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9、『戦況不明』


結論から言うと、俺は賭けに勝った。

あぁいや、もしかするとおやっさんが物凄い強運の持ち主だったのかもしれない。

ともかく俺達は無事に兵舎群を脱出することが出来た。今は東の倉庫に差し掛かったところだ。


「雨、止まねぇな………………おやっさん、まだ歩けるか?」

「……ふんっ……まだまだ若いもんには……負けねぇよ……」

強がるおやっさんだが、やはり心なしか声に張りが無い。

頭を打ったことだけでなく雨で体力が奪われているのも原因の一つか。

ただ思考力はそこそこ戻ってきたらしい、ひとまずの危機は脱したことであるし俺が知りうる限りの状況を伝えたところ、現在状況の推測を語ってくれた。


「想定出来る事は二つだ。アレがうち(レファール)の防衛陣を一人だけで強硬突破してきた。あるいは……防衛陣は既に壊滅状態でアレが仲間を置いて先走ったかだ」

確かに今の状況(イフリートが一機だけで現れ、未だに敵の増援が来る気配がない)を説明出来るのはこの二つぐらいだ。

ただ後者の場合はもはや救援要請もクソもない。

通行路(ゲート)』の防衛が失敗している時点でこの基地どころかレファールという国自体が消滅の危機だからだ。

逆に前者の場合は友軍を呼べるし、イフリートさえ撃破してしまえば問題ない。

まぁ相手は唯一(ユニーク)機体であるし、この基地ぐらいは消し飛ぶかもしれないが。


「……それにしても全然動かねぇな、アイツ…………わざわざ奇襲仕掛けたってのに……」

おやっさんの呟きに俺も頷いた。

あちこち積み上げられた荷物の隙間を通りながら、ちょくちょくイフリートを窺っているがその立ち姿には未だに変化は無いのだ。

だが……いくら何でもおかしくないか? 普通奇襲の優位を活かすには相手に息つく暇を与えない必要がある。

なのにただ無為に時間を浪費するイフリートの行動は……………………いや、違う……この考えはあくまでもイフリートが単独で動いている前提があって初めて成り立つ物だ。そう考えればつまり……

「まさかアイツ! 味方を待ってやがるのか!」


俺の言葉におやっさんは目を剥いた。

「んだと! おいおい!……ってことは――」

「――あぁ、『通行路(ゲート)』は既に破られてる!」

恐れていた事態が現実になった。現在の戦況――防衛陣が破られてどれくらい経つのか、そしてどこまで進行を許しているのか――にもよるが、場合によっては今この場で全面降服が必要な可能性もある。

もしレファールが『通行路(ゲート)』突破の報告を受けて既に白旗を上げていたとしたら、ここで敵対行動を取るというのは終戦後に戦闘を仕掛けるようなものだ。つまり立派な戦争犯罪だ。

――司令室に行かねぇと……動きを決めるにも情報が欲しい


「すまんおやっさん、ちょっと急ぐぞ」

イフリートから離れたこともあって俺はさっきよりも速めに歩く。おやっさんには悪いがせめて医療棟までは我慢してもらおう。

倉庫群を抜けて北東の医療棟区域へ。途中、医療棟内で見つけた慌てふためく軍医を捕まえておやっさんを引き渡すと、俺は一人で司令室に向かう。


司令棟の階段を登って司令室のドアの前に立つ。偉い人と会うのはやはり緊張する。多少乱れている服装を直し、深く息をしてからドアをノックする。

「……入れ」

レスポンスはすぐに来た。司令官という割には若々しい声だ。

「失礼します」

礼を失する事がないよう慎重に入室する。

ドアを閉めたら正面を向き、一歩前に進み出てまずは敬礼。続けて名乗りを上げる。

「本基地所属、汎用型戦闘機兵搭乗員ヴァレンタイン=ブラッドフォードです」

「本基地の司令官を務める、ニコラス=クローウン中佐だ」


――……にしても若いな…………

司令官とは初対面の俺は椅子に座るその姿をまじまじと見てそう思った。おそらく三十にもなっていないのではなかろうか。

まぁいい。今はそれよりも聞きたいことがある。

「司令、指示を願います。それと出来れば現在の戦況も開示願います」

「……前の問いについては出来ん。後ろについては知らん」

「は?」

一瞬自分の耳を疑った。司令官が指示を出せず、おまけに現在の状況を知らない? 何の冗談だそれは。

俺が仰天の余り間抜け面をさらしていると、クローウン司令は途端に泣き出しそうに顔をくしゃりと歪めた。そして威厳もへったくれも無い口調で叫ぶ。


「私は軍事に関してはド素人なんだよ! ここへ来たのは箔が付くだの何だの言われたからだ! なのにこのタイミングで大事件だ! だから私は軍属なんて嫌だったんだっ!!」

――……あぁ……そういうことか…………

道理で色々おかしいとは思ったんだ。二十代にしか見えないし、この有事に司令室に引きこもってるし…………。

俺は平民だから貴族の名前なんてのはほとんど知らないが、多分この司令官はクローウン家という貴族の御子息なんだろうな。

それで息子に箔付けしてやろうとした親に後方基地司令官のポストにつけられた、と…………。

ん、待てよ?……その割には輸送物資に関する手続きとか結構手際良かった気がするんだが……

「私じゃない。私の仕事は全て副官が代行していたんだ!」

「あ、そうですか……」


 危ない危ない。思考が声に出てたみたいだ。

けど有能な副官が居るのは好都合だ。今度はその人に指示を仰げば良い。

「では、その副官殿はどこに?」

「既に吹っ飛んだよ。……私に代わって広場に居たからな」

――うぉーい……マジかよーー……

「そして無能な私は外部連絡用端末の場所を知らない。知っていたとしても操作がわからない。だから応援の要請も出来ないというわけだ……」

司令官は頭を抱えて呻くようにそう言った。

正直俺も頭を抱えたい。

結局現在の戦況は不明、司令官は未だに救援が呼べると思ってる、そしてまともな指示を出せる者は既に二階級特進済み(殉職、つまり死亡)。

第一、連絡用端末の場所を知らないって何だよ!

俺はもはや絶望しか感じなかった。

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