メリーさん
メリーさんの電話、という都市伝説を知っているだろうか。メアリーさんだったり人形だったりする変化はあるかもしれないが、おおよその人は知っているのではないだろうか。ものすごくさらっと概要を離してしまうと『電話がかかってきて、だんだん近づいてきて、最後には後ろにいて、振りむいてその顔を見てしまうと死ぬ』らしい。
ん?なんで『らしい』なのかって?そりゃオマエ、今調べたところだからだよ。俺は知らないというごく一部の例だったわけだ。
ぶっちゃけ、こういうオカルトに興味はない。そりゃ聞いてて面白いとは思うけれど、だからといって全て楽しめる程の人間ではない。なんとなく、実体験っぽいものを見てても「作りものだよな」って考えちゃって楽しめなくなるのだ。だから何か話題にでも出てこない限り調べたりはしない。それが今調べているのはつまり、そういうようなことで。何かしらかかわりが出たということで。ではその内容は何だったのかというと、だ。
「もしもし、わたしメリーさん。お願いだから、ここから出してほしいの……」
「すまんな、これはカギが壊れてるから開かないんだ」
「なんてこった、なの……」
今、俺の背もたれ……になっている鍵の壊れた金庫。その中にいるそうだ。
▽
『もしもし、わたしメリーさん。今、あなたの教室にいるの』
見覚えのない番号からの電話に出たら、そんなことを言われた。まさかではあるがストーカーの可能性もあるため着拒に設定し、隣を歩く幼馴染に尋ねる。
「なあ、メリーさんって人から今教室にいるって電話が来たんだけど、知ってる人か?」
「メリーさん?んー、そんな知り合いはいないね……」
生まれも一緒、それ以降今高校二年に至るまでずっと同じ学校同じクラスの幼馴染。それが知らないというのだからかつまり、俺の知り合いでもないということになる。一体どこから電話番号が漏れたのかと思うが、まあこんなご時世だ。どこから漏れていてもおかしくはない。
「あ、でもそういう都市伝説ならあるよ。メリーさんの電話」
「……さすがにそれはないだろ」
「えー、あったら面白いなー、と思って生きようよ。面白いし」
「そう言うの考えるの苦手だって知ってるだろ……」
そうため息をつきながら返すと彼女は少し振り返り、
「ま、気になるなら調べてみなさいな。小説でも読むくらいの感覚で、さ」
「説明してくれると楽でいいんだけどな」
「私はこれからお昼寝という重要なミッションがあるのです!」
ふざけて両手で敬礼すると、そのままもう目の前である一軒家へと走っていく。俺の暮らしているマンションの隣に立っているその家はそこそこでかく、そこそこお金持ちであることが見て分かるようなレベルだ。
「あ、そだそだ。今日は食べに来るかい?」
「いや、今日はまだ食材あるしいいや。月末にお願いしますと伝えてくれい」
「はいはーい」
両親が仕事の都合でいないために一人暮らしを始めてからというもの、一応自炊もしているしお金がなくなるようなこともないのだが、どうしてもだんだんとめんどくさくなってきてしまう。で、そうなってきたらお隣さんに頼っている、というわけだ。昔からの付き合いすぎて遠慮のしかたが分からない、というのもあるんだけど。
さて、そんなことは置いといて、だ。言われたとおりにスマホで調べてみることに。で、テキトーなページを開いたところで、再び着信。番号こそ違うが、知らないという点では同じ。果たして……
『わたしメリーさん。着拒されて結構傷ついているの……』
おーっと、ブロークンハートしてるぞー。
『でもいいの。まだ番号はあと千個はあるの』
おーっと、復活早かったぞー。
『そう言うわけで、メリーさんめげないの。今、昇降口を出たところなの』
「おう、そうか。そのまま左に進むとウサギ小屋があるぞ」
『ウサギさんなの!』
電話が切れた。ふむ、少なくともこの相手の精神年齢は低いようだな。そんなことを再確認しながら再びスマホを弄り、ページを読んでいく。エレベーターに乗り、最上階のボタンを押してから本格的に
「だんだん近づいてきて、後ろに来て、振りむき、顔を見ると死亡、か」
段々と近づいてくるとか、電源を切ってもかかってくるとか、まあ確かに恐怖する部分はあるな。あれだけど。あれなんだけど。とか考えている間に最上階につき、そのまま自室に向かう。最上階の一番奥の部屋。鍵を開けて入り、鞄を玄関先において、部屋へと踏み込んでいく。自室はともかくリビングはちゃんと整理しているのでまあ大丈夫だろう。さて、あれがマジモンだとしたらどうするのが正解か……と、着信。
「はいもしもし、蕎麦屋です。出前でしょうか?」
『間違えたの!』
切れた。再びポケットにしまって今家にあるものを思い出していこうとすると、再度の着信が。
「へいらっしゃい!来来亭だよ!今日は豚骨がいい出来ね!」
『あ、じゃあそれを・・・って、そのネタはもういいの!ネタは上がってるの!』
おっと、怒られた。天丼ネタくらい反応してくれてもいいじゃないかと思ったんだけど、そうもいかないらしい。
「で、どうだった?ウサギは可愛かったか?」
『最高だったの!』
