テケテケちゃん
テケテケ、という都市伝説をご存じだろうか。
いやまあ、知ってる人は多いと思う。想像するのが難しい存在ではないし、俺が知っているのだから相当有名な都市伝説のはずだ。
曰く、事故で下半身をなくし、上半身だけになった妖怪。曰く、下半身をなくしてしまった亡霊であり、それを探す哀れな少女。どれも中学生から高校生の女子であるというそれが、深夜の校内や地下道、あと普通に道路とか道とかで時速100キロオーバーで追ってくるというのだから、普通に恐ろしい。下半身の有無に関わらず手だけではってその速度で終われるだけでも恐怖しかない。
とまあこう綴りはしたものの、ぶっちゃけ俺は怖かったりしなかった。作り話でしかないだろうと夢のないことを考えていたし、あと「断面どうなってるんだろう。皮膚?」とか考えていたからな。そのころから医者を目指していた少年としては、その辺りの方が気になってしまったのだ。
とまあそんな少年時代を過ごし、今では夢に一歩近づいた医大生。返済無用の奨学金を取って日々勉学に励む医大生としてなんてことない毎日を過ごしている・・・と言う感じだったのだが、つい先ほど面白いものに遭遇した。
「なるほど……こうして持ち上げたとしても重力に逆らい内臓は落ちてこないのか。実に興味深い」
「あのー……下から覗くのは、やめてほしいかなー、って」
「変な羞恥を感じているんだな。下着や下半身があるわけでもないのに」
「そーゆーものなんだよ!分かれよこの繊細な女心!」
「すまないが、あいにくとそういったことにはてんで縁がなくてな」
「だろーなこの無神経!あーもう、少し前の自分に説教したい……」
ふむ、しかしこれは普段教科書や動画でしか見られなかった内蔵の配置、形を覚えるのに最適だな。
▽
「よし、これで最後か」
色々と運ぶよう教授に頼まれてしまってからずいぶんとたった。情けない話なのだが、勉強ばかりしていたためにあまり力はなく、こうして何度も往復する羽目になってしまいすっかり外は暗くなっているのだ。できるなら早く帰って今日の復習をしたい。だが教授には気に入られておきたい。コネは便利だ、うん。
「しかし、この消毒液を運んで報告をすればそれで終わり。そう考えれば気楽なものだな」
前もっての予習のおかげである程度今日の内容も理解している。ダメ押しの復習も一時間もかからずに終わるだろうと考えれば、気が楽なものだ。抱えるように持ち上げて、そのまま歩き出す。
「うむ、だがこうしてみると真っ暗な校舎に残る一人の生徒なわけだが、怪談話の定番だな」
誰もいないと分かっているからこそためらいもなくひとりごとを話せる。普段はやらないが頭の中が整理されるので口に出しながら思考をするのが癖なのだ。直そう直そうとは思っているのだが、この方が効率がいいのでどうしようもない。
と、そう思いながら思考を続ける。舞台が大学というのは聞いたことがないが、学校としてひとくくりにすれば、様々なものが思い浮かぶ。別に、勉強熱心ではあったが他のことに一切興味がないわけではないのだ。友人と遊ぶこともあったし、馬鹿話をすることもあった。彼女というものにはとことん縁がないが、数はともかくとして女友達だっている。当然、そう言う話をすることだってあった。
トイレの花子さんに音楽室の肖像画、動く人体模型に増える階段等々。基本的にはいれない夜の校舎というものは、様々なものの舞台となるわけだ。
「なるほど、そう考えると夜の大学校舎内というものをあまり聞かないのも頷けるな」
小学校、中学校、高校などと違い、大学の校舎内には生徒も結構残れたりする。別に未知の世界でもなんでもなく普通に自分がいられる世界、そうなれば怖い存在でもなく、不思議な空間となることもないわけだ。
「人は未知を恐れ、そして既知を軽視するというわけだ。昔であれば神の怒りであった雷は今ではただの化学現象だしな」
そしてそれは、医学に対しても言える。それこそ今ではなんてことのない、病院へ行けば治るような病気であっても、それが死へ直結する危険なものであった時代も存在するのだ。なんであれ、全ては移ろうもの。どうせなら、ガンすら何でもない病気となる時代が来てほしいものだ。……ああ、そうするのが私の目標となるのだったか。
「どうせなるのなら、名前を残せる医者に、だな」
と、そうすっかり元々何を考えていたのかを忘れたころに。背後からズル、ズル、と何かを引きずるような音が聞こえてくる。俺と同じように大学に残っていたものがいたのかとも思ったのだが、だとしてもこんな引きずるような音がするわけが分からない。引きずるくらいなら台車を使うだろう、どう考えても。
「ふむ……そう言えば、そんな都市伝説があったな」
ふと。本当に、特に理由もなくそんなことを思い出した。ついさっきまで都市伝説について考えていたからだろうか、そんなことを思いつつ念のために走って逃げながら思考を続ける。
