にスプーンを投げつけ、自分もバニラとスプーンを持ってベッドまで戻る。
「って、およ。ストロベリーじゃん。そっちは何味?」
「バニラ」
「いよっし、別々だ。一口ちょーだーい」
「……ホントに何様なんだコイツは」
一口食べながらそうぼやくも、足の間から仰向けで頭を出し、口を開けたまま姿勢を変えようとしない。何なのコイツ、踏みつぶされたいの?そんなことを考えながら、しかしいつまでも絡んでこられても鬱陶しいので一口分だけその口に入れてやる。
「うーん、おいしー!暑い時期、体を動かした後のアイスはまた格別だね!」
「あれを体を動かした、と形容するのかお前は……」
「体感暑くなってるし、消費エネルギー的には……あ、少年。私の持一口食べるかい?おねーさんがあーんをしてあげよう」
ほれほれ、降りてきな?とかなんか言い出した。それで何かを要求デモするつもりなのかもしれないが、お生憎様。そう簡単にいくわけがないのだ。
「いらん、俺イチゴ嫌いだし」
「ありゃりゃ、それじゃあ仕方ないか」
と、そう言って引っ込むとパクパク食い始めたようだ。これで少しは静かになったと、冷房を強めて俺も食べ進める。やっぱ夏はアイスだよなぁ、うんうん。
「って、あれ?そう言えば、なんでイチゴ嫌いなのにストロベリーを」
「てい」
「顔踏まれた!?」
あー、美味しーなー。
▽
「ふーん、こんな感じの街なんだ」
月日もたち、高校卒業からの大学入学。第一志望の大学を落ちてしまったために、俺は再び引っ越すことになった。
一通は合格、もう一通は不合格と記された合格通知が届いてから時間がたつのをとても早く感じたような、そうでもないような何とも微妙な時間を過ごした気がする。浪人しようという気力は湧かなかったためにそのままその部屋を出られるよう手続きをして、親に頼んで大学周辺で部屋を見つけてもらい、引っ越しの準備をして、と。すぐの間はあわただしく時間を過ごしていた。
それから全て運び出してもらって、ついでにもうお任せで向こうに家具を運び入れてもらうことにしたため、それまでの数日間は実家で過ごした。盆にも正月にもあまり帰らなかったせいか、最初の予定よりも二日も多く家にいたのだが、体感としては何故か四日くらいいたんじゃないかという気になっている。
と、そんな無駄なことを考えている間に新しい家にたどり着いていた。無意識に歩いていたので、無事たどり着けてちょっとホッとする。
「じゃあこれ、部屋の鍵ね。基本的なことについては部屋に書類があるからそれを見てね。分からないことがあったら遠慮なく聞いて」
「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
と、意外なことに大家さんと直接会ってカギを手渡しされた。どちらが主流なのかはわからないけれど、こういうこともあるんだとちょっとびっくり。けれどいい人だったので安心する。
「さて、と。六階の角部屋か」
知ってはいたけれど再確認してエレベーターに乗り、六階のボタンを押す。のんびりと上りだすエレベーターの中で、ふとあいつのことを思い出した。
『まあ、大学受かったところがそこですし、仕方ないですね』
『仕方ないって……まだ居座るつもりだったのかよ』
『ええ、居座る気満々でしたとも。というか今後もここにいますよ。ベッドは別で入れられますし』
『備え付きかなんかあるんだっけか。……あー、ま、それじゃあそんな感じで。さいなら』
『軽ッ!?あ、住所教えてよー。年賀状出すし』
『どうやって年賀状ゲットして投函するつもりだ……まあいいけど』
『サンク―♪』
……ロクなことを話していないということを、再確認した。ってか結局追い出せなかったし・・・次の住人には迷惑なものを残してしまったものだ。立つ鳥跡を濁さず、とはいかなかったか。
苦笑を漏らしながらエレベーターをでて、部屋の鍵を開けた。当然だが、運び込んでもらった家具と段ボールのままの小物があるだけで、静かな部屋である。
「……ま、これでホントの一人暮らしが始まるわけだ」
そうそう、いいことじゃないか。今度こそ一人暮らし、自分だけのプライベートスペース。うんうん、素晴らしきかな。
「さて、と。まずは荷物の開封から始めないと……って、はさみもこの中だし、どうする……買いに行くか……?」
「あ、良ければこれ使う?切れ味は保証するけど」
「お、サンキュー」
と、手渡された片手斧を使って鋏を入れた気がする箱を開封する。若干赤黒いけれどしっかりと切れる刃物に少し感心しながら開けて、中身を床に並べていき……
「って、何でいるテメエ!?」
「ちょ、ま!斧!斧はシャレにならないから!」
感覚で振り下ろしてみると、マジな顔で避けている斧女が。
ええい、コイツは!
「マジで何でいるんだお前は!確かこれでお別れです的な流れにしたよなぁ!?」
「だって住所分かってるんだもん!それに考えてみれば君以外の人が警察沙汰にしない可能性超低いし!それに賭けようって気にならなかったし!おやつ食べたいし!」
「おやつは勝手に食ってるだけだろうがあたかも俺が供給してるような言いぐさするんじゃねえ!」
「いいじゃんいいじゃん!というかせっかく引っ越した日なんだからこんな日くらいこういうのナシでいいじゃん!おそば食べようよおそば!」
「じゃあ食ったら出ていくんだろうなぁ!?」
「いーやー!ここが私の聖域!ここが私のサンクチュアリなの―!」
「前の場所でも言ってただろやっすい聖域だなぁオイ!」
「このベッドの下が聖域なのー!」
「だれが上手いこと言えっつったよこの斧女!あと防音は大丈夫なんだろうな?」
「あ、それは大丈夫。防音と斧がぶつかっても傷一つつかないよ、この部屋は」
「よし、よくやった」
「えへへ~」
「じゃあ出てけ!」
「いーやー!!!」
足をつかんで引きずりだそうとする俺と、ベッドの足をつかんで耐える斧女。
こんなプライバシーもない、年若き男の悩み的あれも発散しづらい、毎日一回は喧嘩をするような生活は・・・また四年間、続くらしい。