「そうかそうか、それはよかったな。じゃ、遅くなる前におうちに帰りましょうなー」
『はいなの!』
切れた。と思った次の瞬間にはかかってきた。
『だからそうじゃないの!思わぬところで時間をロスしちゃって焦ってるところなの!今こうしている時も移動してるところなの!』
「おー、そうか。お疲れさん。そのまま休んでくれればいいのに」
『休まないの!実際、今は貴方のマンションの下にいるの!』
オイ待て、そのショートカットはありなのかメリーさん。ウサギ小屋を離れたのがついさっきのはずなのに、今もう既にマンションの下って。どんな手段でそこまで一気に移動したんだ。俺もやりたい、楽だし。
『ふっふっふ、なの。今から一階一階近づいていってあげるから、恐怖するといいの』
「そうか。因みに俺の部屋十四階だから、頑張ってくれな」
『足が死んじゃうの!』
どうやら彼女、階段で来るつもりだったらしい。中々の頑張り屋さんじゃないか。であるのなら、俺も一つ知恵をあげるとしよう。
「このマンションには『エレベーター』という文明の利器がある」
『その手があったの!』
切れた。さて、それにしても参ったな。これで彼女は結構な速さで十四階までたどり着く。それまでに対抗手段を考えなければいけなかったのだが・・・あ、あれで行けるかな。うん。
ふと目を付けたものに近づいてもたれかかり、そこで電話がかかってきた。
『もしもし、わたしメリーさん』
おっと、最初のころのメリーさん電話って感じの出だしになったな。ここから本領発揮のお時間か?
であるのならば俺も、相応の心構えで挑むとしよう。いかに恐ろしいことであっても、たとえその言葉に恐怖したとしても、それを表に出さない。ひとまず相手に優位に立たれては行けない。ただひたすらに強気に、威圧をかけるように、そう、自分を大きく見せるんだ!
『今、マンションの二階に、あいや三、四、五、早すぎなの!』
あ、崩れ去った。なんてことないや、相変わらず。
『ダメ、ダメなの!メリーさん的には一階ずつ上がって電話して怖がらせなきゃなの!あ、もう十階!?』
涙声だった。なんかもう、いたたまれなかった。
『うー……十四階、なの……』
付いちゃったらしい。うん、なんかドンマイ。
『私、メリーさん。なんだか気が付けばもう、あなたの家の扉の前なの』
「そうか。あ、ここは日本だから、部屋に上がるときは靴を脱いでくれな」
『分かったの……って、そうじゃないの!』
と、次の瞬間。家の鍵が開いた音がした。おっと、なんてことだ。
『ふっふっふ……わたし、メリーさん。今あなたの家に入ったの』
「みたいだな。そのピッキング技術、今度教えてくれよ」
『あ、これはメリーさんの超能力で……って、なんで友達感覚なの!?』
ダメらしい。うーむ、もったいない。
と、次の瞬間。ふと、背後に何かを感じた。
俺は霊感がある方でもないし、幼馴染が真後ろまで迫っていても気付かなかったりするような奴だ。だというのに、背後に何かが出てきた、ということだけは認識できた。
『「もしもし、わたし、メリーさん」』
その声は、電話と背後の二か所から同時に聞こえてきた。片方は、機械を通した特有の音。そしてもう片方は……若干、こもったような音。
『「今、あなたの後ろに……って、なんなのこれ!?」』
まあ、その反応は分かる。そう思いながら俺は、通話状態のスマホをテーブルに置いた。だってもう、会話するのにスマホいらないし。
▽
「うー……カギのない金庫に閉じ込めてくるとか、メリーさんびっくりなの・・・」
「だってほら、背後に来るって言うんなら、こういうのを背後にしてたらどうなるか、って言うのが気になってくるものじゃん?」
「とってもとってもめんどくさいのを標的に選んじゃったみたいなの……」
後悔先に立たず。いい勉強になったかな、メリーさ……メリーちゃん。うん、なんかこっちの方がしっくりくるな。そう思いながら立ち上がり、冷蔵庫を開ける。
「ちょっと待つの。ねえターゲット、貴方何をしているの?」
「ターゲットて。いやまあ別にいいけど、ちょっと喉が渇いたから飲み物を取り出してるだけだぞ」
「……わたしものどが渇いたの」
「ふむ、まあ今日は暑かったからな」
俺はそう言うと金庫の下側、そこにある謎の小さな扉を開けてペットボトルとコップを入れてやる。
「……なんなの、これ?」
「キンキンに冷えた水とコップ」
「いやそうじゃなくて。それはそれで何なのではあるけれど、ありがとうなの」
「どういたしまして」
最近の子供の中にはお礼も言えない子が多いと聞く。この子は育ちがいいのかもしれない。
「でもそうじゃなくて、この小さな扉は何なの?」
「謎扉。俺も分からない」
「金庫、なの?」
「金庫、だよ?」
「なのに、なの?」
「なのに、あるの」
「わけがわからないの……」
なんだか頭でも抱えていそうな気配がしばらくしたと思ったら、水をコップに注ぐ音が。ちゃんと飲んでくれるみたいだ。安心安心。と、飲み終わったであろうタイミングでまた一つものをいれる。
「アイス、なの?」
「おう。食うか?」
「食べるの!」
とっても嬉しそうな声。うむ、大変満足であるな!