名前はテケテケ。上半身だけで時速100キロをだして追いかけてくる妖怪だとかなんとか。いやまあ、そんなものが存在するはずもないし、過剰に反応しただけで同じように残っていた学生か教授あたりだろうが……
「……速度が上がった、というか追ってきているな」
ちょっとその可能性が減った。代わりに不審者説と都市伝説がその割合を広げてきた。荷物を投げ捨ててしまいたい衝動に駆られるが、そんなことをしたら何を言われたものか分からない。消毒液を廊下にぶちまけるとかしたくもない。ちょっとこぼれるくらいなら……たぶん気付かれないだろう。と考えていると、ちょっと速度が上がってきた。
「この先には……階段があったな。上がってすぐのところにいくつか物もあったはずだ」
こんな時ばかりは、教授に色々と面倒事を押し付けられていたことに感謝した。そのおかげで追いつかれる前に少しくらいは反撃できそうだ。
そう考えつつ追いつかれないうちに角を曲がり、階段を駆け上がりってすぐに荷物を置き、息を整える間もなく物置からいくつかのものを取り出す。さて、これで何とか……
と、下を見れば上半身だけではってくる女の姿が見えた。とても信じられないが……間違いなく、そうらしい。なんてことだ、俺の中の常識が崩れていく。
「と、それどころではないか……えい」
「…………え、ちょ!?」
両手で跳ねるように階段を昇ってくるそれに向けていくらかミニドラム缶のようなものを転がすと予想外なことに声を上げたのだが……クワーン!と音を立てて頭にぶつかった。無理そうであればもう一つ転がそうと待ち構えていたのだが……動く様子はない。意識を失ったのか死んだのか……なんにせよ無力化できた、と考えていいだろう。
「さて、どうしたものか……」
先ほど運んでいた消毒液を抱えなおして下り、テケテケ(暫定)を足でつつく。綺麗に階段の下まで落ちていったそれはしっかりと目を回しており、完全に意識を失っている。だが不思議なことにセーラー服の胸は上下しているので、生きているのだろう。どのようにして上半身だけで、それも断面そのままで生きているのかとは思うのだが・・・それにこいつが通ったところが赤いのだが、血とか大丈夫なのだろうか。今は全く血が出ていない辺り、不思議で仕方ない。
「と、それどころではなかったか」
意識はないとわかったため、消毒液を降ろして先ほどの部屋で回収しておいたロープをポケットから取り出し、腕を背へ持ってきて両手首を縛る。超常的な力を持っている可能性も考え、力を入れられないよう調整しつつ上半身を何重にも縛る。ここまでしても意識を取り戻さない辺り結構いい位置にあたったのだろうか。
「さて、これで動けないだろう」
断面の存在に視点を当てなければ女子高生が縛られ転がされているという絵面だ。マズいなこれは、誰かに見られたらいいわけをするのが難しそうだ。
「……しかし、本当にどうなっているんだ、これは?」
と、無害になったという安心感から断面を覗き込むと、しっかりと内臓がある。セーラー服を少しめくるとへそが上半分だけ残っており、内臓も大体その辺りのものが断面になっている。
「このまま這っていたのか……大丈夫なのか?」
と、一つのことが心配になってしまった。どう見ても危険な存在に対して心配も何もあるのかと思ったが、一度気になってしまうともうどうしようもない。仕方なく再び階段をのぼり、先ほどの部屋にミニドラム缶を戻しながら大きめのたらいを取り出した。今更だが、なぜこの部屋にはこうも様々なものがあるのだろうか。
「よし、と。まずはたらいに消毒液を張って……」
うん、少しくらいなくなってたって大丈夫。そんなことよりも気になることの方が大問題だ。そう成り立ちもしない正当化をしてからテケテケ(暫定)を抱え上げ、断面を下にして……
「えい」
「ぎゃー!?!!??!!?!?」
あ、意識戻った。
▽
「頭に金属ぶつけられるわ、消毒液に断面つけられるわ、あげくひっくり返されてじろじろ見られて……ああ、なんて恥ずかしめなんだろう……」
「だから何度も言うが、その羞恥が全くもってわからん。服がめくれているわけでもあるまいに」
そう言いながら、もう少し断面を見る。上下に振ってみても一切中身のこぼれない内臓に血流はあるのに血が流れない断面。実に興味深い。
「というか、この場でのリアクションがそれ!?自分で言うのもあれだけど、テケテケよ?都市伝説なのよ?さらにはこの見た目よ!?ちょっとは怖がったりしてもいいんじゃないの!?」
「さっき追いかけられている時にしっかり怖がったからな。今は縛り上げて完全に無力化、怖がる理由もない。むしろ興味が強い」
「あー……医大生なんて標的にするんじゃなかったかー」
