5、『起動』
◆
薄暗い空間の中、ぼんやりと光るモニターからポーンと電子音が鳴った。
画面を見てみれば、各種情報などでビッシリ埋まる画面の端、そこにドアップで顔を写し出す窓が一つあった。
『お前マジでさ!!』
目が合った途端、画面向こうのソイツはキシャァーと叫ぶ。
いかにも怒り心頭といったその姿に俺は苦笑いした。
「いや悪かったって。ホントに全然分かんなかったんだよ」
痙攣しながら「足がァ~」とか呻いてたらそりゃあ大丈夫かどうか確認するだろう。万が一ってことがあるからな。
ギャンギャン怒れるクラウドを適当に宥めていると、おやっさんから俺達に向かって音声が飛んできた。
『おし、乗ってねぇ奴は居ねぇな? んじゃァ早速始めるぞぉ』
「おっと時間だ。じゃあなクラウド」
開始時刻を口実に通信の強制切断を実行。
「あっ、おい! ちょっと待ーー」
クラウドのセリフをぶった切ってウィンドウが閉じた。
強引な切り方だが……まぁ大丈夫だろう。アイツはたぶん終わる頃には忘れてる。
そうこうしていると、おやっさんから次の指示が来た。
『さぁて、ジェネレータの起動だ! てめぇらの相棒を叩き起こしてやんな!』
緊張で心臓がドックンドックンと言ってる。
やっぱり何度乗っても子どものように興奮する気持ちは抑えられない。
特に今回の場合は、これから一生付き合う事になる奴なんだからな。
逸る気持ちを抑えつつ、右腕手元のボタンを幾つか押す。
「……ジェネレータ……起動っと……」
シートの下からブルンと振動が昇ってくると同時に、あちこちのランプは点灯を始め、モニターには多種多様なデータが押し合い圧し合いで表示される。
「……ジェネレータは正常に稼働中……機体状況、オールグリーン……よし、機体モードを待機から通常に変更」
機体情報を確認したら、今度は頭上のスイッチを切り替える。
モード変更に伴ってジェネレータの起こす振動が一際強まる。
照明が点灯し、モニター画面はアイカメラが捉えた映像に切り替わった。
ウィークの頭を巡らせて辺りを見回すと、両隣でも正面側横一列でも俺と同じように首を振ってキョロキョロしている。
そんな風に俺達が好奇心であれこれやっていると、モニターで情報を確認したのか大型コンピューター前の整備士がおやっさんに報告を行う。
『主任。全機、起動完了しました』
『よぅし、そんじゃ次だ。ロックボルトの解除だ』
おやっさんの指示に一つ頷き、整備士はカタカタとコンピューターを操作した。
すると、ガシュン!という音と共に機体をドックに固定していたボルトが一気に外れ、そして支えを失った機体は体を傾け始めた。
「おわっ!」
俺は慌ててバッタリ倒れそうになるになる機体を執り成し、転倒だけは回避した。なにせ下にはせかせか動き回る整備士らがいるからな。
ーーふぅ、流石にヒヤッとしたぜ……
さっきとは違う意味で激しく脈打つ心臓を落ち着かせながら、俺が眼下の下敷きになりかけていた彼らに謝ると「おう、気にすんな。慣れてるからよ」「そうだぜ、倒れる奴は毎回居るからな」との事だ。
ーーおいおい、毎回居んのかよ。よろけるならともかく倒れるのは……
ドンガラガッシャーーン!!
俺があり得ないだろと考えた矢先に、早速目の前で一体ぶっ倒れた。
あぁ、ちなみに整備士達の慣れてるってのは嘘じゃないらしく、倒れてきた機体を華麗に飛び退いて回避していた。
俺は無言でキーを操作して、正面の機体と通信を繋げた。
「……クラウド…………お前……」
『うっせぇやい。こっちは全身一気にロック解除されるとか聞いてねぇんだよ!』
ーーまぁ、確かに訓練所では脚部を外してから腕部をやってたな。けど……
「いくらなんでも立て直せるだろ……」
それこそ俺がさっきやったみたいに、片足を前に出すだけでも避けることはーーブツンッ!ーーあ、通信切られた。
閉じたウィンドウから視線をアイカメラ映像に移すと、クラウドの機体はちょうど手をついて立ち上がっているところだった。
のっそりと遅い挙動で起き上がるのをあの人が見逃すはずがなく……
「くぉらぁ!ちんたらしてねーで、とっとと起き上がれ!」
飛んできたおやっさんのお叱りに、クラウドはそれまでが嘘のようにシュピンと跳ね上がるようにして飛び起きた。
ーーそんなにおやっさんが苦手なのか……いや、苦手って言うよりも天敵だな的な……
「さぁて、とっとと始めっぞ。ジュン、ハンガー解放だ!」
「了解です。主任」
ジュン、と呼ばれた例のパソコン前の整備士は再びキーボードを操作した。
ビーッ‼ビーッ‼というけたたましいブザー音と巻き込まれないように注意を促すアナウンスが同時に響く中、俺から見て右の方にある壁が重々しくスライドしていく。
出来た隙間から目を傷めそうなほど明るい自然光が射し込んだ。
眩しそうに整備士らは眼を覆い、直後、一歩遅れて吹き込んだ寒風に身を縮めるようにして震えた。
――――……今ばかりはメカニックになれなくて良かったと思う……
もし整備士として来ていたら、今の彼らと同様にこの寒空の下で震えながら作業する羽目になっていたかもしれないしな。
俺がそんな物思いに沈んでいると、ポーンと音が鳴る。
モニターに現れたウィンドウにはSound Onlyの文字が――
『――てめぇらぁ‼‼ 何時までボケッと突っ立ってる気だ!? あぁん!?』
ほぼタイムラグ無しの大音響にビックリして俺は思わず反対方向に仰け反った。
何事かと辺りを見渡せば、俺と同じ動きをするウィーク数十体と拳を振り上げて怒鳴り散らすおやっさんの姿があった。
『扉は既に開けてあんだよ‼ さっさと、表に、出やがれっ!!』
俺達は慌ててハンガーを後にした。