▽
「さて、問題について話すの」
「問題?」
あの後、アイスを食べ終え、誇りが気になるからと(何分、鍵が壊れて放置されてた金庫だ)雑巾を渡してメリーちゃんは倉庫の中を一通り掃除し終え、お話が始まった。
「うん、問題なの。メリーさん的には今すぐに出もこんなところでたいところなの」
「まあ、そりゃそうだよな。ただ、そうなら掃除なんてする前に出てきてしまえばいいのに、とも思った」
「それが出来てたら今のうちにでも出てあなたの背中にいるの」
ふむ、ということは。
「出てこれない、のか?」
「出ていけない、の」
出れなかったらしい。
「『今、あなたの後ろにいるの』をやっちゃった以上、わたしはメリーさん的にあなたを殺すまで何もできないの」
「ふむ、つまり俺が寿命で死ぬまで一生そうだな」
「寿命で死んじゃったら、わたしには殺せなくなって壊れてくれるまで出られないの……」
壊れたら出れるんだ。それならいいんだ。結構自由度高いな、うん。
「というわけで、可及的速やかにどうにかしてほしいの」
「ごめんムリ」
「即答なの!?」
「そんなことより俺今晩の飯を作ろうと思うんだけど、焼き肉丼に豚汁、あとステーキ。メリーちゃんも食べる?」
「カァーロリィィィィィィィ!なの!!」
乙女の敵なの―!と騒いでいるメリーちゃんをスルーして、俺は調理準備に取り掛かる。そして、おおよそ素材を取り出した辺りで。
「……メリーさんも食べる、なの」
「あいよー」
肉には勝てなかったよ!
▽
「ただいまー」
玄関を上がり、一声思いっきりあげてから靴を脱ぎしばらく待つ。するとスマホに着信が入ったのでそれに出る。
『もしもし、わたしメリーさん。おかえりなの』
「おー、ただいまただいま。ところでもういいか?」
『大丈夫なの、ちゃんと金庫の中に戻ってるの』
その言葉を聞いて安心してリビングへと向かう。すると、確かにちゃんと誰もいない。や、部屋の一部にデンと鎮座する金庫の中にはいるんだろうけども。と、スマホをしまい声を出す。
「それで、今日は何を作ったのかな?」
「メリーさん、オムライス作ったの。今日こそはいい感じにできてるはずなの!」
と、その言葉から冷蔵庫を開けると、確かにそこには二人分のオムライスが。それも、あとからちゃんと温めなおして食べられるような奴だ。下手に凝ってないところがなおいい。が、まあ問題は味の方である。
「それで、今日は変なもの入れてないだろうな?初日みたく、お味噌汁に砂糖と塩を山ほど、みたいなの」
「ちゃんと、今日こそはホントにちゃんと買ってきてもらった料理本の通りに作ったの!」
ふむ、なら安心である。
なお先ほどのお味噌汁事件は、俺が肉肉しい料理を初日にふるまい、二日目もそれを作ろうとしたところ本気で懇願され、「なら自分で作るの!」というので席を外してしばらく待ってみたところ、出来上がった味噌汁が非常にまずい。
何をしたのかと聞いてみればメリーちゃん、「お塩を間違えたから砂糖を入れて、入れ過ぎたから塩を入れて……」を繰り返したそうだ。そのあとでちゃちゃっと味噌汁を作って出してみたら、なんか泣かれた。
まあそれ以降、こうしてたまに彼女に作らせてみているわけなんだけど。あ、金庫の問題は彼女が内側からナイフで切り開いて扉を増設してしまいました。
さて、温め終わったわけですし。
「いただきまーす」
「どうぞー、なの」
と、一口。そして。
「うん、メリーちゃん。砂糖と塩を間違えたね!」
「やっちゃったのー!」
彼女の修行はまだまだ続きそうだ。つまり、この不思議な同居生活も。