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ターボばあさん

ターボばあさん、という都市伝説がある。

とはいえこれといってこうと説明する要素があるわけではなく、結構名前のまんまな都市伝説なのだけれど。山を……いや、山だけに限らず高速道路だったりトンネルだったりするのだけれど、なんにせよ車で速度を出して走っていると老婆がこちらを見ながら並走してきたり、後ろから追いかけてきたり、ドアミラーを叩いてから追い越して走り抜けていくことなんかもある。地方によっては追い越されると死んでしまう、なんていう物騒な伝承にもなっているようだ。

当然ではあるが誰かそれを見たという確かな証拠があるわけではなく、あくまでも噂話の類でしかない。俺はこの話の舞台が夜ばかりであることなんかから夜中に調子に乗ってスピードを出して事故るやつらへの戒めだと思っているのだが、単純に話題として誰かが考えただけのものかもしれない。派生形にバスケットボールをドリブルしながら追いかけてくるとか言うのもいるらしいし。これはもうどう頑張ってもただのギャグだ。


と、話を戻そう。なんにせよ、俺はこんなものは所詮はただの噂話、実態はありもしない都市伝説だと思っていた。そう、思っていた、なのだ。過去形である。edが付いちゃう感じだ。……思う、の過去形がその単純な変化だったかどうかという議論は、この際置いておこう。なんせ思い出せん。で、だ。その過去形になってしまった理由は……


「なん、じゃと……」


今、目の前に。ついさっきまで軽く140キロは超えていたばあさんが崩れ落ちているのだから。




 ▽




ぶっちゃけてしまえば、俺は所謂スピード狂である。毎日やらないと気がすまない、とかまではいかないものの週に一度は夜中山まででて、思いっきりスピードを出して爆走する。乗るものは車かバイク。ブレーキを踏まずに山道を爆走し、風になるあの感覚がとても好きだ。

そしてこの山は、そう言う連中の中でも知る人ぞ知るスポット。調子に乗ったバカなど一人もおらず、いまだに事故になったことはない走り屋の聖地だ。下手な運転をすれば周りが怖い、というのもあるのだが。

まあだからこそ、時には勝負にもなる。いざ走り出そうとした瞬間だったり走ってる最中に挑発されれば、基本的には受けて立つのが俺達なのだ。たとえ相手と自分が載っているものが違ったとしても、そんなことは関係なく。実際俺も、自転車や人力車と勝負をしたことがある。さすがそのツールで勝負してくるだけはあるのか、僅差で敗北した。だからこそ、俺は身をもって知っているのだ。相手の状態や見た目でなめてかかれば、一瞬で殺られるということも。身をもって知っている。


「……うん?」


ふと、右からノックされるような音。それに横目で見れば、老婆が並走していた。かと思えばそのまま加速し、だんだんと俺との距離を取ってくる。


「ふぅん、足、か……始めて見る相手だな」


そもそも老婆がこんなところに来るのも初めてだ。見たこともない。心臓に大丈夫かと思った自身はいたが、すぐにそんな思考は頭の中から追い出す。ここは、そんな半端者の来る場ではない。ただ速さに憑りつかれたバカが集まる場所だ。むしろスピードの中で死ねるというのなら、それこそが俺達の死に場所ともいえる。で、あれば。


「本気で答えるとしよう」


アクセルを一気に踏み込み、ギアを変える。トップギアでのんびり百キロで走っていたのだが、オーバートップに入れなおす。そして次の瞬間、違法改造が起動する。

元々は自転車や人力車たちに勝つために施した、一つの改造。その結果ギアが一つずつずれるような形になり、開いた一つに入れた魔改造。それで一気に加速して、目の前を走る老婆へと距離を詰める。


『な、はぁ!?』


外から何か聞こえてきた気がするが、そんなものは意識に入れない。今意識に入れるのは道、速度、目の前の敵の三つのみ。もっともそのうちの一つは今、横の敵となったのだが。

そして、追いつかれたという事実からか老婆もまた加速する。さらに加速があるとは驚きだが、それはこちらも同じこと。違法改造ゆえの加速能力を使い、ギミックを使い、山道を減速なしで走る。

ここまでしてなお、互角。まだ相手を追い抜くことが出来ず、またこちらも追い抜かれていない。その状態で進む最後の直線。山頂へと至るそこで、最後の加速を行う。同じことを向こうも考えていたのか、同時に加速。その結果……僅差で、車の先がそこへ到達する。


「ふぅ……勝てた、か」


強い感情が湧き上がってくるのではなく、静かに自分の中で広がる感覚。ありえない速度の中にいたことで狂っている感覚を整え、車を降りた。勝負の後の相手との会話もまた、これの楽しみだ。そう思い、出たのだが。


