19、『決断』
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結局連れていかれたのはラウンジだった。
いくつもあるテーブルの内の一つを囲むようにして俺の隣にロッティ、そして対面に艦長が座る。
すぐに給仕らしき人物がやって来ると何か飲むかと尋ねられる。
「紅茶で構わんか?」
特に問題は無いので頷いておく。
「ではそれで頼む。」
「はい。承りました。」
注文を受けたメイドさんは可愛らしく微笑むと紅茶を入れに厨房の方へと向かっていった。
艦長は腕を組み目を閉じて静かに黙って待っているため俺もそれに習って同じく待つ。
やがて先のメイドさんがワゴンを運んできた。
慣れた手つきでティーカップを三つ用意すると、それぞれに少しずつ注いで回る。カップ全てに紅茶を注いで各々の前に配膳すると、メイドさんは一礼してワゴンを引いて戻っていった。
……ふむ。やっぱりあのメイドさんはただ者ではないらしい。ポット内の紅茶をキッチリ三つに分けたことと言い、カップを置いたときに全く音がしなかったことと言い、たぶん貴族が雇ってるレベルの人じゃねぇかな。
そんなことを考えつつ、俺はカップに口をつける。
目の前では艦長も同様にティーカップを手にしていた。
ただ優雅にも思えるその所作は、なるほど、確かに年季を得ているそれと感じさせる。
紅茶を味わっていたのか、しばらく目を瞑っていた艦長はやがて目を開けるとようやく言葉を発した。
「さて……では話を聞こうか。」
まぁそうは言われても、どこから話したものか悩む。
ひとまず異変を感じたあたりから話そうか……。
「ふ~む。なるほどなぁ……」
俺が全てを話し終えた後、艦長は顎に手をやりつつ納得したように呟いた。
「気流を整えて飛行からの山越え……現れたのがイフリートというのも頷ける。ただ、解せんのは何故このタイミングで仕掛けてきたのかだ。」
俺もそれについては不思議でならなかった。
イフリートが所属しているのは東のソルテイオス帝国だ。
であればレファールとの戦況はすでに膠着状態に陥ってからかなりの年月が経っている。
つまり目的が戦局の打破にしろ後方撹乱にしろ、行動があまりにも遅すぎるのだ。
「となるとやはり、何か他の目的があったと見るべきか……」
いまいち掴めない敵の目的を推測しようと唸る艦長。
正直、考えるだけ無駄なことだと思う。
何しろ敵の動きがちぐはぐすぎる。
現状予想できる目的でありそうなのは、後方奇襲と補給線の切断なのだが、いくら唯一機体とは言え、たった一機だけで補給線を妨害し続けることは不可能だ。やはり頭数が必要になる。
だからイフリートが独断専行してやって来たって方がまだ納得がいくぐらいだ。
「……案外そうかもしれんぞ? 連中の自由奔放さは筋金入りだからな。」
なんて事を言ってたら艦長がにっと笑ってそんなことをのたまった。
……いやいや、まさかね、そんな馬鹿げた軍隊あるはず無いだろう……
たぶん八割方ジョークなんだろうけど、なぜかは分からないが、本当のことのような気がしてちょっと現実逃避したくなった。
そうこうしていると、突然艦長のところから鋭い電子音が鳴り響いた。
艦長はポケットを探ると通信端末を引っ張り出しスイッチを押した。
「……アリシアか? どうだ、ヤツは見つかったか?」
『ごめん、艦長! 見失った!』
通信機が発するのは艦長ほどではないにせよ、これまた幼めの声……そういえば以前も聞いた覚えがある…………あぁあれか、ロッティと会った後に追いかけてきていたウィークのパイロットだ。
「ふむ、まぁそっちは構わん。元々追いかけるまでが遅かった。他に痕跡は?」
『ん~~証明できるようなものはなにも無いかなぁ……』
「了解だ。帰還してくれ。」
パイロットとの通信を終え、艦長は通信機をテーブル上に放り投げる。
「特に痕跡は無し……か……」
