09話 女悪魔が現れた!
アリスは、屋台で買ったサンドイッチを美味しそうに頬張っている。俺達はあれから、出店を回って食べ歩きしていた。
アリスが満腹になったところで、俺達は少し歩き、別の区画まで来た。ここには武器屋や道具屋といったものがあり、冒険者らしき人々が歩いていた。
「あそこに行きたいです」
アリスが上目遣いで、俺にお願いごとをしてくる。アリスが指差したのは、一軒の防具屋だった。
そういえばアリスは勇者だったんだよな。ああいう店に興味を持つのも当然か。
俺達はその防具屋に向かって歩き出そうとした。だが突如、窓が割れる音が鳴り響く。
音のしたほうを見ると、武器屋が冒険者達に襲われているようだった。冒険者達は武器を持ち、気が狂ったかのように店を壊し続けている。……というか、その武器屋の店主も一緒になって、店を破壊していた。
同じ様な破砕音が、至るところから聞こえてくる。周り中にいる人達が皆、辺りを破壊して回っていた。
まるで意味が分からない。アリスと一緒に向かおうとしていた防具屋でも、暴徒達が破壊活動に勤しんでいた。アリスはといえば、指をくわえて不思議そうな顔をしているだけだ。
あれかな、なにかの祭りだろうか。お店フルボッコ祭りとか。そんなのがあるなら、俺が優勝しちゃうけど。
そんな馬鹿なことを考えていると、特徴的な声がその場に響きわたる。
「ほーら皆なにやってるっすかー! 標的はあのフードをかぶった奴っすよー!」
辺りに響く声で叫んでいたのは、紫色の肌をした女だ。翡翠色の髪がショートにまとまっていて、背はアリスよりも低い。布地の少ない服を着ていて、煽情的な格好をしている。額には短い角が一本生えており、紫色の肌と相まって、人外だとすぐにわかる。
というか、俺は直感的にわかる。あれは悪魔だ。
「ルカのいう事を聞けー! サボってないで働くっすー!」
ルカという女悪魔がそう言うと、周りにいた暴徒達が一斉に、俺達のほうに向かってくる。どうやら人間を操るのが、ルカの攻撃方法のようだ。
俺は創生スキルを使用した。
イメージは無数の矢。
空から降ってくる矢に貫かれて、暴徒達は沈黙した。この場に立っているのは、俺とアリスとルカだけだ。ルカを攻撃しなかったのは、見た目がちょっとエロくて、殺したくなかったからだ。
「うっわああ。さすが、災厄と呼ばれるだけのことはあるっす。そっちの子も、うちの魅了魔法にかからないし。その首輪のせいっすかね。勝てっこないっすよこんなの」
このルカという女悪魔は、魅了魔法とやらで人々を暴徒化させていたらしい。おかげで、アリスとのデートが台無しになってしまった。
なんのつもりかは知らないが、仕返ししないと気が済まない。せっかく、まともに異世界の文化を堪能できると思ったのに。
俺は創生スキルを再び発動する。
イメージは音波。
魅了魔法を使うなら、そのままそっくり返してやる。催眠波をルカに向けて放つ。これでルカは、俺の思い通りに操れるはずだったのだが。
「うわお! 魅了魔法も使うっすか! 驚いたー。悪魔相手でも、余裕で魅了できる威力っすよ」
効いていないっ!? 俺は衝撃を受けていた。今まで、創生スキルを正面から破られたことがなかったからだ。
レーザーを躱されたりしたことはあった。だが俺の攻撃をまともに喰らって無事だったのは、今までではルカくらいだ。
「うちは魅了魔法特化の悪魔っすからね。お株を奪われたら、たまったもんじゃないすよ。まあ、今のは結構危なかったすけどね」
危なかったという言葉は嘘ではないようだ。実際にルカの顔には汗がにじんでいる。
俺はこのルカという女悪魔に興味が湧いた。創生スキルを喰らってもなお、無事でいる。そんな存在に出会ったのは初めてだったからだ。