「なんじゃ、こやつ……ありえんじゃろ……」


なんでか、四肢をつき、和服の老婆が崩れ落ちていた。







「ふむ、どうした老婆。心臓でも壊したか」


放っておくわけにもいかないため声をかけると、老婆は顔を上げ、胡坐をかくようにして座った。


「ふん、負けは負けじゃ。このわしが負けるとはな。そのバカさ加減、完敗じゃよ。速度で負けては立つ瀬がないのう」

「何を言っているのだ?」


つい反射的に聞き返すと、向こうはこちらの顔を忌々しげに見てくる。


「なにを、じゃと?……まさかぬし、儂がただの老婆だと思っているのではあるまいな?」

「あんな速度で走る老婆がいてたまるかよ。ターボばあさんとかいうのだろう?」

「あっさり受け入れ取るの、ぬし」

「ありえないとは思うが、それ以外にないだろう。理論よりなにより目の前の事実だ」


目の前にそれがいて、明らかな人間離れを見せられた今。それを信じない理由の方がないというものだ。そして、それが目の前にいるというのなら言いたいこともあるにはある。


「思うんだがな。ターボばあさんというものはなぜそうまでアンフェアな試合を臨む?」

「アンフェア、じゃと?」

「だってそうだろう?後ろから追い越して始まるのでは、どう考えても公平性に欠ける。同時にスタートしなくては」

「ターボばあさんに会って言うことかそれかの!?」

「他に何がある」


変なことを言う老婆だ。この山で他に論ずることがあるものか。


「なんにせよ、一週間後にフェアな勝負をしよう。いいな」

「オイ待て、待たぬか」

「ではな」

「聞けよ!?」


無理矢理握手をし、車に乗り込んでその場を去る。さて、これで一週間の仕事を頑張る気力がわいたな。


「いや待て、だから聞かぬかー!?」


敗者には再戦を断る権利がなく、勝者には再戦を申し込む義務がある。これもまた、この山だ。




 ▽




仕事を定時に終え、一度帰宅しバイクに乗り換えて再び走る。向かう先は走り屋の山だ。速度に憑りつかれた亡霊のための場所。この場に来るのに必要なのは埒外の速度、絶対に事故らないテクニック、スピードへの執念。ただそれだけ。それらを持ってさえいるのであれば、どのようなものでも関係なくライバルであり同士である。

だからこそ、俺のように車とバイクの二足の草鞋のものもいれば、どちらか一つだけのものもいる。中には人力車や自転車なんて言うものまでいる程だ。そして先月の始め、もう一人変わり種が増えた。


「おっ、来たぞ来たぞ。今週はどんな走りを見せてくれるのかね?」

「走りもそうだがどのようなバトルになるかの方がきになるわい」

「どうせどっちが勝ってもまた来週のさらにいい試合につながる。満足できるかだね」


既に集まっていた観客がそんなことを言っている。だが、そいつらには何の反応も返さない。今俺が反応をするべきは、ただ一人。先週の勝者に対してだけだ。


「お、きたのう。今日も勝たせてもらうわい」

「そうもいかん。なに、これまで通り二連勝だけはさせん」

「それはおんしもじゃろう。初の二連勝、そして勝星はわしがもらう」


そう返してくるのは、口調に似合わない口調の女。見た目の歳は17,8といったところだが、その見た目が年齢でないことを、そもそも人間でないこともこの場の全員が知っている。

初めて彼女と競った次の週、約束通りに彼女は現れ、目の前でその姿を変えた。

しわまみれの顔、光を灯しているのかも怪しい目、和服を纏う小さな体躯の老婆であったその姿は、十人中十人が魅力的であると断ずるであろう女の姿に代わった。二度も負けられるか、と本気を出した様子で変えたその姿。何か変わるのかと問えば若い体の方が全てが上だと返してきたその時は当然だと思い、そしてその宣言通りそれまで以上の速さであった。完全に負けた。それ以来、お互いが交互に勝つという繰り返しを週に一度繰り返しているのだ。……たまに二度だったり三度だったり七度だったりしたんだが。

なんにせよ、その結果として彼女はとても魅力的な見た目をした、スポーツ少女の姿で目の前にいる。身体的変化によって得られる速度は変わらず、後は互いにどれだけ技術を出せるか、切磋琢磨するだけだ。


「さあ……殺るか」

「ああ……殺ろうじゃないか」


互いにスタート位置につき、野次馬の一人が合図を出す。同時に、二つの風となった。


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