艦長は少し困ったように呟いた。
いまいち艦長らの状況と目的が理解できていない俺はちんぷんかんぷんで頭にはてなマーク浮かべてる感じだ。
とりあえずイフリートの痕跡を探しているらしいことはわかったが……。
するとここまで一切黙ったままだったロッティが口を開いた。
「……それなら一応私が右腕切り落としておいたけど……」
そういえばそうだ。確かにロッティは最後にイフリートの武器ごと右腕を切断していた。
だがしかし、一方の艦長はあまり期待してないような顔で通信機を手に取り呼び出しをかけた。
「……私だ。どこかそこらに見慣れんものでも落ちとらんか?」
『あぁえぇと……まぁお察しの通りっすね。機密保護システムのせいか、ぜーんぶ溶けちまいやした、腕ごとね。爆発しなかったのが救いっすね。』
通信相手も声色から艦長の言いたいことを察したのだろうか、やれやれと言いたそうな口調で現場の状況を説明した。
機密保護システム、というのはまぁ読んで字のごとく機密を守るためのシステムだ。
一般的には各国、各企業らの技術の粋が集められた唯一機体に付けられていることが多く、敵の解析を防ぐために分離したパーツや武器などを自壊させる仕組みのことだ。
つまり今回は、残された武器が燃えたのか溶解させられたのだろう。
「……あー、撤収準備の方はどうだ?」
『そっちはだいたい完了してるっす。あとはソーン待ちっすね。』
「了解だ。ソーンが戻り次第出発する。」
『ラジャっす。』
やり取りを終え、艦長が通信機を再びポケットに戻した。
おいおい、というかちょっと待て。ソーンとやらが戻り次第動くと言ったが俺はどうなるんだ? それと国軍を待たなくてもいいのか?
「落ち着け。今から説明してやる。……まず今の我々が置かれた状況から説明するとしよう。」
俺が思わずまくし立てた言葉を遮ると、艦長は紅茶で口を湿らせると順序立てて話し始めた。
「今現在、我々はイフリートがここに現れたという証拠の回収に失敗した。そしてここの基地はボロクソに破壊され、今近くにいるのは我々だけだ。加えて、我々はまだ正式にレファールに雇われたわけではない。」
「…………それ、不味くないか……?」
「あぁ不味い。物凄くな。」
よし、俺の方でも聞いた状況を分かりやすく整理してみよう。
あぁあとまだ正式に雇われてないってのは、お偉いさんから雇われの打診があって、そちらに向かっている最中だったかららしい。
Q1、レファール国内の基地が破壊されています。近くにいたのは未契約の傭兵団だけです。基地をやったのは誰?
A、どう見てもその傭兵団だろう。
Q2、一応基地の生き残りが傭兵団がやったことではないと言っていますが?
A、何かしら脅されているのではないか?
Q3、現在脱出したおやっさんらが他の基地へ向かっています。彼らは徒歩の一方、救難信号を聞きつけた他部隊は乗り物です。イフリートが襲ってきたという証言は間に合いますでしょうか?
A、NO
……あれ? 詰んだ? 逃げ道ないよな?
俺が改めてこの危機的状況を確認し終えると艦長はそうだな、と大きく頷いた。
「まぁそういうわけでだ……とっととずらかるぞ。」
「おいぃ!?」
「大丈夫だ。とりあえずこの場は逃げるだけだ。その間に依頼主の奴に連絡取って収集つけてもらう。それまでの辛抱だ。」
「いや、俺はどうすりゃいいんだ!?」
「お前の話からすると雲は出ていないし、イフリートはまだ山の向こうに行ってないようだが……それでもここに残るか? 犯人は現場に戻ってくるそうだが……」
「イエスマム! 付いて行かせてください。」
恐ろしいことを告げられ、俺は慌ててレファール式の敬礼と共に宣言した。
アイツと鬼ごっこするなんてもう二度とごめんだ。本当に命がいくつあっても足りない。
それならいっそ軍に追いかけ回される方がまだマシってもんだ。
ひとまずここまで。
また気が向いたら続き書きます。