16、『交流』
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なんやかんやあったものの、結局彼女は付いて来ることになった。
俺が行きたい所はここから広場を突っ切って行った先だ。
散らばった瓦礫や資材、爆発の影響なんかですっかりでこぼこになった広場を通っている時、俺はようやく、これまで何一つ説明というものをしていなかったことに気づいた。
彼女らがどこまで状況を理解しているかはわからないが、イフリートと戦って以降ならばともかく、それ以前のことはまったく情報が無いのではないだろうか。
そう思った俺は、俺の後ろを身軽にスイスイ付いて来ている彼女に聞いてみた。
「なぁ、あんたが来る前の事とか……俺は言っとかなくても良いのか? どういう状況だったのか? とか……」
「別にいい。どうせ後でまた艦長に聞かれるだろうから二度手間になる。……それと、"あんた"じゃない。」
ふとそれが、何か含みがあるような言い方に思えた俺は後ろを振り向いた。
足を止めた俺にずいっと顔を近づけてきた彼女は、「私の名前。シャルロット=アルトビルク。」と、相変わらず何考えてんだかわからない顔でのたまった。
今更ながらだが、そういえば名乗りすらしていなかったことを思いだし、俺は若干テンパりつつも名乗り返す。
「え、あ、あぁそうか。俺はヴァレンタイン=ブラッドフォードだ。えーと、よろしく、アルトビルク……さん?」
最近はずっと階級付きで呼ぶか呼び捨てだったせいか、いまいち慣れずに疑問符がついてしまったがまぁいいか。……と思ったのもつかの間、なぜだか彼女はこっちをジーっと見てくる。
まさか何かちょっと変な言い方になったのが気にくわなかったのか!? などと、俺が一人で戦々恐々していると彼女が口を開いた。
「……ロッティで良い。」
「……は?」
俺は思わずそんな声を漏らして、再びマヌケ面を晒して固まった。
何かの間違いかも知れない、と思って一応確認を取ってみる。
「え、いや……え~と、良いのか……?」
「何が?」
いや何が、って……俺はついさっき会ったばっかなんだが……ロッティってのは愛称だろう? 普通、初対面の相手に気安く呼ぶこと許すか?
「私の名前、長いからね。」
あ、そういう感じ? 親密さとかクソもなく、ただ便利だからって理由で? ……まぁ別にいいんだけどさぁ……
今まで会ったことのないタイプの人なせいか、いまいち行動が読めない。お陰で彼女の言動には戸惑いっぱなしだ。
とりあえず一方的に愛称呼びするのもなんだし、それに彼女の方もだらだらと長ったらしい呼び名は嫌いなようなので、こっちも名前を省略したものを伝える。
「えぇと、じゃあ俺のこともヴァレンで構わない。俺の方だって長いしな。」
すると彼女はちょっと不思議そうな顔を浮かべた後、僅かに口角を吊り上げ微笑を浮かべると、俺のことをヴァレンと呼び、よろしくと告げてきた。
……そういえば笑ってるところは初めて見たな……
追加でさらに少し歩いて目的地に着いた。場所はハンガー……いや、既に瓦礫の山と化した元ハンガーというべきか。
「まぁ……残ってないわな……」
ひとまずざっと瓦礫で埋め尽くされた一帯を見渡したところで何の気なしに呟く。
正直なところ余り期待していなかったと言えども落胆は隠せない。
最後の最後までイフリートに歯向かうことを選んだローランド達。その痕跡が何か一つでも見つかれば良かったのだが……あいにく、元の形を残してるもの自体が全く見当たらない。
見えるのは瓦礫とデカい瓦礫に細かい瓦礫、そして所々から飛び出すウィークの装甲板の破片やら腕の一部ぐらいだ。
何も見つからなかったことで無性に疲れを感じた俺は、手近にあった大きめの瓦礫に腰を下ろす。
大きく息を吐いたところで、ふとさっきまで近くをうろついていたロッティが居なくなっていることに気づく。
立ち上がり、その目立つ姿を探してみると、俺が座っていた場所から少し離れた地点、瓦礫の山の奥に彼女は居た。
「おーい。何してるんだー? そんなところでー?」
声を掛けてみるが返事が無い。どうかしたのだろうかと疑問に思いつつ、俺はロッティの元へ向かった。
近づいてみると、彼女はなにやら地面をじぃーっと見つめているようだった。
何かあったのか?、ともう一度尋ねてみると、彼女は俺を一瞥し、ずっと視線を向けていた地面を指差した。
その指が示す方向を追いかけ、俺は驚いた。
そこには流石に無傷では無いものの、かなり原型を保ったままのウィークの頭部が突き出していた。しかもバッテリーが辛うじて生きていたのだろうか、ヘッドランプは赤色にチカチカと明滅し、機体が大破していることを訴えかけていた。
そんな残骸を目の前にロッティは尋ねる。
「これからレコーダーって回収できない?」
レコーダー、というのはウィークに内蔵されてる情報収集用の機器のことだ。主な用途としては敵情報の解析や偵察部隊の得た情報の記録なんかがある。いわゆるドライブレコーダーとかそういう類いのものと考えればいい。
そしてレコーダーはバッテリーが生きている間は常に記録をし続けている。つまりイフリートに関する何らかの情報が得られるかも知れないということだ。
唯一機体に関する情報は各国のかなり高位の機密情報にあたる。なのでたとえどんな些細な情報であったとしても回収したくてたまらないのだろう。
……まぁアイツはハンガーには入らなかったし有用なものなんてほぼ無いと思うが、いつ何が重要になるかはわからない。損傷履歴辺りは使えるかもしれんが……
とはいえレコーダーが内蔵されているのは基本的にウィークの胴体の首もと部分だ。
なのでひとまずロッティと協力して、さっき見つけたウィークの生首を掘り出してみることにした。
極端にでかい瓦礫は人力二人じゃ無理なので置いといて、ある程度の物だけを取り除く。
やがて隠れていた胴体の一部が露出するにはしたが……
「う~ん……こいつはダメそうだ。胴体の変形がでかすぎる。」
しかしながら首元の三次装甲がガタガタに歪みまくっている。さすがにこれではレコーダーも無事では済まない。
検分を終えた俺が諦めて他の奴を探そう、と声を掛けるべく振り返った途端、即座に「……あっちにもある。」との声がした。
どうやらロッティが再び、目敏くウィークの残骸を見つけたようだった。