6、『平穏』
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俺がこの基地に配属されてからだいたい一ヶ月が過ぎた。
国境から離れた基地、というのも嘘ではなく毎日が非常に平和な日常で…………ぶっちゃけ暇だ。
訪れるのは燃料補給に立ち寄る物資で荷台をパンパンに膨らませたトラックとウィークのパーツをどっさり載せた空輸ヘリぐらい。
戦闘の"せ"の字も無い、本当に退屈な場所だ。
まぁこの基地の立地上、それはしょうがない事なんだがな。
そもそもレファールという国はかなり古い歴史を持つ国で、判明してる限りでは二千年以上前から存在している。
にも関わらず、その領土は良くも悪くも建国当時から一切変化していない。
その最大の要因が、レファールの周辺を取り囲む険しい山脈だ。
この山脈の異名、『不可侵の壁』とは決して言い過ぎではない。
壁のように垂直に切り立つ山肌は地上からの進行を阻み、上空の吹き荒れる大気は通過しようとする航空機を岩肌に叩きつける。
果たして一体誰がこんな場所を通り抜けられるというのか。
もちろん外へ出る道が無いことは無いのだが、数は少ないし道は狭いしでとても軍勢が通れるような場所ではなかった。
そうやって内外共に攻めあぐねている内に今の状況に至る、という訳だ。
レファールが中でグダグダやってる一方、外では血で血を洗う争いが繰り広げられていた。
なんだかんだあった結果、誕生したのは三大大国と呼ばれる三つの国だ。
多数の小国が集って出来たジルバキア連邦、更なる金儲けを求める商人達によって統治されるユークトラシア協商連合、そして攻め落とした国を次々と飲み込み世界最大にまで登り詰めたソルテイオス帝国。
この三国、互いに鎬を削り合ってるだけならまだ良かったのだが、周辺の小国に対してもよくちょっかいを掛けて来る。レファールなんかはその最たる例で、ジルバキア連邦を北にソルテイオス帝国を東に構えているもんだから、単純に二倍の戦力で攻められる。けれど未だにレファールは独立を保っている。
皮肉な事に、かつては大いに邪魔をしてくれた『不可侵の壁』がヤツラの進行を押し止める防壁となっているからだ。
まぁそういう障害があるお陰で、『通行路』と呼ばれる数少ない『不可侵の壁』を通れる道以外では、こうして俺みたいな穀潰しの兵士達がぬくぬくとしてるって訳だ。
「……よっと」
俺は思考を振り払って体を起こす。
軽く瞑っていた瞼を開けば、視界に入るのは快晴の青空と柔らかな日射しだ。
「あぁ、良い天気だ……」
俺がしみじみとおっさんくさい事を呟いていると、下からぬうっと巨大な黒い影が頭を覗かせた。
そいつの黄色く光る目が俺を見て不思議そうに三度チカチカとした。
『あぁ?……ヴァレン?』
黒い影、その正体はクラウドだった。いや、正確には俺達がこの前受け取ったばかりのウィーク……機種名『ウルブズ』に搭乗中のクラウドだった。
「よっ。おやっさんの手伝いご苦労さん」
『…………そう言うテメェはこんな場所で優雅に昼寝かコノヤロー』
俺が体を転がしたまま目の前の狼を模した意匠が凝らされた頭に呼び掛けたところ、また随分と刺々しい反応が返ってきた。
ちなみにクラウドの言う"こんな場所"ってのはハンガーの屋根のことだ。昼寝場所を探していた俺は、普段冷涼なここにしては珍しい春のようなポカポカした陽気に誘われて、ついこんなところまで来てしまっていた。
「まぁ俺は指名されなかったからな」
ウィークの製造を担う連中……通称企業から送られてくる無数の試作品の試運転にだ。
『オメーは良いよなぁー! おやっさんに気に入られてて』
「いや、俺が免除されたんじゃなくて、お前らが指名されたんだからな? そこ間違えるなよ?」
今回の検証要員は慣らし運転の時にセイザさせられていたメンツの中から選ばれている。
だから悪いのはお前だ、クラウド。
無慈悲な宣告にクラウドはガックリと項垂れる――もちろんウィークは動かないから雰囲気的にだ――。
ややあって絞り出されたのは地獄の底から響いてきたような声だ。
『……あ゛ぁ゛~~地獄だぁ~……一向に数が減らねーよ……』
見れば演習場には堆く積み上げられた巨大な箱の数々が。
あの中から一つ取り出し、実際にしばらく使ってみて、その結果を記録して、企業に送る。これを延々と繰り返す……
――………………冗談抜きで地獄だったな……
「……まぁ…………がんばれよ」
『テメェはいつもそうやって――』
「――クラウドォォォォ!!!! なぁーに遊んでやがんだゴラァァァ!!!!」
『ヒィィィッ!!』
突然の怒声に震え上がった(もちろんウィークは(以下略))クラウドは泡を食った様子で走り去って行った。
――あの分だとお説教コースだな…………アイツもう脱出出来ないんじゃないか?
俺は事あるごとにおやっさんに目をつけられるクラウドに対して冥福を祈った。まぁ自業自得だがな。
適当に祈って俺は目を開ける。
「…………ん?」
視界の奥の方にあまり見慣れないものがあった。
ここから斜上方向に見える『不可侵の壁』の頂上、そこにもくもくと蠢く大量の雲がある。専門家ではないから確かなことは言えないが、おそらく入道雲だろう。
――けど珍しいな……雲が山越えするなんて……
レファールは基本的に雨が少ない。周辺の山脈が高すぎて海から流れ込む湿った空気を阻んでしまうからだ。
それゆえ大雨どころか雲自体をそれほど見かけることがない。
「こいつは一雨来そうだな……」
徐々に肥大化する暗雲を見た俺は、今晩辺りの冷え込みを想像してげんなりとした。