「わたしが、倒してきます」
俺の攻撃が効かなかったのを見て、アリスが大剣を抜いて戦闘モードに入っている。俺、結構アリスにひどいことしたと思うけど、仲間意識を持ってくれてるのかな。
ルカを殺す気はないし、アリスにもケガをして欲しくないので、アリスにステイを命じる。
「全く、嫌になっちゃうっすねー。ただでさえ悪魔にはもともと魅了は効かないってのに。よりによって悪魔を倒せなんて契約、履行できるわけないじゃないっすか」
契約か、なるほどな。なぜルカが俺達を襲ってきたのかが不明だったが、それならすべての説明がつく。
ルカは何者かとの契約によって、俺を倒すことを命じられたらしい。他人を言いなりにするなんて、鬼畜の所業だ。
……それにしても魅了は効かないのに、そういう契約は効力を発揮するんだな。
「魅了と契約は別物っすからねー。さすがに契約には逆らえないっす。それもこれも、あんたがハチャメチャやってたのが悪いんすよ! せっかく、新しい魔王様に会おうと思っていたところだったのに!」
あれ? もう、新しい魔王が生まれていたのか。移り変わりは早いもんだな。
「そうっすよ! 遠くから見ていただけっすけど、自分に逆らう者も媚びてくる者も、全員まとめて殺す残虐非道! うちは、あの方に付いて行くと決めたんすよ」
ただの暴君にしか聞こえないから、全然共感できないな。世の中にはひどい奴がいるもんだ。
「でも、もう会えることはないっすかね。うちが解放されるためには、あんたを倒して契約を果たすしかないっすけど、それも絶望的っすからね」
ルカは暗い顔でそう言った。
俺としてはルカを生かしておきたいと思っているが、契約の件が邪魔をする。とりあえずは、ルカを無力化しようと思う。
俺はルカの懐に急接近し、彼女のみぞおちに掌底をたたみ込む。移動の速さは、反動でフードがめくれ上がったほどだ。
ルカは全く反応できていないようだった。ルカの体は掌底の衝撃でくの字に折れ、その場に倒れこむ。
決着は着いた。もともとルカは、直接戦闘が苦手なタイプだ。魅了魔法で操った人々がいなくなった時点で、勝敗は決まっていた。
「ぐう……っ。同じ人型悪魔だって言うのに、どうしてこうも力の差があるんす、か……ね?」
ルカは俺を見上げながら、目を丸くしていた。先程の攻撃で俺のフードはめくれ上がり、悪魔特有の角が晒されている。でも同じ悪魔なんだから、驚くことはないだろうに。
「魔王……様……だったんすね。最期にお会いすることが出来て、よかったっす」
ああ、そうか。ルカが言っていた魔王ってのは俺のことだったのか。日数的にも、そう簡単に代替わりはしないか。
「うちは、魔王様を殺すように契約を結ばされているっす。魔王様に付いて行きたかったっすけど、このままじゃ足手まといになるっす。……ひと思いに殺して欲しいっす」
ルカの決意は相当なものだ。契約のせいで、ルカの願いは潰えようとしている。全ては、ルカを呼びだした身勝手な者のせいで。
「あのクソったれな奴らを、地獄に叩き落としてくださいっす、魔王様!」
ルカは涙ながらにそう言った。大丈夫だ。何とかしてやるよ。
俺は創生スキルを発動する。
イメージは万年筆。
契約を書き換える。ルカの周囲に、光の文字が浮かぶ。
俺は創生スキルで生み出した万年筆を走らせる。光の文字は意味のない文に変換され、ルカの契約は解除された。
「あ……あれ? なんか憑き物が落ちた感じっす。まさか契約を無効化したんすか!?」
どうやら成功したようだ。俺はアリスと、そして嬉しさではしゃぐルカを伴って、騒動の黒幕をぶちのめしに行くことにした。