たぶん医大生じゃなくて俺がおかしいだけなんだと思うが、それは口にしないでおく。こんな面白存在を見つけたら解剖したりして調べ尽くそうとする変人もまあ、そこそこいるしな。
「そう言えば、他の都市伝説も存在するのか?」
「んー、そうね。テケテケだけでも他にもいるらしいわよ?」
「らしい?」
「ええ、会ったことないし」
「あわないのか?」
「下手なことして断面同士が接触、って考えるとね。なんとなーく、会おうとは思わない」
「なるほどな」
確かに何が起こるか分からないし、避けたくもなりそうだ。とまあそんなことを考えながら正座をし、足の上に寝かせる。顔を見て会話できるようになった。
「しかし、この後どうする?個人的にはこのまま放すのはためらわれるんだが」
「いや、できればこのまま逃がしてほしいんだけど」
「こんな不審生物を外に逃がすと思ったか?」
「それもそうだよねー……はぁ」
「まあ、そうだな。食と住は保証する」
「それでいいのかアンタとしては!?」
割と、こんな面白物体を得られるのならそれくらい安いと思う。好奇心が暴走しそうなレベルだ。
「というわけで、だ。ひとまずその辺りに隠すからしばらく待っててくれ。鞄を取ってくる」
「まって、鞄ってその中に入れて持ち帰るつもりなの?」
「俺君をそのまま抱えて帰ったらお巡りさん呼ばれる」
「……確かにそうね、うん」
納得してくれたようだ。であれば、と先ほどの部屋へ隠そうと考えて……ふと、気になってしまった。
「……あれ?ちょっと、何でひっくり返して?」
「や、ちょっと気になって」
「だから、今度は何を……ひゃ!?」
断面から、手を突っ込んだ。
「ちょ、ま、なにを、」
「や、そうそう内臓に直接触れられる機会はないからな。気になった」
「好奇心で動きすぎでしょ!?あ、や、そこは、中身みちゃや!」
「羞恥心の感じ方も特殊か……お、これは心臓だな」
「あ、ちょ、そんな強、く……ンァッ」
「羞恥の感じ方どころではなく、何を言っているんだお前は?」
「いいから、手を抜けぇ!」
▽
「ふむ、この辺りでもなかったな」
「あー、今回も違ったかぁ……」
「まあ、まだテケテケの下半身の噂がある場所はある。いずれ見つかるだろうさ」
彼女に会った日、自室に連れ帰ってから。触診は一度やめにしてテケテケについて聞いたところ人を驚かせることのほかに下半身を探しているのだと知った。本人にもどこにあるか分からないため諦めているというのだが、個人的にはあきらめられなかった。
色々と興味深いものを見られたし、その恩もある。だから恩返しの意味も込めて探そう、というのも一つの理由だ。だがその他に、興味もあった。
上半身であれば、血流という問題点を除けば自由意思で動いていることにも納得できる。だが下半身はそうではない。司令塔である脳がないのだ。にもかかわらずあるというのだから、しかも動き回っているというのだから、実に興味深い。
その他にも上半身と下半身が何か超常的なもので繋がっていて血流が保たれている可能性など、本当に興味深い。
「まあそれはそうだけどさ、よかったの?いつものことながら、せっかくの休みに」
「なに、遊んでないわけではない。むしろ結構遊んでる方だと思うぞ?」
「確かにまあ、遊んでるんだけどね。それでも気になるわけですよ」
ふむ、だがまあ。
「下半身を発見したら再び調べ尽くす。それで十分だろう?」
「今度は下半身だし、割とシャレにならないレベルではずいんだけど」
「といわれてもな。興味があるのばかりはどうしようもない」
「チクショウ、この知識欲の奴隷め!」
「あと、上半身と下半身を繋げるのも、実に興味深いしな」
というわけで、現在の目標は彼女の下半身を発見すること。そして調べ尽くし、その後に上半身と下半身を繋げることだ。ついでに、その後の経過についても観察し続けていきたい。
「はぁ……探すの手伝ってくれる、繋げてくれる、ってのさえなければ今すぐにでもこの変態の元を去るのになぁ……」
「変態とは何だ。将来優秀な医者となるため、実物で臓器の場所を覚えているだけだろう」
「あのねぇ、下半身があったとしたらどうよ?私は下からじろじろと見られたあげく手を突っ込まれて好き放題されてるのよ?」
「……不思議だな、そう聞くと俺がどうしようもない変態のようじゃないか」
「こっちから見れば変態だって言ってんの!」
うーむ、何とも難しいものだ。
「まあそれはともかくとして、これで今日回る予定の場所は終わったな。旅館へ向かうか」
「おー、旅館いいね」
「今回は部屋ごとに露天風呂があるところだからな。お前も入れるぞ」
「あ、マジで!?ラッキー!マジナイス!」
「礼は内蔵でいいぞ」
「ええいどうしてこうも一瞬で落とすかなぁお前は!」
そんな会話をしている間にカーナビの設定も終わり、準備が出来た。
「さて、行くぞテケテケ。近くに行ったら言うから、鞄に入れよ」
「はいはーい。それじゃ、レッツゴー!」